キリン「メッツ コーラ」誕生の軌跡
■コーラは我慢の対象?
「コーラは子どもの頃はよく飲んでいたんだけど、やっぱり体に悪いよね」「本当は揚げ物×コーラの黄金の組み合わせが大好きなんだけど、メタボぎみだから我慢しなくちゃいけないな」
30代、40代の男性諸氏から聞こえてきそうな不満のつぶやき。本当はコーラが大好きなのに、おなかや健康を気にして飲むのを控えているという30代以上の男性は多い。自覚している本人だけでなく「こういう人、自分の周りにもけっこういるんだよね」と、その姿が思い浮かぶ人も多いのではないだろうか。
キリンビバレッジのマーケティング部新商品担当部長代理の中田康陽(みちはる)氏らマーケティングメンバーは、そんな具体的なターゲット像を絞り込んでいき、思いを数枚の企画書に結集させた。その企画書が社内の共感を喚起したことが商品開発の成功に結びつき、誕生したのが史上初のトクホ(特定保健用食品)のコーラ「キリン メッツ コーラ」だ。
食事の際に脂肪の吸収を抑制し、食後の中性脂肪上昇を抑制する難消化性デキストリンを配合。さらに糖類ゼロを実現した。トクホでありながらコーラという意外性が受け、2012年4月に発売後、瞬く間に人気に火がつき、年間目標の100万ケースを2週間で達成。12月までに600万ケースを突破する大ヒット商品となった。
開発を開始したのは07年頃のこと。当時は緑茶や烏龍茶を中心に、健康に注意する人向けのトクホ市場が盛り上がっていた時期だった。「新たなトクホの商品を考えろ」という社命が下る中で、中田氏らは「後発の自分たちがトクホ市場に切り込んでいくのであれば、従来にはない商品にしなくてはいけない」と企画を練った。
コーヒー、紅茶、炭酸など、さまざまな掛け合わせを模索し、最終的に炭酸に絞られた。同社の代表的な炭酸飲料に「キリンレモン」があるが、ほかのカテゴリーの飲料に比べ売り上げは今1つで、炭酸は“弱点”だった。トクホ×炭酸で、炭酸カテゴリーの拡充も狙ったのである。
では、炭酸の中でもどういう飲料にするか? 議論が繰り返されるうちに、誰からともなく「コーラはどうだろう」という案が浮上した。同社では、コーラは自動販売機用の商品として開発したことがあるだけで、これまで本格的に取り組んだことはなかった。
コーラといえばパンチの効いた甘さと強い炭酸がクセになる刺激的な味でおなじみ。若者を中心に、言わずと知れたロングセラーの国民的飲み物だが、同時に「太るのでは」「体によくないのでは」といったマイナスイメージもある飲み物だ。コカ・コーラとペプシコーラという2大ブランドが市場を占有する牙城でもあり、「そこに、あえてキリンが挑戦するのか?」という不安もよぎった。
だが同時に、冒頭のセリフのように「コーラを飲みたいけれど我慢している」のはまさに30代の中田氏自身の姿でもあり、「トクホにできれば、健康を気にせずもっとコーラを飲めるんじゃないか」とひらめいた。ほかのマーケティングメンバーも20〜30代の男性が中心で、それぞれ思い当たるフシがあったためか、全員が中田氏の意見に同意した。
市場調査の一環としてグループインタビューを実施した際も同様の意見があちこちから聞かれ、「やっぱりそうか。こういう人たちに向けてトクホのコーラを出せたらすごいボリュームの市場が出来上がるんじゃないか」と背中を押された気がした。
早速、社内プレゼン用の企画書作りに取り掛かった。中田氏は通常、企画書の1ページ目には市場が置かれている状況説明を書き、結論としてターゲットを最後に記す。しかし、今回の商品では、「こんな層に売り込みたいんだ」という思いをのっけから訴えることにした。
「トクホのブームは過ぎ去っていましたし、コーラの2強が君臨する中で、本当に下火のトクホ市場にわが社が打って出られるのか? そもそもコーラを飲んでいる人は最初からトクホなんか求めないんじゃないか? というネガティブな意見が上司から出るかもしれないと予測していました。そうした意見を打破し、社内を説得するためにも、ターゲットを明確にし、それを資料に反映させることが欠かせなかったのです」
中田氏は、どんな企画も初めに「どういう人が・どんなときに」飲むかを考えるという。しかし、そのターゲットやシチュエーションがあまりにもニッチな場合、上司に企画を説明した段階でハネられていた。だが今回は、ターゲットがすなわち商品コンセプトで、そこに共感を得られれば企画は必ず通ると確信していた。そのため、まず企画書の1枚目でターゲットを提示し、共感を喚起させる必要があったのだ。
■休眠層を掘り起こす
さらに、最初にターゲットを認識させたことは、次ページ以降の検証データを、読んだ人の頭にすんなり入れやすくする効果もあった。
いくつかの検証を行ったところ、有糖コーラの1カ月の飲用率は大学生男子が最も多いが、20代、30代では減少することがわかった。一方、糖分ゼロ、カロリーゼロのゼロ系コーラの1カ月の飲用率では40代が最も高くなっていた。また、30代以上の男性層は全般的に健康への意識が向上してトクホ飲料の飲用率が上昇し、中心支持層となっている世代であることも判明した。
これにより、もし糖類ゼロに加えて、脂肪吸収を抑える“プラスの価値”があるトクホのコーラがあったら、これまでコーラから離反していた層や、長い間休眠していた層を掘り起こすことができる、という仮説が完成した。
中田氏は、社内の壁を突破できたのは、「明確なターゲットが存在したことと、それを企画書の最初のページできちんと打ち出したこと」だと断言する。最終的な発売を決める経営会議から戻ってきた上司は中田氏に向かって「チャンスがある商品だから広告も含めて大々的にやろうじゃないか、という話になったよ」と声をかけてくれたという。
味はトクホだからといって甘味を抑えず「誰もが想像するおいしいコーラの味」そのままに。価格も「トクホ価格」ではなく同サイズの飲料とほぼ同じ150円に設定した。パッケージもコーラの王道の、赤や黒をベースにしたバタ臭いイメージで統一。ターゲットはあくまでも「30代、40代のコーラ好きな男性」だったため、あえて奇をてらうことはしなかったのだ。
ネーミングの「メッツ コーラ」は同社が1979年に発売したヒット商品「メッツ」から名づけた。トクホ×コーラという目新しい商品ではあるが、キリンを代表するブランド名に熱い思いを込めて真っ向勝負したことが予想を上回る大ヒットにつながった。
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1999年キリンビール入社。営業から2005年、マーケティング部に異動。08年よりキリンビバレッジに出向し、現職。新商品開発に携わる。
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(中島 恵=文 澁谷高晴=撮影)
