【堺屋 大地】「元グラドル」で大活躍のMEGUMIと小池栄子の共通点…「遅咲き」「挫折」順風満帆ではない芸能人生
ここ数ヵ月だけでさまざまな話題を振りまいているMEGUMIさん。プロデュースしたNetflixのヤンキー恋愛リアリティショー『ラヴ上等』は、昨年12月に公開すると瞬く間に大ヒット。今年2月にはプロデューサーとしてNetflixと複数年契約を結び、アンスクリプテッド作品を制作して独占配信していくことが発表されました。
2023年に発売した美容本『キレイはこれでつくれます』(ダイヤモンド社)が60万部突破のベストセラーとなったことで美容家という肩書きも定着。プライベートでも、今年2月に13歳年下の令和ロマン・高比良くるまさんと熱愛報道が飛び出し、世間は祝福ムードに包まれました。
公私ともに明るい話題で“時の人”になっているMEGUMIさんですが、40代以上の層からすると彼女のイメージは“バラエティスキルの高いグラビアアイドル”だったはず。
そんな彼女がいまやプロデューサー、美容家、俳優として成功しているわけですが、MEGUMIさんよりも先に“バラエティスキルの高いグラビアアイドル”というポジションを確立していたのが小池栄子さんでしょう。
記事前編は【「元イエローキャブのグラドル」MEGUMIと小池栄子が令和に大活躍…囁かれる「不仲説」の真相】から。
俳優としては遅咲きの小池栄子
ともにグラビアアイドルとして世に出てきた小池栄子さんとMEGUMIさん。
バラエティ番組で爪痕を残していくことで芸能界を生き抜き、現在のポジションを獲得するに至った2人ですから、お互いに戦友のような感覚を抱いているのかもしれません。
というのも、2人とも必ずしも順風満帆な芸能人生を送ってきたわけではないからです。
小池さんはもともと俳優志望で芸能界に飛び込んだのですが、当時はグラドルからキャリアをスタートさせて、役者として大成したという例はほぼありませんでした。賑やかしとしてドラマにゲスト出演するといったことはあっても、グラドルがGP帯・連ドラで主要キャストに抜擢されるというケースは、ほとんどなかったのです。
1997年のデビューからしばらくしてバラエティ番組にはひっきりなしに出演するようになり、需要が途切れなかった小池さんですが、役者として評価されはじめたのは2000年代中ごろから。
テレビタレントとしては売れっ子でしたが、役者としてはまだまだ新人のようなポジションが多かったものの、映画『恋愛寫眞』(2003年公開)や映画『下妻物語』(2004年公開)などでキャリアを積んでいきます。そして主演映画『接吻』(2008年公開)では、ニュースで観た殺人鬼に惹かれて獄中結婚する主人公を演じ、「ヨコハマ映画祭」で主演女優賞を受賞したのです。
劇中のキーパーソンとなるフリーライター役を演じた映画『八日目の蟬』(2011年公開)では、「日本アカデミー賞」の優秀助演女優賞も受賞しています。
昨年11月にライフスタイル誌『CREA』(文藝春秋)で受けたインタビューにて、役者としての分岐点を尋ねられ、小池さんは『八日目の蟬』撮影当時に成島出監督から言われた言葉を次のように回顧していました。
《大きく意識が変わったのは『八日目の蟬』という映画で出会った成島監督に“何となく”で芝居をしてはいけないと現場で叩き込まれたこと、ですかね。今みたいに理想を掲げていても、やはりどこかで気持ちが生ぬるくなって、小手先で芝居をしていた私に活を入れてくださいました。》
役者としてのターニングポイントのひとつに『八日目の蟬』があったとのことですが、そんな彼女がGP帯・連ドラで初めて主演することになったのが、前述したとおり2023年のドラマ『コタツがない家』でした。
このとき小池さんは42歳。20代でGP帯主演を果たす女性俳優が多く、早ければ10代でその座を射止める女性俳優もいることも考えると、小池さんは役者としては遅咲きと言えるでしょう。彼女が長年くじけずに研鑽を積み続けていたことは想像に難くありません。
MEGUMIは念願の歌手デビューを果たすも…
小池さん以上に山あり谷ありの芸能人生を歩んできたのがMEGUMIさん。
そもそもMEGUMIさんは歌手志望で、18歳で地元・岡山県から上京して数々の歌手オーディションを受けていたそうですが、すべて不合格で落ち続けるという日々を送っていたといいます。
アルバイトでなんとか生計を立てながらボイストレーニングを受けていたところ、ボイトレの先生から当時勢いのあった「イエローキャブ」の野田社長を紹介してもらい、芸能人生がスタート。野田社長と初対面時にお眼鏡にかない、なんと「来週からサイパン行け」と言われ、いきなりの海外撮影でグラビアデビューが決まったのだそうです。
それからグラドルとして人気に火が付き、バラエティ番組への出演が激増。水着姿でバンジージャンプに挑戦させられたり、アイドルでありながらプロレスをやることになったりと、精神的にも肉体的にもきつい撮影もあったそうですが、テレビ需要と知名度が高まっていったことから、2003年に念願の歌手デビュー。
しかし、これが苦々しい挫折経験だったということを、2022年の『テレ東プラス』(テレビ東京)のインタビューでこう語っていました。
《夢だった歌手デビューができたんです。でも、CDもライブのチケットもまったく売れなくて......。そこが最初の“詰み”でしたね。子供の頃からの夢が叶ったら、その次にこんなことが起きるのかと、ショックでした》
せっかく歌手デビューしたもののアーティストとしての需要がないことを突き付けられたMEGUMIさん。それから2008年に降谷さんと結婚、その翌年に第一子出産とライフステージが変わっていくなかで、以前から憧れがあった俳優業に本格的に挑戦する決意を固めたといいます。
2023年の『集英社オンライン』(集英社)のインタビューでは、名優で義父だった故・古谷一行さんからかけてもらった言葉を思い出しながら、次のように語っていました。
《『どんなに小さい役でも、誰かが見てるよ』と言ってくださって。確かに誰も見てないということはないので、少しでも爪痕を残すために誰よりも努力してやると思いました。10秒くらいしか出ない役でも、歩んできた人生を想像してその場所に行き、ひとりで生活してみたり。異常なまでの努力をして、絶対、次につなげてやると思ってました》
そうやって役者としての地力を蓄えていったMEGUMIさんは、映画『台風家族』(2019年公開)と映画『ひとよ』(2019年公開)での演技が高く評価され、「ブルーリボン賞」の助演女優賞を受賞するのです。
――ともに「イエローキャブ」のグラビアアイドルとして世に出て、バラエティ番組で結果を出し続けていた小池栄子さんとMEGUMIさん。
その当時の彼女たちを見ていて、小池さんが主演俳優やバラエティMCとして、MEGUMIさんが俳優、美容家、プロデューサーとして、ここまで唯一無二のポジションを確立して大成することを、予見できていた人は少ないのではないでしょうか。2人の今後の活躍にも注目していきましょう。
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