働き方改革が進む【医療現場】声をあげない若手医師は学ぶ機会を失くしてゆく

写真拡大 (全3枚)

AIの登場により、「病院の診察室にいる白衣のお医者さん」のイメージは、いまからの10年で大きく変わる。

その激変の時代に医師になるとはどういうことか。

医師であり、医療未来学者でもある著者が、これから医師になろうとする娘、そして医学部を目指す若い人たちへ向けて語る、医師の仕事のリアルとキャリア、そして「未来の医師の姿」とは。『医療未来学者の父が 医師になる娘へ語る これからの医の世界』より気になる章をピックアップしてご紹介します。

目の前の学びを貪欲に掴み取ろう

医療現場は学びの場。しかし、その場は、患者さんの苦しみ、痛み、悩み、絶望……、それらとともにあることを決して忘れてはなりません。そして、その機会をどこまで自分のものにできるかは自分次第。僕が20代、30代前半の頃は、寝る間を惜しんで働き、起きている間はずっと学び続ける医師像は当たり前でした。もしかすると、今では考えられないかもしれません。もちろん時代が違うだけで、良いことと言える訳でもない。しかし、当直が明けてそのまま通常勤務に突入する若手医師はまったく珍しくなんてなかったのです。

どの職業でも働き方改革が進みつつある今の時代に、僕らの頃と同じような過酷な労働を強いるのは時代錯誤です。やっとの思いで国や社会が労働環境の改善を進め、医師も健康的に働ける環境が見えてきました。そうすることが、日本の医療を守るために重要なことなのは間違いありません。過労死なんていう言葉が、二度と医療現場から生まれないようにしてほしいと、僕も思っています。

それは絶対そう。だからといって「残業がないときは、勉強しなくてもいい」というのとは違います。業務量が過多になるのは確かに問題です。でも実務経験が不足することも同様に深刻な問題です。そもそも患者さんの来院や容体の変化は、医師の都合に合わせてはくれません。いついかなる瞬間に重要な局面が訪れるか、誰にも予測できないのです。

もし、「昔に比べて勤務時間が減って楽になった」と喜んでいる医師がいたら、せっかく労働環境が良くなって勉強できる時間が増えたのにもったいない、と伝えたい。

僕が若かった時代には、医療の現場の「情報」はぐちゃぐちゃに散らかっていました。カルテは紙、検査結果もいちいちコピーして、自分の手で整理しなければならなかった。コピー機と格闘するのも、若手医師の大事な「仕事」でした。そんな状況だったから、業務時間内は休みなく働いている割に、できることは限られていた。知識やスキルを身につけるには、業務時間外に自分で必死に学ぶしかなかったのです。

ところが、今はどうでしょう。電子カルテが整備され、患者さんの情報は一元的に管理されています。ボタン一つで過去のデータも、最新の検査結果も、あっという間に手元に現れる。ガイドラインや過去の症例もインターネット検索が使える。

最近では、生成AIという最強の味方が登場し、難しい症例の解釈や、珍しくて思いつきにくい別の病気の可能性もリストで示してもらえる。事務作業も効率化され、昔は医師がやっていた雑務の多くは、専門のスタッフが担ってくれるようになりました(それでもゼロにはなっていませんが)。僕らの世代から考えたら、夢のような環境です。学びたいと思えば、いくらでも学べる「時間」と「ツール」がそこには存在するのです。

それなのに、もし「当然の隙間時間」「残業がなくてラッキー」という感覚で、その貴重な機会を漠然とやり過ごしてしまったら、医師としての一生を台無しにしてしまうかもしれません。繰り返しになるけれど、医師の20代は「土台造り」の時期。どれだけ多くの知識やスキルを吸収し、経験を積めるかが、その後の医師人生を大きく左右するのです。

勤務時間がだらだらと長くない研修医の時間は「楽をするとき」ではありません。「より能動的に深く学ぶ時間」なのだと捉えてほしいのです。

40歳を過ぎてから、「若い頃、もっと勉強しておけばよかった」と後悔する医師を、僕はたくさん見てきました。大学病院に長年勤めていても、いざという時に、「この先生、意外と何もできないな」と思われ、信用を失ってしまう医師というのは少なからず存在します。もしも、給料が安いとか、残業が嫌だとか思っている医師がいるなら、「他の仕事を選んだほうがよかったのでは?」と言いたい。

でも、偉そうなことを言っている僕自身、大学時代まではちゃらんぽらんでした。当時の僕の生活を知る高校や他学部の同級生は、「あいつ、いつ大学に来てた? 本当に、医者になったの?」と驚くかもしれません。それほど、勉強以外のことばかりに夢中になっていた大学時代でした。もちろん、本人なりにはやっていたつもりでも、客観的に振り返ると、本気で勉強をしたのは、前にも触れた通り、医師国家試験を受ける前の数ヵ月程度。

しかし、医師国家試験に合格し、母校の附属病院で医師としての一歩を踏み出したあとは、病院という悩みと悲しみの場に圧倒され、これから出会うであろう患者さんに恥ずかしくないように、精一杯学ぶ努力をしなくてはいけないと感じたのです。それでも、スロースターターの僕は、初期臨床研修初日から別人のように勤勉な医師に変貌! とはいきませんでしたが、自分の中で意識が変わったのは確かです。

20代の早い段階で、マインドセットの変更は多少できたけれど、それでも、いつも後悔のない職業人生を送ってきた訳ではない。もっといろいろと学べたかもしれない、もっといい選択があったかもしれない、と常に苦みとともに振り返ります。

