1943年のカイロ会談に出席した(左から)蒋介石国民政府主席、ルーズベルト米大統領、チャーチル英首相、宋美齢夫人。国史館提供

写真拡大

(台北 22日 中央社)中華民国外交部は21日、1943年の「カイロ宣言」は法的な効力を持つ条約協定であると強調し、各界に対して誤った認識で国家の位置づけを混乱させることのないよう呼びかけた。台湾では前日、自由時報の紙上に台湾大学法学部教授のカイロ宣言は条約ではないとする投稿が掲載されていた。

外交部では同日夜、台湾・澎湖およびこれに付随する島々は第二次世界大戦の終了後、その地位が「カイロ宣言」、「ポツダム宣言」、日本の「降伏文書」、1952年の「中日和約」(日華平和条約)という一連の文書によって法的な解決をみており、「カイロ宣言」が法的拘束力を有する条約協定であることに疑いの余地はないと説明した。

「カイロ宣言」について外交部は、1943年12月1日に中華民国、イギリス、アメリカ3カ国の首脳が対日作戦方針と日本が奪い取った他国領土の処理(中国東北地方、台湾・澎湖の返還および朝鮮の独立)について討議し公表されたもので、これに続く法的文書の援用があったとし、1945年7月26日に華・米・英・ソ連が共同発表した「ポツダム宣言」の第8条ではカイロ宣言の実施と日本の主権範囲(列島4島および連合国の定める島々)が規定され、同年9月2日、日本の無条件降伏の際に調印された「降伏文書」の第1条と第6条にはポツダム宣言受諾が明記されているとした。

このほかにも1950年1月、トルーマン米大統領(当時)が「米国およびその同盟国は過去4年来、中国(中華民国)が台湾の主権を有すると認識している」とし、米国務省法律顧問室の1959年の台湾の地位に関する文書でも、台湾は「カイロ宣言」など一連の国際文書に基づき中華民国への返還が果たされ、当時の同盟各国はひとしくこれを受け入れたとの立場が明らかにされているとした。

外交部では、「カイロ宣言」は日本の敗戦後に台湾およびその付属の島嶼(釣魚台列嶼=日本名・尖閣諸島=を含む)を中華民国に返還すべきとした重要な条約協定で、法的実質拘束力だけでなく法的実効力の要件を満たしていると強調している。

(唐佩君/編集:谷口一康)