一度道を踏み外した彼らは、5000冊の蔵書の中からどんな本を選ぶのか…ルポ・少年院の図書室
本には人を更生させる力があるのか。筆者に届いた一通の手紙を契機に、語られることの少ない「少年院と図書」の世界へ足を踏み入れた。
森合正範(もりあい・まさのり)/'72年、神奈川県横浜市生まれ。'23年に著した『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』で第34回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞
入院直前に自分の子供がいると知った少年
体育館の中にいるというのに、寒さが骨身に沁みる。この日、岡山少年院では年に一度の「読書感想文発表会」が行われた。
紺色のブレザーに身を包んだ少年43人が大きく手を振り、足を上げ、列を作って入場してきた。パイプ椅子に座ると両手を膝の上に置き、背筋を伸ばした。広い体育館には少年たちと職員、来賓3人、そして私しかいない。発表会といってもイベントのような華やかな雰囲気はなく、厳かに淡々と進んでいく。
「次の発表者はO君。『パパになる前に知っておくべき11のこと』です。O君、お願いします」
司会を務める少年が名前を呼ぶと、O君は「はい!」と体育館に響き渡る声で返事をした。登壇すると深々と頭を下げ、発表を始めた。
「僕は少年院に入院する1週間前に自分の子供がいると知りました。相手の女性とは付き合ってもいませんでした」
衝撃的なひと言だった。少年たちの視線が壇上に釘付けになった。
O君が続ける。
「養育費の支払いや結婚はしなくていいから『月に1回会いに来て』と言われ、経済力がなかったので安心した反面、相手の人生を縛ってしまったと罪悪感を覚えました。この本は、何ができるのか考えるきっかけになりました」
『パパになる前に―』は妊娠中の女性がいかに不安か、「産後うつ」から守るために父親ができることを記した本だった。O君は待ってくれている彼女と子供を励みに少年院生活を頑張り抜くことを誓い、発表を終えた―。
「読書感想文の発表会に来ませんか」
私は新聞社の運動部記者として、長らくボクシングやオリンピック競技をはじめとするスポーツを取材してきた。かつて、少年院に入った経験のあるプロボクサーからこんな話を聞いたことがあった。
「少年院は暇で、やることといえば本を読むくらいしかなかった。そこでたまたま辰吉 丈一郎の本を読んでボクサーになろうと思ったんです」
本には道を踏み外した少年を更生させる力がある―。
以来、自分が書いた本を少年院に贈ることが私の夢となり、昨年、拙著『vs.井上尚弥 怪物に出会った日』が刊行されると同時に、全国の少年院と鑑別所の計94ヵ所に寄贈した。
本書は井上と対峙した11人のボクサーに取材し、敗北という挫折を経た彼らが、どのような人生を歩んでいるのかを綴ったノンフィクションだ。道を踏み外した少年が敗れたボクサーと自身を重ね、自らを見つめ直し、再出発するきっかけになることを願った。
しばらくすると、岡山の少年院から御礼の手紙が届いた。
〈この書籍を手に取る生徒が多くいます。自身を振り返ったり、これからの人生に思いを馳せたりしているのではないかと思います〉
その文言が心に染みるとともに、知られざる世界に俄然興味が湧いた。閉ざされた環境に身を置く少年たちの読書風景はどうなっているのだろう。調べても、それについて書かれた記事や資料は少ない。岡山少年院に、読書環境について取材したい旨を連絡すると快諾を得た。
「読書感想文の発表会があるので、その日に来ませんか?」
施設の広報業務を担当する中村信次長から、そう提案を受け、昨年の師走に行われた冒頭の発表会に合わせて、同院を見学した。
少年院での本がもつ役割とは
岡山少年院の定員は83人。中国・四国地方、大阪、兵庫の家庭裁判所で送致決定のあった46人が生活する。
マツダスタジアム5つ分にあたる10万9813平方メートルの敷地には、3つの寮とプール、体育館、職業指導の施設があり、外観は学校と寮そのもの。
ところが、中村次長に誘導されて中に入ると十数メートルおきに非常用のブザーがあり、すべての扉は鍵がないと開かない。一帯はフェンスで囲まれ、有刺鉄線が張られている。厳重で物々しい雰囲気を感じさせた。
