10月31日のハロウィーンには渋谷駅周辺に多くの若者が集まる。これに対し東京都の渋谷区長は会見で「今年のハロウィーンは渋谷に来ないで」と呼びかけた。ドイツ出身のコラムニスト、サンドラ・ヘフェリン氏は「ドイツでは今年2月のカーニバルで感染が急拡大した。ドイツの失敗を繰り返してはいけない」という--。
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■渋谷駅周辺で「バカ騒ぎする若者」を止められるか

10月22日、東京都渋谷区の長谷部健区長が区役所で会見し「コロナ禍で3密を避けるためにもハロウィーンのあり方を考えてほしい」と語り、「今年のハロウィーンは渋谷に来ないで」と訴えました。

昨年のハロウィーンの時期には最大約7万人(一般財団法人渋谷区観光協会)が渋谷に滞在したことを考えると、このコロナ禍において当たり前の呼びかけだと言えますが、コロナ禍の以前から渋谷駅周辺では「バカ騒ぎする若者」が問題視されていました。

軽トラックをひっくり返し横転させた若者が逮捕された話も記憶に新しいです。ただコロナによる不自由さが当たり前となった今では、誤解を恐れずにいえばそんなエピソードさえも懐かしく思い出されます。

渋谷区長の「コロナだから来るな」をきっかけに、今回は「ハロウィーン騒ぎ」について海外とも比べながら考えてみたいと思います。

■「仮装をして大声で騒いでお酒を飲む」というお祭り

「ハロウィーンといえば欧米のもの」と思われがちですが、筆者の出身であるドイツには元々ハロウィーンを祝う習慣はありませんでした。ただ、日本のハロウィーンのように「仮装をして大声で騒いでお酒を飲む」というお祭りがあります。

2月に行われるKarneval(カーニバル、南ドイツではFasching、和:謝肉祭)です。

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厳しい冬が終わりつつあり春が訪れる前に「冬の悪いもの」(böse Wintergeister)を追い払う目的で、怖いお面などをかぶって仮装しながら鈴や太鼓などを使い、大きな音を出すこのお祭りは伝統あるものです。中世になってからはカトリック教会の影響でカーニバルは「悪魔を追い払う」意味もありました。

近年は伝統をあまり考えず、お酒を飲んでどんちゃん騒ぎをする、という要素が強くなっています。多くの祭りがそうであるように、大変にぎやかで楽しいのですが、今年は例年と異なった事態になりました。そう、新型コロナウイルスです。

2月の「カーニバル」でコロナ感染が広がってしまった

中国やイタリアからの帰国者から始まった感染が、ドイツ国内の各地で開かれる恒例のカーニバルをきっかけに止まらなくなった、というのが一般的な見方です。

3月にドイツで感染が一気に広がりました。震源となった西部ハインスベルクでの感染流行について調べたある研究者は、伝統行事のカーニバルに約400人が参加した後、山火事のごとく地域感染が広がったことを突き止めました。

2月中旬に開かれたカーニバルで、参加者が数時間にわたって酒を飲み、どんちゃん騒ぎをしています。たくさんの人が一緒に踊ったり抱き合ったりし、明らかに「3密」の状態でした。

同じく2月中旬にドイツの北西部にあるノルトライン・ウエストファーレン州の市民会館で行われたカーニバルをきっかけに同州での感染者数が急激に増える事態に発展し、死亡者も確認されました。

その教訓を受け、今回のカーニバルは同じ悲劇を繰り返さないためドイツで早くも対策がとられています。実はドイツのカーニバルシーズンのスタートは「11月11日の11時11分」です。仮装や変装はしないものの、カーニバルのスタートであるこの日にアルコールを飲んでお祭り騒ぎをするのが慣例となっていました。

しかし、ケルンの市長であるHenriette Reker氏は先日会見を開き「11月11日は飲食店以外の場所でのアルコールの販売及び飲酒の禁止」を発表しました。つまり今年はカーニバルのスタートを「路上での乾杯」で祝うことはできなくなりました。

もちろん来年2月の「本場」のカーニバル(お面などをかぶり仮装をする)についても、早くもドイツ国内のさまざまな自治体からキャンセルや小規模での開催が発表されています。

ドイツでも若者中心のイベントとして定着しつつある

ドイツには元々ハロウィーンを祝う習慣はなかったと先ほど述べましたが、最近では日本と同じように若者中心のイベントとして定着しつつあります。

筆者が子供時代を過ごした80年代は、ハロウィーンを祝う人を見かけることはありませんでした。英語の授業で、アイルランド発祥の習わしでイギリスやアメリカで行われているもの、として教わる程度でした。同じヨーロッパでありながら身近なものではなかったわけです。

その後1991年に湾岸戦争が起きた際、2月のカーニバルが一部キャンセルされたのですが、その時期に「代わりにハロウィーンを祝う」という動きが当時の若者を中心に広まりました。

しかし、今もドイツ人に完全に受け入れられているわけではありません。「昔ながらのドイツの聖マルティンのイベントがおろそかになっている」と非難の声も根強くあるのです。

日本の文化ではないのに、なぜあれほど盛り上がるのか

聖マルティンの日を祝うのは11月10日、または11日。子供たちが手製のランタンを持って歌いながら近所をまわり、各家庭からお菓子やフルーツをもらいます。一部でハロウィーンが行われるようになってからは、この聖マルティンのイベントが行われることが少なくなってしまいました。そのため「なぜ外国の文化を取り入れて、もともとの文化を大事にしないのか」という声がたびたび聞かれます。

