たなかひかるさんの絵本「ねこいる!」 意味や教訓から解き放たれる自由さ、面白がって

『ねこいる!』(ポプラ社)
お話を聞いた人たなかひかる1982年生まれ。お笑い芸人、ギャグ漫画家、絵本作家。グレープカンパニー所属。初の絵本に『ぱんつさん』(第25回日本絵本賞受賞、ポプラ社)。ほかに『すしん』『ももたろう』(同社)、『おばけのかわをむいたら』(文響社)など。月刊MOEで連載中の「プロフェッショナルズ 〜プロフェッショナルで勝手に空想タイム」をまとめた書籍が2026年6月3日に刊行予定。
――「ねこがいるか、いないか」。ただそれだけをシンプルに描いた絵本『ねこいる!』。ページをめくるたび、予想もしない場所から無表情の猫が「ババババーン!」と現れる。そのシュールな勢いに、子どもたちは大笑いし、大人は思わず脱力する。MOE絵本屋さん大賞第5位(2022)、未来屋えほん大賞第3位(2022)、TSUTAYAえほん大賞第7位(2022)を受賞し、シリーズ累計20万部を超えた本作。その極限まで削ぎ落とされた表現の裏側を聞いた。
『ねこいる!』(ポプラ社)より
僕の作る絵本には、絵本にありがちな教訓とかメッセージは一切入れないようにしているんです。システムとしては、赤ちゃんが最初に触れる「いないいないばあ」と同じ。できるだけ簡素化して、そこにちょっとしたお笑いのスパイスを足せたらなと。「いるかいないか」、ただそれだけの問いに対して、猫が「いる」と答える。それだけの繰り返しで。究極的には、物事って発生して消滅するだけの現象でしかないじゃないですか。猫がそこにいる。それ以上の説明も、前後のストーリーもいらない。違う星の出来事をただ覗き見ているような、しれっとした感じをそのまま描きたかったんです。
『ねこいる!』(ポプラ社)より
セルフツッコミから始まる絵本づくり――絵本を作るとき、たなかさんの頭に最初に浮かぶのは言葉でもアイデアでもない。お笑いの世界に身を置いているからこそ感じる、絵本という表現ならではの自由さとは。
僕の場合、まず頭の中に映像がパッと浮かんで、そこに自分でツッコミを入れるところから始まるんです。世の中には、理屈抜きで「なんかこれ、おもろいな」っていう抽象的なものが転がっている。それをどうやって絵本という形に落とし込んでいくか、という作業ですね。漫才だと、ちゃんとした前フリがあって初めてボケが成立する。漫画も「こう描かなきゃいけない」というセオリーが結構あるんです。でも絵本はもっと抽象的でいい。漫才や漫画に比べるといい意味で楽というか、単純に「おもろい!」と喜んでもらいやすい世界。それが僕には合っていたんだと思います。
――本作の最大の魅力は、ページをめくった瞬間のインパクト。猫たちは鳴き声の「ニャー」を封印し、「ババババーン!」といった、勢いのある擬音とともに登場する。
よく「フリップ芸的だ」と言われるんですが、まさにその通りですね。漫画を描いていた頃から、ページをめくる瞬間に大きなボケ(オチ)を持ってくる構成を大切にしてきました。今はスマホで縦にスクロールして漫画を読む時代ですが、絵本は最後まで“紙”という媒体の特性が残る場所。めくった時の驚きを最大限引き出すため、あえて猫のサイズ感は無視して、画面いっぱいに描きました。お餅みたいにピーンと長く伸びる、猫独特の体の長さを活かして飛び出させてみたんです。特に跳び箱のシーンは、描いていて面白かったですね。
『ねこいる!』(ポプラ社)より
猫って、どんな失敗をしても、用を足していても、ずっと真面目な顔をしてこっちを見ていたりするじゃないですか。あの無表情ゆえのドヤ感というか、淡々としたおかしみを描きたくて、基本的には読者と正対するように、カメラ目線で描いています。一方、人間は、あえて瞳を描き込まず、感情を表さないようにしています。より純粋に猫そのものにフォーカスしてほしかったからです。
『ねこいる!』(ポプラ社)より
「へんてこなもの」だからこそできること――帯のコピーでは、自虐を込めて「頭がよくならない絵本」とうたっている。しかし、たなかさんはその言葉の裏に、現代の教育観に対する静かな問いかけを忍ばせる。
「こうしなさい」というハウツー通りに動くことは学べるかもしれませんが、それ以外の方法を考える力がなくなってしまうのは怖い。むしろ、この絵本のような「へんてこなもの」に触れて、自由に空想を広げることこそが、結果として想像力を鍛え、本当の意味で頭をよくすることにつながるんじゃないか……という本音もあります。
僕自身、教師の両親に育てられたんですが、幼少期に与えられたのは遊び方が決まった既製のおもちゃではなく、ブロックや積み木、砂場といった余白のあるものばかりだったんです。答えが決まっていない世界で、自分なりに面白さを見つける。その経験が今の僕を作ってくれたと思います。この絵本も、子どもたちが「こんなところから猫が出てきてもええんや!」と、固定概念を崩す起爆剤になってくれたらうれしいですね。
――たなかさんの描く猫は、いわゆる「モフモフとした愛らしいキャラクター」ではない。どこか冷ややかで、肉食獣としての不気味ささえ漂うタッチだ。
絵筆ではなく、Macのソフトを使い、液晶画面にタッチペンで描いています。猫って、実はちょっと怖い部分もありますよね。僕自身、猫を飼っていますが、もし自分が孤独死したらこの子に食べられちゃうのかな、なんて想像したりもする(笑)。でも、その清濁併せ呑んだ存在感が愛おしい。僕の絵本には、必ずどこかに怖さや不気味さを入れたいんです。きれいなものだけじゃ、面白くないですからね。
『ねこいる!』(ポプラ社)より
猫の存在感がさらに増したシリーズ第2弾――2026年2月に刊行された第2弾『ねこいる! いる!』(ポプラ社)では、前作以上に遊び心を詰め込んだという。
1作目は、読者にこの絵本の楽しみ方を提示するルール説明のような役割もありましたが、2作目ではその説明を一切省き、より猫の数を増やしています。文字の中にまで猫、さらには犬までも……。実は、大人が文字を読み上げるより先に、子どもたちは絵の中に潜む小さな猫をすぐに見つけてしまうんです。その観察の鋭さには、作者の僕も驚かされます。
編集者から「『ねこいる!』って、実はすごくポジティブな言葉ですよね」と言われてハッとしたのですが、猫好きは街角で猫を見つけると、必ず「あ、猫いる!」と口にします。それは、そこに猫がただ存在するだけで、その場の空気が少しだけ幸せに転じるから。理屈なんていらない、世界を肯定する呪文のようなものなんです。意味や教訓から解き放たれ、ただ「いる」ことを面白がってもらえたらと思います。
