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気持ちを新たに、晴れやかな気分で2025年の元日を迎えるはずだった。

交響楽団のメンバーである30代中盤の男性は、乗用車で自宅へ向かっていた。24年大みそかの演奏会を終え、初詣に行き、同行者を車で家まで送り届けた。長い一日だった。既に3時半を過ぎ、途中で眠気を感じていたが、早く家に帰ろうと横浜市内で車を走らせていた。

20代後半の男性は大みそかを交際相手の家で過ごした後、バイクで自宅に戻っていた。バイクは2カ月前に130万円で購入した、輸入ものの自慢の新車だ。3時半過ぎ、年が明けたばかりの横浜市内は車通りもほとんどなかった。すると突然、対向車線の車がセンターラインを越えて、自分の方へ向かってきた――。

1年2カ月後。楽団員の男性は過失運転致傷罪に問われた被告として、ダークスーツ姿で横浜地裁に出廷して弁護人の横の席に座った。バイクの男性は2本の松葉づえを使い、右足を引きずりながら検察官の後方に用意された席についた。

「右大腿骨骨幹部骨折」の重傷

検察側によると、被害男性は加療期間1年6カ月の「右大腿骨骨幹部骨折」、つまり太ももの中央部分の骨を折る重傷を負った。右足は約1カ月間、全く動かず、入院期間は約7カ月にも及んだ。右足すねの筋肉は壊死して摘出せざるを得ず、左足の血管移植、背中の筋肉移植など初公判までの1年2カ月で実に9回もの手術を行っていた。

被告は24年大みそか、楽団員として東京都内で開かれたクラシックコンサートに参加した。13時に始まり、夜23時半頃まで続く年の瀬らしい豪勢な長時間ライブイベントだった。当日9時頃には起床し、開始1時間半ほど前には会場入りして、自身は「こまめに休憩」を取りながらも「合計で8時間ほど」演奏に参加した。

ライブを終えて、深夜0時頃には自身が楽器演奏を指導する教え子とともに浅草へ初詣に出かけた。車はコインパーキングに停めた。人気の場所だけに人出は盛況で、参拝を終えたのは2時頃。教え子を家に送り届けたときは3時頃になっていた。

起床してから約18時間が経過していたが、まだその頃は「眠気は全くありませんでした」という。

検察側は、被告が眠気を感じたのは事故現場の概ね7キロ手前付近と指摘した。

検察官「眠気を感じた時点で、少し休もうとは考えなかったか」
被告「まだ帰れると思って運転を続けました」
検察官「眠気は一瞬ですか」
被告「眠気を感じたのは一瞬ではないです」
検察官「一瞬の過ち、ではないのでは」
被告「……」
検察官「眠気を感じながら、運転を続けようという気持ちを継続させたのはなぜですか」
被告「今となっては、なぜ休まなかったのか…」

左側から被害男性の鋭い視線を感じながら、証言台の被告はボソボソとした口調で後悔を口にした。

被告は事故現場の約30メートル手前で仮睡状態に陥ったとみられる。事故の衝撃で、目を覚ました。

「右足は切断してもおかしくない状態だった」

被害男性は刑事裁判の被害者参加制度を利用して、意見陳述を行った。席から立ちあがるのもつらそうにしながら、被害男性は立って用意した紙を読み上げた。

「一瞬にして私の日常は、私の体と大切なバイク、平和な生活が奪われました。なぜ自分がこのような目に遭わなくてはならないのか、と思います」

医師からは後に、右足は切断してもおかしくない状態だったと聞かされた。最初の1カ月半ほどは身動きもほとんど取れず、排せつや陰部の洗浄まで看護師にお願いすることは耐え難い心労だった。多数回の手術で、その痕は生々しく、傷跡には激しい痛みとかゆみを感じ、リハビリでは足裏が地面につくだけで激痛が走る。事故の場面がよみがえってくることもある。

「つらくない日は、一日としてありません」

被害男性は「車の運転を前提とした肉体労働」に従事していたが、元の業務に復帰する目途は立っていない。バイクは廃車となった。希少な車種で、新品ではもう入手するのは困難だ。傷だらけの体で、将来的に結婚相手を見つけることができるかどうかも不安を感じている。

「被告人には、この事故を一生背負っていくことを望みます。私が奪われた健康と時間への償いの意味でも」

仕事再開も「自分が演奏していいのか」

被告は事故後、程なく仕事を再開している。

検察官「被害者は仕事をできていないが」
被告「(そのことは)すごく思っていました。弁護士の方に相談しました。本当に自分が演奏していいのか」
検察官「仕事を再開したのは」
被告「最低限の仕事をする権利はある、と言われました」

「(被害者の)意見陳述の通り、私は大事なものをたくさん奪ってしまいました。これからはこのようなことがないよう、襟を正して生きていきたいと思います」

検察側は禁錮2年6月を求刑し、被害者代理人は刑を猶予しないことを求めた。横浜地裁は求刑に執行猶予3年を付す判決を言い渡した。

桜の季節。コンサートを告げるチラシには楽団員男性の笑顔の写真が掲載されていた。

文/篠田哉 内外タイムス