高市首相は秋葉原の第一声で「3度、涙を拭った」…自民党HPもアピール“涙がこみ上げる”姿でダメ押しした“高市旋風”の正体
第1回【「えっ、泣いた…?」 衆院選での自民圧勝を決定づけた“高市首相の涙”…ベテラン記者が高市旋風の核心を目撃した「秋葉原での第一声」】からの続き──。首相の高市早苗(自民党総裁)は1月27日に公示された衆院選で、第一声となる街頭演説を東京・秋葉原で行った。その際、高市は演説中に3度、目尻を拭った。【村田純一/時事通信社解説委員】(全2回の第2回:敬称略)
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【写真を見る】圧勝を果たした衆院選の“第一声”で高市首相が見せた“涙” 自民党HPでは<熱い思いに涙がこみ上げる>との言葉も
街頭演説の30分ほど前、午前9時半ごろJR秋葉原駅に到着した。高市の演説そのものは、ニュース性も盛り上がりも今一つで、正直に言って最初は退屈だった。

ところが演説が始まってから22分が経過すると、高市はそっと左手で目尻を拭った。「え? 泣いた?」。当初はよく分からなかった。街頭演説の後半部分を続ける。
「だから、私は本当に歯を食いしばって…(ここでまた、左手で目尻を拭う)……30年以上かけて、やっと、内閣総理大臣になれた。今まで、できなかったかもしれない仕事が、できるかもしれない。そういう立場に立った」
聴衆の一人から「ガンバレー」の声が飛ぶ。街宣車で高市の両隣に立つ維新の吉村、藤田は拍手をする。
「3カ月、歯を食いしばって、歯を食いしばって、まずは物価高対策、そういうことで補正予算は乗り切りました」
高市の声は震え、感極まっているかのようだった。私は聴衆の反応も見ていたが、周囲の人は割と静かに聞いている人が多かった。盛大な拍手や熱狂的な声援があったわけではない。それほど盛り上がっている感じはなかった。ただ、ここで聴衆の一人から、激励の声が飛んだのは事実だ。
3度目の涙
「これからが本丸なんです。これから経済を強くする。日本の国力、外交力も防衛力も、もちろん経済力も、技術力も、情報力も、人材力も強くする。そのために必要な法律も予算もやっていかなきゃいけない」
「でも、長い国会が始まる前に、まずは信任していただきたい。重要政策と政権の枠組みが変わったんですから。まず、国民の皆さまにご信任をいただきたい」
「自民党と日本維新の会で過半数を取れなかったら、内閣総理大臣を辞める。そう申し上げた。あちこち走り回って、頭を下げて、新しく連立組んでください。数、合わせてください。ぎりぎり過半数、何とか、かき集めた。去年はそうでしたよ」
演説開始から24分、ここでさらに目尻をぬぐった。3度目だ。
「自民党、日本維新の会、この二つの政党で何としても過半数取らせてください。挑戦しない国に未来はありません(拍手)。皆さまと一緒に未来をつくります」
高市は約26分で演説を終え、街宣車を降りて次の会場へ向かった。
「高市の涙」は、それほど大きな話題にはならなかった。メディアは、公示日に与野党各党首の第一声を公平に取り上げる。高市の情緒的な「お涙シーン」をことさら大きく扱うのもどうか、という判断もあろう。号泣したわけではない。
涙を報じたスポニチ
というか、本当に涙を流したのかどうか、私自身は最初、現場での距離が遠くてよく分からなかった。その日、維新のホームページに高市の街頭演説動画が最初から最後までアップされていたので、そこで何度も確認した。
よく見ると、決して涙は流していなかった。涙腺が少し緩んだ程度かと思われたが、それもはっきりしない。目にゴミが入ったのかと思うぐらいの微妙な仕草だ。しかし、現場で聞いている限り、高市は演説中に感極まって涙がじわじわ溜まり、手で拭ったと見るのが自然だろう。
同じような見方で記事にしていたのが、スポーツ紙のスポニチだった。スポニチのニュースサイトによると、見出しは「高市首相、秋葉原から涙で第一声」(編集部註)。本文には「自らの進退を懸けた初日に、涙で政策を訴えた」とも書いていた。しかも、目尻を拭う高市の写真付きだ。あれは当然、注目すべきシーンだったのだ。
スポニチの記事は、「(高市首相は)目尻にたまった涙を左手で拭い『政策と政権の枠組みが変わった。国民の信任をいただきたい』と訴えた。昨年10月の首相就任後、公の場で涙を見せるのは初めて。集まった支援者から『頑張れ!』とエールが送られた」と記していた。
武器になった「高市の涙」
さらに、なぜ涙を拭ったか。秋葉原は、高市が師と仰ぐ元首相・安倍晋三が国政選挙の演説に選ぶ恒例の場所。スポニチによると、「安倍さんのことが頭によぎって感極まったのではないか」と自民党関係者が指摘していたという。さすがにそれは穿った見方か臆測だろう。高市本人に聞かないと分からない。
一方、いろいろ調べていると、自民党の公式サイト内に、「高市総裁遊説クライマックス!」と題した2月6日付の記事と写真があり、今さらながら驚いたことがある。
投票2日前のこの記事によると、高市は「2月5日までに日本列島各地で演説し、街頭では平均5000人の聴衆を集めました」とある。その上で、各地の演説会場の写真をいろいろ掲載する中で、秋葉原での第一声の写真も取り上げていたが、あの左手で目尻を拭うシーンがピックアップされていた。
写真のキャプションは、「東京・秋葉原での第一声、熱い思いに涙がこみ上げる高市総裁」と書かれてある。自民党としては、高市への親近感を高め、有権者にアピールする写真だと思ったのだ。高市自民党のイメージアップ戦略として、「高市の涙」は結果として、高市人気を高める大きな武器の一つになったようだ。
高市人気の爆発へ
これが最初から「演出」されていたとしたら、びっくりだ。もし、菅義偉、岸田文雄、石破茂が選挙の街頭演説でいくら涙を拭ったとしても、それで有権者が親近感を抱くようなことはないだろう。
その後、各地で「高市の涙」のシーンを見ることはなかったが、「推し活」の有権者や保守層、無党派層の高市人気はやがてSNSや動画サイトを通じて爆発的に拡大し、衆院選で自民党を圧勝に導くことになる。
第1回【「えっ、泣いた…?」 衆院選での自民圧勝を決定づけた“高市首相の涙”…ベテラン記者が高市旋風の核心を目撃した「秋葉原での第一声」】では、改めて高市首相の演説に注目する。退屈と言っていい序盤から「国旗損壊罪」でギアが上がり、いよいよ「高市の涙」が飛び出した経緯について詳細に報じている──。
註:高市首相、秋葉原から涙で第一声 験担ぎ? 安倍元首相が好んだ場所めぐり「信任」訴え(スポニチアネックス:1月28日)
村田純一(むらた・じゅんいち)
1986年、時事通信社入社。90年から政治部。海部政権で首相番。平河クラブで小渕恵三幹事長、小沢一郎竹下派会長代行らを取材。民社党、公明党を担当後、羽田政権、村山政権で首相官邸を取材。96年経済部で経団連など財界担当。97年政治部に戻り、山崎拓政調会長番。選挙班長、防衛庁担当などを経て、2001年8月からワシントン特派員。05年2月帰国。外務省キャップを経て政治部次長。2020年7月より時事総合研究所代表取締役。23年6月より現職(時事総研研究員兼務)
デイリー新潮編集部