だからこそ、あなたも含め若い医師に伝えたいのです。目の前に学びのチャンスが転がっていたら、なりふり構わず掴み取ってほしい。「ワークライフバランス」という美辞麗句に惑わされないでほしいと思うのです。ワークライフバランスという言葉はあくまで、健康的で充実した人生を送るための手段を示すものであって、学びから逃げる言い訳ではない。

若いうちにしかできない努力、若いうちにこそ吸収しなければいけない知識やスキルがあります。30代半ばで「一人前の医師」として、第一線で活躍できるようになるために。あなたに与えられた環境の中で、最大限の学びを追求してもらえたら嬉しいです。

限られた時間で効率的に学ぶには

僕らの時代は、働きたいだけ働けたから、文字通り「身体で覚えて」経験と知識を積み上げました。徹夜でカルテを書き、先輩の横でワザを盗み、患者さんの急変があれば、どんな時間でも駆けつける。そんな日々の中で、知識も技術も、そして何よりも「医師としての覚悟」が培われるものでした。そういう生活は、時に過酷でした。理不尽だと感じることも多かった。だけど、「俺は医療をちゃんとやらなきゃいけないのだ」という枷があったから、乗り越えられたと思います。

逆に、今の労働環境では、昔ながらの「時間を気にせずにがむしゃらに努力する」ことが許されない場面もあるでしょう。でも同時に、自分の限界を知り、それを乗り越える経験が減って、成長のスピードが遅くなるとしたら?

労働環境が改善される一方で、一人前の医師になるための道のりが、僕らの時代よりもわかりづらくなっている面が確実にあります。

限りある与えられた時間の中で、いかに効率的に深く学ぶか。そのことを、常に意識して行動しなければ、一人前の医師への道のりは長く険しくなる一方でしょう。昔のように「強制的に学ばされる」環境が減ったからこそ、自分自身の学ぶ意欲と行動力が、これまで以上に問われる時代になっているのです。

ところが、上級医に積極的に指導を求めることを躊躇する若手医師が増えています。忙しい上級医に質問するのは申し訳ない、自分で調べられることは自分で調べるべきだ、といった遠慮の気持ちが働くようです。

一方の指導する立場の医師からすれば、「この若者はどのくらいやる気があるのだろうか?」と、若手医師の意欲を測りかねている、という現状もよく耳にします。コンプライアンスに厳しくなった今の時代、上司もパワハラだと誤解されることを恐れて積極的に指導できない、という側面もあるようです。結果として、上司も部下もお互いに言いたいことを言えないまま距離が離れていくのは、とても残念なことです。

僕にも、何人か良き先輩医師がいます。たとえばPET研究のM先生。M先生が取り組んでいたのは、脳疾患の患者さんを対象にした画像研究でした。患者さんは暴れたり落ち着かなかったりして、非協力的な場面も多いのですが、M先生はちょっとオタク気質な近寄り難い人で、さまざまな工夫を凝らして研究を進めていました。周囲はあまり関心を示さなかったものの、僕は「なぜそこまで頑張って工夫するのか」「どうして周りに嫌がられてもやるのか」(時間がかかりすぎて看護師さんや技師さんたちが困ったり、集団で申し入れがあったりとか、いろいろありました)と合間に質問し、丁寧に話を聞かせてもらいました。

すると、「あれ、奥先生、興味あるの?」と逆に声をかけていただけるようになり、質問にも気さくに答えてもらえるようになったのです。最終的には、M先生とは隣接しつつも別の分野を自分で切り拓いていくことになるのですが、僕にとっては医師、研究者としての扉を開いてくれた大切な先生です。今でもお付き合いがあります。

また、O先生やW先生には医師としての基本を教わりました。一例ですが、PET検査で行う動脈確保という手技は、静脈確保よりは難しいものの、それほど大きく違う訳ではありません。それでも初心者の僕は、なぜかすっきりうまくできずに悩んでいました。最初は恥ずかしくて切り出しにくかったのですが、患者さんもいることですし、自分だけの問題じゃないことは明らかです。思い切って「O先生、何度やってもうまくできないんです」と相談しました。すると先生は笑いながら、「次は横から見ているといいよ。重要なポイントを教えるよ」と話してくれました。実際に、何回かの手技でポイントを示してくれ、「できないことを認められるのが成長の第一歩だよ」と声もかけてもらいました。そのようなことはその後もたびたびあり、有形無形の指導をしてもらいました。技術面だけでなく心のケアもしてもらえたのです。これらの先生方とも長いお付き合いです。

あなたにちゃんとやる気があるならば、受け身でいるのではなく、自分から積極的に「教えてください!」「やらせてください!」と声を上げたほうがいい。やる気のある若手を育てたいと思っている医師は、いつの時代もたくさんいます。なにしろこの職業は、「おせっかい」な人が向いているのですから、そこら中におせっかいな良い先輩がいます。でも、やる気が見えない人相手だと、「余計なおせっかい」と思われそうで躊躇ってしまう。

だから、あなたがもし真剣に学びたいと思ったら、その意欲を遠慮なく上の人に伝えてください。積極的に学ぼうとする若手医師ほど、教えがいのある存在はありません。質問が具体的で、学習意欲が明確に見える若手医師には、自然と多くの時間と労力を投資したくなるものです。そうなれば相手も喜んで、惜しみなく知識や経験を教えてくれるはずです。

続きはこちら>医者は【王様】ではない。これからの医療現場に必要不可欠なコミュニケーション能力とは