4月12日の自民党大会で「時は来た」と憲法改正への意欲を示した高市早苗首相。憲法記念日の5月3日に行われた改正派集会へのビデオメッセージでも発議への意欲を語った 写真/産経新聞社

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―[言論ストロングスタイル]―

高市内閣のもとで改憲の現実味が高まっている。4月12日の自民党大会で「時は来た」と憲法改正への意欲を示した高市早苗首相だが、憲政史研究家の倉山満氏は「本当に意味があり効果が最も大きい改憲をするならば、9条だ」と論じる(以下、倉山氏による寄稿)
◆効果が最も大きい改憲をするならば9条だ

 高市内閣になって、憲法改正が現実味を帯びてきた。仮にこのまま高支持率が続き、2年後の参議院選挙で自民党が勝利。改憲勢力が参議院でも三分の二を超えたら?

 今年の総選挙で、護憲を旨とするリベラル勢力に対し、日本国民は強烈な拒否反応を示した。これがたった2年で解消するだろうか。もちろん何かの拍子に風向きが変わり、高市改憲勢力に逆風が吹くかもしれない。それよりはるかに高い確率で、日本人が護憲派リベラルを見捨てる可能性は高い。

 衆議院で自民党単独で三分の二の議席を有する。参議院は選挙制度上、一つの党派が三分二を占めるのは難しいが、改憲勢力全体で三分の二を超えるのは可能だ。というより、護憲派勢力が嫌われているので、彼ら全体で三分の一を占めるのが至難の形勢だ。

 実際、’16年参院選では、当時の岡田克也民進党代表が「三分の一を目指す」などと改憲の阻止を高らかに掲げたが、見事に失敗した歴史もある。むしろ情勢が明確になった段階で政府高官が「(当時は連立与党の)公明党は改憲勢力ではない」などと発信するマヌケな有様だった。つまり自民党の方に改憲をやる気が無かった……。

 高市首相、次の参議院選挙でも大勝するようなら、今度こそ改憲から逃げられまい。では、どの条文を変えるべきか。

 本当に意味があり効果が最も大きい改憲をするならば、9条だ。といっても、普通の人は、なぜ憲法9条が問題なのか、わからないであろう。

◆アメーバのように伸びたり縮んだりした解釈

 そこでまず、小学生の国語的に要約してみる。

1項「戦争はしません」

2項「戦力は持ちません。戦う権利を放棄します」

 もちろん、一国の憲法が小学生レベルの要約で通じる訳が無い。ただし1項は簡明で、「侵攻戦争はしません」の意味である。仮に誰かに侵攻された時、「黙ってやられてろ」式の不条理不可能を日本国憲法とて要求しない。自衛は否定しない。似たような条文は世界中に転がっている。言ってしまえば、9条1項は人畜無害な条文なのだ。

 問題は第2項、特に後段である。

 まず、憲法が禁止する戦力とは何か。「自衛の為の最小限度を超える力」である。この解釈、アメーバのように伸びたり縮んだりした。

 最初は「竹槍より強い武器」などと恥ずかしい解釈が罷り通っていた。その時は米軍に占領されているので、日本に何かあれば米軍が戦うので、不都合が無いと思われていた。

 ところが朝鮮戦争が起こると、アメリカは日本に「自分の身は自分で守れ」と言い出した。そして日本は再武装の道を歩み出す。

◆アメリカに対し「最低限の義務を果たせる力」

 この頃、憲法で禁止された以上の戦力とは「アメリカさんにお帰りになっていただけるような実力」と定義されていた。要するに、いつかは自主憲法を持ち、自主防衛ができる独立国家になるとの気概が、政界の合意だったのだ。

 ところがいつしか平和に慣れ、アメリカに守ってもらうのに慣れ、自主憲法自主防衛は死語と化した。そして、「アメリカの防衛戦略の中で、最低限の義務を果たせる力を持つこと」が防衛政策の要となった。憲法解釈は、その時々のアメリカの要請にこたえられる範囲で、伸び縮みした。この前提は、いつか自主防衛をする前提を捨てていることである。最近では、トランプ大統領が一期目に当選した時、当時の安倍首相は即座にアメリカに飛び、帰国後は「日本の自主防衛は現実的ではないと説得した」と嬉々として語っていた。