辺野古沖転覆事故 遺族noteが指摘「教育の中立性から乖離」
沖縄・辺野古沖で起きた船の転覆事故で亡くなった同志社国際高校の武石知華さんの遺族が運営するnoteが10日夜、更新。同校で行われていた沖縄研修旅行について投稿した。
事故が起きたのは3月16日。同校の生徒が平和学習の一環として、米軍普天間飛行場の移設先である辺野古沖を見学。その際に移設に反対する抗議船2隻に乗った。2隻とも転覆し、「不屈」の船長の金井創氏と「平和丸」に乗っていた武石さんが亡くなった。
武石さんの遺族はnoteで事故について情報発信をしてきた。最新の投稿で「同志社国際高校の沖縄研修旅行には、3日目のコース別学習の中に『辺野古コース』が設けられてきた。このコースは、2010年から現在に至るまで、どのような形で組まれてきたのか。過去の研修旅行のレポートを入手し、調べてみた」と切り出した。
1日目、2日目でひめゆり平和記念資料館などを回り、3日目がコース別学習、4日目が帰路だったという。3日目のコース別学習に辺野古コースがあった。約20年前から辺野古コースが設けられていたようだが、2013年、14年はなく、15年に復活。遺族は「なぜ2015年に復活したのか。誰が主導してコース設定をしたのか。現時点でその経緯はわからない。この点は第三者委員会の調査で明らかにされることを期待している」と記した。
また、18年からは船長の金井氏の講演があった。それ以前は金城重明氏だった。遺族は「戦争体験者としての金城重明氏に代わり、どのような理由で誰が金井氏に依頼をしたのか。開会礼拝という場での講演を委ねた経緯について学校側に質問を投げているが、回答は得られていない」と、講師変更の経緯について学校に問い合わせを行っているという。
最後に、「辺野古コースは、過去の実績を見てみても、一貫して基地反対派の意見のみを聞くコース設定となっている。3月17日の記者会見でもすでに明らかになっていたが、『多角的な視点』を掲げつつ、実態は教育の中立性から乖離している」とまとめていた。
