この記事をまとめると

■クルマは脳に“身体の一部”として認識されやすい

■匿名性とストレス環境が攻撃性を引き出してしまう

■イライラの正体を客観視するメタ認知が重要になる

なぜ人はハンドルを握ると攻撃的になるのか

 普段は温厚で、エレベーターでは「お先にどうぞ」と譲ってくれ、レジの行列でも静かに順番を待っているような人が、ひとたび運転席に座ってハンドルを握ると、まるで別人のごとく攻撃的な性格になる……。 クルマの車線変更を強引にブロックし、合流では車間距離を極端に詰め、信号が青に変わってから、前車の発進が2秒程度遅れただけで激しくホーンを鳴らす。

 こうした「クルマのハンドルを握ると人格が変わる」という現象は、単にマナーや性格の問題ではなく、人間の脳と心理に根ざした科学的な理由が存在する。 なぜ、一部の人間はハンドルを握った途端「嫌なヤツ」になってしまうのか?  そのメカニズムを解剖していこう。

 心理学や脳科学の分野では、道具を使いこなすと、その道具が身体の一部であるかのように脳が認識するという概念がある。とくにクルマの場合、基本的には自分の意図したとおりに加速・減速し、曲がるため、脳は「クルマのサイズ=自分の体のサイズ」と錯覚しやすくなる。

 問題は、この拡張が「心理的な肥大化」を招くことだ。軽自動車よりも大型SUVや高級セダンに乗っているときのほうが、より強気な運転になりやすいという研究結果があるが、これは「自分の体が大きくなった(強くなった)」という全能感を、脳が抱いてしまうためだ。 そして自分のパーソナルスペースに他人が近づけば不快に感じるのと同様に、割り込みや接近を「自分の肉体への侵略」と過剰にとらえ、攻撃的な防衛本能が働いてしてしまうのである。

 そしてクルマは「匿名性の高いシェルター」でもある。街なかでリアルに肩がぶつかった相手に怒鳴り散らす人は少ないだろうが、クルマ同士なら、それに近いことが平気で行われる。これは心理学でいうところの「没個性化」という現象だ。

 外板とガラスに守られ、相手と直接視線を合わせる必要がない(あるいは合わせにくい)状況下では、「どこの誰だかわからない」という匿名性が担保される。この匿名性は人間の自制心を著しく低下させ、普段であれば社会的なルールや体裁でもって抑え込んでいる攻撃性を解き放ってしまう。いわばSNSでの誹謗中傷がエスカレートしやすい構造と、運転席の心理状態は酷似しているのだ。運転時には、相手を「同じ感情をもつ人間」ではなく、単なる「邪魔な物体」として記号化してしまうことが、攻撃性を加速させる要因となっているわけだ。

 そして脳科学的な視点から見ると、運転という行為自体がストレスフルな環境であることも見逃せない。運転中は常に周囲に気を配り、瞬時の判断を求められるため、脳内では興奮を司る「アドレナリン」や「ノルアドレナリン」が分泌されやすい。さらに、思いどおりに追い越しができたり、きわどい信号を青で抜けられたりすると、快楽物質である「ドーパミン」が分泌される。

マインドセットで抑えられる

 そのいっぽうで、割り込みや渋滞などの「思いどおりにいかない事態」に直面すると、それまで分泌されていたドーパミンが遮断され、強い不快感が生じる。このとき、感情を抑制する「セロトニン」という物質が不足していると、怒りをコントロールできず、衝動的な行動(煽り運転や暴言)に直結する。とくに寝不足や空腹、仕事の疲れなどでセロトニンが枯渇している状態のドライバーは、科学的に見て「嫌なヤツ」になりやすい条件がそろっているといえる。

 他人のミスには厳しく、自分のミスには寛大であるというのもドライバー心理の特徴だ。これを心理学で「基本的帰属の誤り」と呼ぶ。たとえば、他車が急な車線変更をしてきたとき、我々は「あいつは乱暴な性格だ」「マナーの悪いヤツだ」と、相手の状況ではなく「人格」に原因を求めがちだ。しかし、自分が同じように急な車線変更をしたときは「出口を間違えそうだった」「急いでいた」と、状況のせいにする。この認知の歪みが、「まわりはバカでマナー知らずなドライバーばかりだ」という被害妄想に近い敵対心を生み出し、周囲に対抗するための大義名分を与えてしまうのである。

 要するに、クルマに乗ると性格が変わるのではない。クルマという環境が、人間が本来もっている「縄張り意識」「匿名性による解放」「全能感」を、科学的に引き出してしまうのだ。

 では、どうすれば「嫌なヤツ」にならずに済むのか?  もっとも有効なのは、自分が今「拡張身体」や「没個性化」の状態にあるということを、客観的に自覚すること。つまりはメタ認知をすることである。「今、自分は脳の仕組みのせいでイライラしているな」と一歩引いて考えるだけで、感情的な爆発は抑えやすくなる。

 クルマは本来、我々の生活を豊かにし、移動の自由を与えてくれる素晴らしい道具だ。そのハンドルを握る権利をもつ我々は、ただただ脳のバグに振りまわされるのではなく、科学的に己を律する知性ももっていなければならない。今後、路上で「嫌なヤツ」に出会ったときは、こう思うようにすればいいだろう。「……あの人は今、脳内のセロトニンが足りてないんだろうな。かわいそうに」と。それだけで、あなたの車内は少しだけ平和になるはずだ。