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4月11日、航空自衛隊の「ブルーインパルス」が熊本の空を飛びました。

【写真を見る】ブルーインパルス2番機パイロット「あの日、力になれなかった」葛藤を胸に "不死鳥"の編隊飛行に込めた故郷への恩返し

編隊の一翼を担ったのは、今回のフライトに特別な想いを込めた熊本市出身のパイロットでした。

一糸乱れぬ編隊飛行。

航空自衛隊の専門飛行チーム「ブルーインパルス」です。

熊本地震から10年の節目に復興へのエールとして展示飛行が行われました。

熊本の空を飛びたい

編隊を組む6機のうち1機を操縦していたのは熊本市出身の松永大誠さん(33)です。

ブルーインパルスパイロット 松永大誠 3等空佐「ブルーに来たからにはあの時、地震で衝撃を受けた熊本の空を私自身飛んでみたいという思いがあった」

宮城県東松島市にある松島基地が「ブルーインパルス」の所属基地です。

国民的な行事などでアクロバット飛行を披露するブルーインパルスのパイロットになれるのは、戦闘機パイロットの中でも精鋭中の精鋭です。

松永大誠 3等空佐「こちらがブルーインパルスで使用しているT-4練習機になります」

時速約800キロ。パイロットの体にかかる負荷は体重の5~6倍にもなります。

そうした中でも繊細な操縦が求められます。

空中で他の機体が90センチまで近づくこともあります。

松永大誠 3等空佐「血液が下に下がってこようとする。血液が脳から無くならないように、失神してしまうので。血液を呼吸でぐっと上に上げながら、操縦しているような感覚」

松永さんが操縦するのは先頭の1番機の左後方を飛ぶ「2番機」です。

松永大誠 3等空佐「2番機は『隊形の要』で、ブルーインパルス6機で編隊飛行しますので、隊形を保持するための1番基準となる機体」

高所恐怖症のパイロット?

空を自由自在に飛び回る松永さんですが、意外な一面もありました。

松永大誠 3等空佐「高所恐怖症なんで、高いところは苦手」
――高所恐怖症なんですか?
松永大誠 3等空佐「普通の飛行機に乗るときは窓側ではなくて通路側を取っています。外が見られない」

午前中の訓練が終わるとパイロット全員で食事。

一糸乱れぬ飛行のためチームが心を合わせる時間です。

松永大誠 3等空佐「みんなで食べて、みんなで飛ぶところまで一緒です」
――1人で食べたいとはならないですか?
松永大誠 3等空佐「いや、ないです。常に隊長の横に!」
飛行隊長 江尻卓 2等空佐「常に隊長の横ではないだろ(笑)真面目にちゃんとやる。こういうおちゃらけるところもある。メリハリのあるいい人間」

松永3等空佐と"熊本地震"

松永さんがブルーインパルスのパイロットになるきっかけ、それが熊本地震でした。

2016年4月14日、戦闘機パイロットとして山口で養成期間中だった松永さんは、テレビで流れる映像に我が目を疑いました。

実家の家族も被災し、一時、避難生活を余儀なくされました。

松永大誠 3等空佐「家族が家に住めない状況だったので、私も直接行って支援したい。直接手伝いたいとの思いはありましたが、自分の置かれた立場で精一杯頑張ることが自分のやるべきことかなと思い、ぐっとこらえた」

「ふるさとのために何かできることは無いのか」

松永さんが葛藤を抱える中、熊本地震の翌年、ブルーインパルスが熊本の空を飛んだのです。

当時、県外にいた松永さんの元にも家族や友人から感謝の言葉が届き「こういう支援の形もあるんだ」と気づかされたといいます。

松永大誠 3等空佐「みんなを感動させたり笑顔にさせたり力がある部隊だなと」

「故郷の力になりたい」

狭き門をくぐり、3年前、プルーインパルスのパイロットになった松永さん。

地震直後からずっと胸にあった「故郷の力になりたい」を形にするときが来ました。

熊本地震から10年の節目に再び、ブルーインパルスが熊本の空を飛ぶことが決まったのです。

松永大誠 3等空佐「熊本出身ですので熊本のみなさんに、知り合いや家族に見てもらって少しでも復興の力になれれば」

熊本入りしたこの日は、当日の飛行ルートなどを協議しました。

熊本市の担当者「前回、地震が発生して間もない時期に飛んでいただいたので、入れないエリアがあったが、今回、それが入れますので。例えば天守閣前とか」

実際に天守閣にものぼって飛行エリアを丹念に確認します。

松永大誠 3等空佐「天守閣は上ったことがあるんですけど、地震後は初めてなので。すごくきれいですね」

熊本で見せたい演技「フェニックスローパス」

ブルーインパルスのパイロットの任期は原則3年。故郷を飛ぶ機会はこれが最後になるかもしれません。

松永大誠 3等空佐「最後にギリギリ滑り込みで熊本を飛べるというのは私も感慨深いものがあります。気合を入れて飛行準備にまい進していきたい」

アクロバット飛行や編隊飛行でみせることができる演技の数は50以上といいます。

その日、何を披露するかは天気などをみて組み合わせていきます。

松永さんには熊本で見せたい演技があります。

松永大誠 3等空佐「復興を祈って我々が不死鳥を模った隊形で上空を飛行するという形。フェニックスローパスを見ていただいて、復興への思いやこれからの未来に進む1つの糧になってもらえれば」

4月11日、ブルーインパルスが再び熊本の空へ。

熊本城周辺に集まったのは約7万5000人。

9年前は復旧工事中で入ることができなかった、天守閣や天守閣前広場にも空を見上げる人たちの姿がありました。

――見物に来た人は
「急にブーンてきてかっこよかった」
「円を描いたり、星の形に飛んだりするのがすごかった」
「すごく感動しました。来てよかった」
「ここまで10年、みなさんそれぞれの10年があったと思うんですけど、これからの10年も希望を持って生きていけるようになったのでは」
「しっかり元気はもらったんで、これからも前を向いて歩いていきたい」

ブルーインパルスパイロット 松永大誠 3等空佐「二の丸公園に集まった人が多すぎて、上空から見ると真っ黒になっていました。いつか熊本のために恩返しをしたいという思いを胸にブルーインパスに入って、なんとか自分のラストフライトという形で熊本のみなさんにエールを贈ることができてありがたいと思いながら飛行しました」

空から届けたふるさとへのエール。

熊本は地震から11年目を踏み出しました。

<飛行当日のニュース>
▼「熊本はまだまだがんばれる!」熊本地震から10年 大空からブルーインパルスが熊本にエール