サメのかぶりもので歌うアイドル「Bugって花井」  撮影・佐々木まこと

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いま日本は「戦国時代」と呼ばれるほど、アイドル産業が花盛り。全国各地に数多くのご当地アイドルがいて、しのぎを削っています。そして大阪にも「今年ブレイク間違いなし!」との呼び声が高い、一匹の、いやひとりのアイドルがいるのです。

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その名は、「Bugって花井(ばぐってはない)」こと、花井なおさん。花井さんは一見、スマートな美形アイドル。ところが、ひとたびステージにあがると、まったく別の生き物に豹変! なんと頭からすっぽりと「サメのかぶりもの」をかぶってうたっているではありませんか! そう、実は花井さんは日本で唯一の“サメアイドル”="サメドル"なのです。

花井さんが頭からかぶっているのは、頭部と口が極端に大きく、ぶよぶよ不気味な深海ザメ「メガマウス」を模したマスクキャップ。

メガマウスは、その名の通り「口が大きい」という意味を持ち、捕獲例が過去に世界でわずか58ケースしかなく、生態は未解明な部分が多いという稀少なサメ。今年2014年4月14日(月)、静岡市清水区の由比漁港に体長約4.4mのメスが水揚げされ、たまたま通りかかった俳優の杉浦太陽さんが生きたままの姿をブログにアップしたことで大いに話題となりました(ご本人はそれが世界的な大スクープだと知らなかったご様子)。

とはいえ、メガマウスはいまだに決してメジャーなサメではありません。花井さんはそんな知名度が低いメガマウスに愛をこめ、メガマウスにまつわる歌ばかりをうたっています。たとえば「メガマウスのうた」「メガマウス音頭」「メガマウスディスコ」「恋するメガマウス娘」「メガマウス絵描き唄」などなど、レパートリーはすべてメガマウスにまつわる曲ばかり。

しかし、これほどの美女なのに、ステージで顔を隠してしまうのは、もったいなくないですか?

花井「いえいえ、私はライブのことは“メガマウス啓蒙活動”と呼んでいて、お客さんにメガマウスのことを知ってほしいだけなんです。

メガマウスって本当にマイナーな存在なんです。サメには映画『ジョーズ』のモデルとなったホオジロザメっていう大スターがまずいて、次に人気が高いのがジンベイザメ。続いてシュモクザメ、ネコザメ……というふうに人気ランクがあって、悲しいかなメガマウスのことは誰も知らない。だから私は日々普及につとめています。

とはいえ生態の説明だけしても聞いてもらえないから歌詞に織り込んでうたっているんです。お客さんには、私の顔よりも、メガマウスのことを憶えて帰ってほしいんです」

自分の顔より、愛するサメについて知ってほしい。こんなメガ奇特なアイドルが他にいるでしょうか? そんな花井さんがメガマウスと出会ったきっかけは?

花井「小学校のとき、家にあった動物図鑑を開いてみたんです。すると深海魚のコーナーにメガマウスが載っていたんです。初めて見たとき『なんて気持ちが悪い生き物なんだろう』って衝撃を受けました。そのことをずっと憶えていたまま成人して、2009年に友達のおじいちゃんが使っていたWindows98を譲ってもらう機会があって、その時『そや、子供の頃に驚いたメガマウスについて調べてみよう』と思いたったんです。

そうしていろいろ調べているうちに、だんだん『かわいいな』って思えるようになってきてしまって。しまいには毎日毎日メガマウスのことばかり検索するようになっていました。プランクトンを食べるサメは3種類しかいないってご存知ですか? ジンベイザメ、ウバザメ、あとメガマウスなんです。それから……(以下えんえんとメガマウスの魅力について語り続ける)」

こんなふうに、大人になってから、花井さんの頭のなかはメガマウスのことでいっぱい。図鑑によってメガマウスについての記述が異なることが気になり、わざわざサメの権威と呼ばれる博士が英文で書いた論文を入手したり、はく製があると聞けば遠く九州の研究所まで見学に行ったり(しかも自分の誕生日に)、大昔のミニカーカタログに「メガマウス運搬専用車」なるものを発見したり、などなど独自の研究を続けています。

花井「現在も時間さえあればインターネットでメガマウスについて調べています。朝起きたら、まずメガマウスについて検索。私はこれを『朝マウス』と呼んでいます。

Twitterでメガマウスについてつぶやいている人がいたら啓蒙活動の一環として即リツイート。『気持ち悪い』ってブロックされたこともありました。昨年NHKでメガマウスが出る特番(『深海の巨大生物 謎の海底サメ王国』)があった時は、あまりにたくさんメガマウスってつぶやきすぎてアカウントを凍結されたこともあります(笑)」

そんなふうにおそらく世界でもっともメガマウスという単語をツイートしている花井さんがアイドルとして活動を始めたきっかけはなんだったのでしょう?