案内されたのは、ひっそりとした一室。現場の責任者である久本大亮首席専門官と、図書室の整備など20年以上岡山少年院に携わる石井隆樹統括専門官が対応してくれた。
岡山少年院は11ヵ月の教育期間で少年たちを再び社会へと送り出す。矯正教育には生活指導、職業指導、教科指導など5つあるが、「なかでも生活指導の一つである図書の役割は大きい」と久本首席は言う。
「書籍を矯正教育や社会復帰支援に活用しましょう、余暇の時間に学習や娯楽として活用できるように整備しましょう、ということです。少年院法78条で『書籍等の整備』が定められていますから」
高卒認定や各種資格の参考書、就職に役立つ本はもちろん、流行の小説を含め各少年院が必要な書籍を考え、整備しなくてはならない、とする法律だ。
それに基づき、岡山少年院では限られた予算事情の中で図書の充実を図ってきた。
どうやって本が選ばれるのか
蔵書数は4938冊。本棚には『竜馬がゆく』『ライ麦畑でつかまえて』『オトコの子の「性」』『死にたくなったら筋トレ』などさまざまなジャンルの本が並んでいた。
岡山少年院には図書室だけでなく、食事や授業をする寮のホールにも大きな本棚が並び、少年たちがより本を手に取りやすい環境を整えている。
「約5000冊ですから、少年院の中でも多いほうだと思います」
久本首席はそう語り、本の選別方法を説明した。
「まず、各部署の先生に『どんな図書を整備したらいいですか』とアンケートを取ります。なので、先生が日頃からどれだけアンテナを張っているかが大切なんです。それと少年たちの希望も聞きます。矯正教育や規律・秩序維持において『ちょっとこれは過激だな……』という本があればこの段階で選定しません」
書籍が入ってくる経路はもう一つある。少年たちの持ち込み、家族からの差し入れだ。
「これらの本は審査します。少年院での騒動や自殺、逃走といった具体的な手口が書かれている本は不適切と判断します。その表現があるページを削除したり、その箇所を黒く塗り潰すこともあります」
過去には家族が差し入れた本の中に暗号を記して子供にメッセージを送る「事件」があったため、本への書き込みは禁止されているという。
本の貸し出しは週2回、1回につき4冊まで、週に8冊まで借りられる。読書は平日で最大4〜5時間、土日、祝日となれば最大8〜9時間可能になる。久本首席が余暇時間の風景をなぞった。
「学習するか、手紙を書くか、あとは本を読むくらいですから、娯楽として読書を楽しみにしている子は多いです」
携帯電話やパソコンは当然持ち込めず、テレビも決まった時間しか見られない。少年同士の私語も禁止されている。
8割が「これまで本を読んだことがない」
「本棚に漫画がなかったと思いませんか?」と久本首席。確かに『日本の歴史』や『植村直己』といった歴史や伝記漫画しか見当たらなかった。
「岡山少年院では盆と正月に特別感を出すために、その期間にだけ漫画を読めるようにしています」
昨今の人気漫画『進撃の巨人』や『ONE PIECE』から、『SLAM DUNK』『H2』『ブラック・ジャック』までセットになって貸し出しされる。漫画は人気があり、その時期は誰もが読みふけるという。
漫画以外で一番人気のある本のジャンルを問うと、石井統括は即答した。
「筋トレの本ですね。自重や器具を使わないでできる方法を教えるものとか。ここに来てからハマり出す少年が多いんです」
一人の少年につき一部屋の単独室が与えられるが、広さは3畳程度しかない。それでも室内で簡単な運動が出来るスペースがあるため、半数近くが筋力トレーニングを行うのだという。久本首席が人気ジャンルの順位を続けた。
「次にスポーツ選手に関する本で、小説、恋愛やコミュニケーション方法のハウトゥー本と続きます。小説ではかつて『ハリー・ポッター』シリーズが人気でした。芥川賞受賞作のような本格的な文学作品はとっつきづらいようで、本屋大賞やミステリーもの、ケータイ小説のような恋愛ものが人気です」
少年院に入るまで本を読んだことがない少年が約8割に及ぶため、ストーリーを追いやすく、読みやすい本が好まれるようだ。
【後編を読む】無免許運転と窃盗で送致された「漢字の読めない少年」も、読書好きに…ルポ・少年院の図書室
「週刊現代」2026年3月30日号より