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ドイツの聖マルティンの日は、どちらかというと幼稚園児や小学生向けのイベントです。一方のハロウィーンは「思春期など難しいお年ごろの若者」も多く参加してることから、ハロウィーンを祝う際に他人の家の外壁に落書きをしたり生卵を投げたりという悪ふざけが目立ち、酒に酔った人による暴力行為も目立つなど「お騒がせなイベント」というイメージがあるのでした。

日本でも近年ハロウィーンが流行する一方で、「もともと日本の文化ではないものに、なぜあれほど盛り上がるのか」という声もありますので、ハロウィーンというものに対する考え方はドイツと日本でちょっと似ているかもしれません。

■今年は「鬼滅の刃」や「フワちゃん」があふれたはず

さて、そんな若者を中心としたお騒がせなイベントですが、ニッポンのハロウィーンでは、仮装がよく注目を集めます。年末が近づいてくると日本では「今年の流行語」が話題になりますが、“ニッポンのハロウィーン”を見ていると「その年に日本&世界で何がはやったのか」がよく分かるのです。

ピコ太郎のPPAP(Pen Pineapple Apple Pen)がはやった2016年は、ピコ太郎風の金色と黒のコスチュームを着た人をよく見かけました。2017年には2人組の男性を引き連れて「35億」を連呼する「中途半端なブルゾンちえみ」が渋谷にたくさん出没しました。

今年、もしもコロナ禍でなければ、「鬼滅の刃」のコスチュームを着た若者で、渋谷はあふれたでしょう。今年ブレークした「フワちゃん」風の人も見られたのかも……。なんていろいろと妄想してしまいます。

■「大人の用意した空間」で思いっきりハメを外すのは難しい

「実際に集まらなくても、仮装はオンラインでやればいい」という声が聞こえてきそうです。実際に冒頭の渋谷区長は#StayVirtualを掲げ、アバターと呼ばれる自分の分身を作って、バーチャル空間での参加を呼び掛けています。区公認のプラットフォーム「バーチャル渋谷」で26日からバーチャルイベント「バーチャル渋谷au 5Gハロウィーンフェス」が開催されています。仮想空間でのオンライン仮装コンテストも開かれているそうです。

ただ、渋谷のハロウィーンが近年「ハメを外せるイベント」だったことを考えると、区の大人たちがオフィシャルに「どうぞ」と用意した仮想空間で若い人が思いっきり楽しめるのでしょうか。個人的には微妙なところだと思います。

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自分が若かった時のことを考えると、大人が用意した「はい、どうぞ」的な空間はあまり面白くなく、仲間内で自主的に集まって現場でワイワイやることがやっぱり楽しかったです。そもそも家の中で仮装をしたところで、たとえば親が同じ部屋などにいる場合、あまりはっちゃけることができないような気がします。

ハロウィーンは近年「お行儀よくしなくてよいイベント」だったはずです。もちろん軽トラックを横転させるのは論外ですが、コロナ禍で「お行儀の良いイベント」になりつつあるのは否めません。このご時世なのでそれが仕方ないのは多くの人が理解しているところだとは思いますが……。

■中途半端にやるより、数年後に持ち越したほうがいい

日本にはたくさんのお祭りがありますが、今年はねぶた(青森)、祇園祭(京都)、阿波おどり(徳島)をはじめ、地域に根差した祭りの多くがキャンセルになってしまいました。

神輿(みこし)もキャンセルが相次ぎましたが、たとえばバーチャルで神輿を担ぐことを考えると、どうなのでしょう。やっぱり盛り上がりに欠けるのではないでしょうか。「下帯を締め、はっぴ姿に身を包む男衆」から伝わってくる熱気は「現場にいてこそ」だと思います。

そんなことを考えると、ハロウィーンに関しても個人的には今年は禁止とは言わないまでもキャンセルでいいのではないかと思ってしまいます。

日本はかねて「ハレとケ」(「ハレ」は祭りなどの非日常、「ケ」は普段の日常)がキッチリと線引きされており、いってみればハロウィーンだって明らかに「ハレの場」です。

その「ハレの場」を思いっきり楽しむことが許されないこのご時世では「思いっきり騒げないけど、いろいろと抑えながら祝う場を用意しましたよ」という形にするよりも、そのエネルギーを数年後に持ち越したほうが楽しみは増えるのではないか、なんて思います。筆者はハロウィーンの現場にあまり足を運んでこなかったからこんな発想になってしまうのかもしれません。

ドイツの教訓「今年は自宅で過ごそう」

冒頭の通り、ドイツでは悪魔を追い払うはずだったカーニバルがコロナウイルス感染者拡大という悪夢を引き起こしてしまいました。そういったことを考えると、やっぱり自宅から#StayVirtualに頼らざるを得ません。

10月末の深夜に家のPCやスマートフォンの前で「どんちゃん騒ぎ」をしている若者がいたら、今年ばかりは「騒音トラブル」などとクレームを入れず、大目に見てあげてはいかがでしょうか。

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サンドラ・ヘフェリン著述家・コラムニスト
ドイツ・ミュンヘン出身。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「ハーフ」にまつわる問題に興味を持ち、「多文化共生」をテーマに執筆活動をしている。ホームページ「ハーフを考えよう!」 著書に『ハーフが美人なんて妄想ですから‼』(中公新書ラクレ)、『体育会系 日本を蝕む病』(光文社新書)など。
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(著述家・コラムニスト サンドラ・ヘフェリン)