花井「東京でナレーターや声優の仕事をしていた頃、友達とスタジオを借りて独自にネットラジオ番組をやっていたんです。そこで『メガマウスっていうサメが好きだ』っていう話をしていたら、スタジオの方が『じゃあ音楽を作ってその想いを伝えればいい。曲を作れる人がいるから紹介してあげるよ』ってことになって。軽い気持ちで私がアカペラでうたったテープをお渡ししたら、すごいちゃんとした曲になって帰ってきたんです。これはもう、うたうしかないなと」

さらに、友達がメガマウスのかぶりもの作ってくれたり、メガマウス音頭の振り付けを考えてくれたり、YouTubeにあげるPVを撮ってくれたりと、しだいにあとに引けなくなってきた花井さん。いよいよサメアイドルとしての東京で活動を開始…しようとしていた矢先に事態は急変。東日本大震災によって仕事を失い、窮地に立たされたのです。

花井「本職の仕事もバイトもすべて失ってしまって、家賃も食糧費も払えなくなりました。それで大阪へ戻り、知人宅やお店を転々と寝泊まりして、しばらくはまるで野良犬のように暮らしていたんです。

そんなふうに路頭に迷っているときからお世話になっているバー『銭ゲバ』の店主ムヤニーさんが、『10minutes(テンミニッツ)というアイドル発掘プロジェクトの予選会にフランクフルトを売りに行くので、一緒においでよ。一曲だけでも歌わせてもらえないか頼んであげるから』と言ってくれたんです。そしたら、なんと当日になって出演者のキャンセルが出て、急きょエントリーできて、そしたら……」

フランクフルトを焼くふりをして潜入したアイドル発掘イベントの予選会場で欠員が生じ、穴埋め要因として突如出場がかなった花井さん。ステージでメガマウスへの愛を絶唱したその結果は……なんと審査員特別賞を獲得! 後日さらに決勝大会へと駒を進め、グランプリこそあの「いずこねこ」に奪われたものの、準グランプリに匹敵する賞を受賞。これが花井さんのアイドルとしての第一歩、ならぬ第一泳となりました。

そんなサメアイドルという比類なき存在となった花井さんですが、他のアイドルたちと違っているために困ることもあります。それは「サメの衣装をなくすとライブができない」こと。花井さん、実はこれまで2度もサメの着ぐるみの盗難に遭っているのです。

花井「着ぐるみはいつもカートに入れて運んでいるのですが、そのカートごと盗まれるんですよ。一度目は網棚に置き忘れて、はるか遠方で見つかりました。警察署で開けてみたら、カートにはゴミがいっぱい詰められていました。たぶん金目のものが目的だったのにサメの着ぐるみが出てきたから犯人が『なんじゃこりゃ!』って怒ったんでしょうね。

もうひとつは今年の4月で、これはまだ見つかっていません。ただ、私がかぶりものをなくした翌日の4月14日に由比港メガマウスが打ちあげられたんです。それを見て、『ああ、私のメガマウスが海へ還っていったんだな〜』と思いました」

このように大切な着ぐるみがなくなってもあくまでロマンチックに受け止める花井さんの、将来の夢は?

花井「やっぱり、目指すは『ポスト・ダイオウイカ』ですね。メガマウスがダイオウイカをしのぐ人気者になって、テレビの特番になるのが夢です」

自分の夢ではなく、あくまでメガマウスがメガ人気になることを望む花井さん。
けれどそんな奇特な姿勢がウワサを呼び、いまやほぼ連日各地のステージからお呼びがかかるほどの売れっ子に。
打ちあげられたメガマウスのように今年、深海から浮上してくる日は近い!

撮影・佐々木まこと