元気な様子で取材に応じたドン小西氏

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 ファッションデザイナーでタレントとしても活躍してきたドン小西氏(75)。辛口ファッションチェックで知られる一方、年商40億円から一転、15億円の借金返済に追われた過去もある。そんな激動の人生を歩んできたドン小西氏が今、新たな局面を迎えていた。予想外の「病」が発覚したのだ。ドン小西氏が現在の状況について語ってくれた。【前後編の前編】

【写真】ドン小西氏の取材アザーカット。治療法について自らまとめたレポートなども

心臓の手術前に撮影したCTスキャンで判明した膀胱の影

〈「来週あたりから、放射線治療が進んで声が出にくくなるらしいから取材なら早くやろうよ」──4月中旬、そう言っていつもの元気な様子で取材に応じたドン小西氏。1月に受けた心臓弁膜症の手術のための検査で「膀胱がん」が見つかり、さらに「咽頭がん」も発覚。一気に3つの病気と付き合う身となった。〉

 きっかけは14年前にやった、心臓弁膜症の手術だよ。健康番組に出演した時に、たまたま見つかった病気でね。当時はまだ60歳になったばかり。人工心肺装置で全身に血液を送りながら、心臓を取り出して一時的に止めるっていう、大がかりな手術を受けたんだ。

 取り付けた弁は、牛の心臓から作られた生体弁。当時は弁膜症の内視鏡手術はまだまだ少なくてさ。開胸手術でできた大きな傷口やワイヤーがいつまでも痛かったけど、術後の心臓の調子は良好。ちなみに手術で血の巡りがよくなると記憶力がグンと上がるっていう話もあって期待したけどさ。そっちの効能はほとんどなかったね。

 生体弁は劣化するので、10年か15年くらいで交換手術が必要になることも、手術時に聞いていた。でもあまりに快適で、すっかり忘れていたんだよ。それがまた最近、息切れとかの症状が出てきてね。あの手術後の痛みを考えると、この歳で耐えられるか迷ったけど、そのうち道ばたでうずくまることなんかもあってさ。

 病院に行くと、心不全の一歩手前の重篤な段階との診断が出た。しかし14年も経つと、心臓の手術もまるで変わってるもんだね。ほとんど切らない内視鏡手術が主流になって、患者の負担がグンと軽くなったということだった。だからちょっと不安はあったけど、内視鏡手術のほうを受けることにしたんだ。

 14年前に手術してくれた先生にも聞いてみたけど、内視鏡の手術はできないとの返事だったから別の先生にやってもらうことにした。

 手術は1月5日に決まって、年末年始は憂うつだったけど、たしかに開胸手術よりずっと楽だった。手術は大成功だったわけだが、本当に大変なのはここからだよ。手術前に撮ったCTスキャンで、膀胱に影があると言われたんだ。それも「ほぼ、がんです」と。心臓の手術後、もう一度調べると、やっぱり大きめながんがあってね。すぐに手術ってことになった。

専門書を何冊も読んで大事なところをレポート用紙にまとめる

〈手術前は膀胱摘出もありうると言われ、人工膀胱も覚悟。実際に手術をしたところ、ステージ3でそれほど根が深くないので、膀胱は温存できたという。今は再発を防ぐために、BCG(結核予防ワクチン)を注入する治療を週に1回ほどのペースで受けていると話す。〉

 膀胱がんになったことで、もうひとつ気になることが出てきた。喉の違和感だよ。実は1年半前に喉が詰まるような感覚があって、がんじゃないかと思って有名病院で診てもらったことがあった。ところが診断は風邪で「そのうち治るでしょう」と言われたけど、いつまでたっても治らなかった。

 しかもその病院で不思議なことがあってさ。ベテラン看護師さんのひとりが、真っ赤な口紅がはみ出しているような昭和のメイクで、とにかく一度見たら忘れられなくなるようなキャラクターだったんだよ。病院から帰っても、彼女のことで頭がいっぱい(笑)。どこに住んでるんだろうとか、前職は何をしていたんだろうとかね。断じて、好きになったわけじゃないんだけど、その病院のことを思い出すと、今も彼女の顔が浮かぶんだよ。

 あたしは予知能力とかぜんぜんないけど、あとで思うと、あんなにも彼女が気になったのは「今日の診断には気をつけろ」っていう神様の警告だったんじゃないかって。たしかに人様の服装とかメイクとか、人より気になるほうだけど、こんなに頭に焼き付いたのは彼女だけ。ちょっと変わった警告だけど、そういう引っかかりは大事にしなきゃと思ったね。

 ずっと喉の違和感は治らないし、膀胱がんの治療で通っている病院で検査をしたら、嫌な予感が的中。ステージ3の咽頭がんだった。

〈こうして心臓の術後ケアに並行して、膀胱がんの手術、咽頭がんの放射線治療など、"多重がん"の治療を進める日々が始まった。例えば、咽頭がんの治療法ひとつをとっても、放射線治療に抗がん剤を併用するか、放射線をどの範囲で当てるかなど、自分のがんについて猛勉強を重ね、医師との話し合いで方針を決めていったのだという。それでなくても"類い希なる口うるささ"で知られる小西氏。自身の身体を守るためとなれば、口うるささにも磨きがかかっているようだ。〉

 もちろんセカンドオピニオンのためにあちこちの名医を訪ねたよ。でも名医が語る治療法は、だいたい同じ。だったらその治療内容を精査しようと、自分でも病気について猛勉強を始めたんだ。

 専門書を何冊も読んで、大事なところをレポート用紙にまとめてさ。診察日はそれを持って医師に質問をしに行く。やっぱり自分の命のことだもの。モチベーションが違うよね。自分がこんなにも勉強家だったとは、病気になるまで知らなかったもんな。

 治療方針だって、医師と何度も話し合った。例えば咽頭がん。医師は手術を勧めたけど、これをやると声帯を取る必要が出てくる。話ができないと、今やってるタレント業も、コンサル業も、オーダースーツの仕立て屋も、全部できなくなる可能性がある。副作用の大きい抗がん剤もできればやりたくなかった。何とか回避する方法はないかと医師にかけあって、放射線療法だけでしばらくやることになった。まあ、手術はいつでもできるってことでさ。

(後編へ続く)

取材・構成/福光恵 撮影/木村圭司

※週刊ポスト2026年5月1日号