防災グッズを買って安心する人が一番危ない…元レスキュー隊員が指摘する「致命的な落とし穴」
3.11から15年。防災意識の高まりを受けて、防災バッグや各種防災グッズを備える家庭が増えた。
さらに’24年1月の能登半島地震、8月の南海トラフ地震臨時情報など、不安が高まるたびにECサイトでは防災セットが爆発的に売れた。農林水産省の調査では、約4割の家庭が防災グッズを用意していることもわかった。
しかし、元レスキュー隊員で防災YouTuber・RESCUE HOUSE(レスキューハウス)のタイチョーこと兼平豪氏は、この「防災グッズブーム」にこそ命を落とす落とし穴があると警鐘を鳴らす。
「極端な言い方をすると、『防災バッグを備えるな』です」
防災のプロが「備えるな」と言い切る。その真意を聞いた。
防災グッズ神話の罠とは
〈これひとつで安心〉〈30点避難セット〉
ECサイトに並ぶキャッチコピーをクリックしたことがある人は少なくないだろう。しかし兼平氏は、まさにその「安心感」が致命傷になると指摘する。
「命が奪われる瞬間って、被災生活が長期化したときではなく、揺れている最中、炎が出ている最中、津波が迫っている最中です。この1分1秒を争う状況で、防災グッズを持って逃げようなんて選択肢は、命取りにつながるんです」
なぜなら、消防士は、現場に向かうときに重りをつけて走ったりはしない。それなのに、訓練を受けていない一般人が、なぜ「防災バッグ」という名の重りを背負って逃げようとするのかと、疑問を呈する。
しかし、防災バッグは決してムダではない。登場するタイミングが違うのだ。
「とはいえ、防災バッグや防災グッズを否定しているわけではないんです。防災バッグは、被災生活が始まった1〜2日後に取りに帰って、あったらラッキーというものです。
でも今は、ECサイトのマーケティングに引っ張られて、多くの人が『これを買ったから大丈夫』と思考停止しています。皆さんの認識が、勝手に違う方向にアップデートされてるんです」
防災バッグは「生きる希望」にはなる。しかし、その希望を手にするためには、まずは災害が起きている最中を生き延びなければならない。それが大前提だ。
群集心理が招く最悪の事態
防災グッズへの過信と並んで、兼平氏がもうひとつ危険視するのが「正常性バイアス」と「同調バイアス」だ。
「正常性バイアス」とは予期しない事態が起きた際、脳が心の平穏を保つために「異常ではない」と自動的に思い込もうとする心理的メカニズム。災害などの非常事態でも、「大したことはない」「自分は大丈夫」と都合よく解釈し、異常事態を“正常の範囲内”と過小評価してしまう心理現象のこと。
日常生活では、私たちを守ってくれる便利な脳の仕組みだが、災害時には一転して命取りとなる可能性が高いのだ。
そして、さらに厄介なのが「周りと同じ行動をとれば安心」と思い込む「同調バイアス」だ。パニックに陥った人間が次に取る行動は、決まって「他人のマネ」だという。
「みんなが右に走ってるから、自分もマネして右に行こう。でも、そのみんなも前の人が右に走ってたからマネをしているだけで、先頭にいるのが防災のプロとは限りません。
パニックになって、じっとしているよりはマシだろうと考えた末の行動かもしれませんが、その間違った判断が連鎖して、結果的に全員が危険な場所に突っ込んでいく可能性があります」
兼平氏が「RESCUE HOUSE」を始めたきっかけのひとつに、東日本大震災で聞いた、ある親子の話がある。
大津波警報が鳴り響く中、至る所から「逃げろ」という声が飛び交っていた。しかし、その母親は、右に行くべきか左に行くべきかわからず、子どもの手を引いて大勢が走っている方向へ必死に走り、その先で津波にのまれた。
「防災や津波の知識はなかったけど、自分の命は助からなくてもいいから子どもだけは守りたいと思って、抱きしめながら子どもと一緒に津波にのまれたそうです。奇跡的に、陸に打ち上げられましたが、つないでいた手のほうを見ると……そこには、お子さんの片腕しかなかったそうです」
絶望の想定が家族を救う
知識の有無が生死を分ける。それはここまでの話で痛いほどわかった。だが、忙しい日常の中で、どうすれば防災の知識を「自分ごと」にできるのか。
「うちには1歳の赤ちゃんがいるので、僕の場合は、その子が危険な目にあうシーンをどれだけ想定できるかだと思っています」
あまりにも残酷な発想だが、兼平氏は「ここに尽きる」と言い切る。
「例えば、今この瞬間に大地震が起きて、キッチンの冷蔵庫が倒れたら、そこにいる赤ちゃんは……。この想像ができれば、すぐに固定器具をつけようと思うはずです。でも正常性バイアスがあるから、多くの人は『まあ大丈夫だろう』で止まってしまう。だからこそ、意識的に最悪のシーンを想像するところまで踏み込まないといけないんです」
兼平氏は、こうした最悪の想像を「絶望のシミュレーション」と位置づけ、すべての防災の出発点だと語る。
「防災バッグを買うことと、大切な人の死を想像すること。どっちが大事かなんて、比べるまでもないですよね。でもほとんどの人は、バッグは買うのに想像はしない。『こんなことになるとは思わなかった』と泣くのは、いつも何かが起こった後なんですよ。だから、今のうちに向き合ってほしいんです」
自宅に「安全地帯」を作る術
自分と家族の「死」を具体的に想像できたら、次は具体的な備えだ。ただし、ここで厄介なのは、住環境によって「正解」がまったく異なるということ。
「木造の築年数が古い家で倒壊リスクが高いなら、揺れが少しおさまった段階で外に逃げるのが正解だといわれます。一方、築浅のマンションなら在宅避難が推奨されています。つまり、築年数、階数、家族構成によって、取るべき行動は全然違うんです」
一戸建てか、マンションか。1階か15階か。耐震基準を満たしているか。家族に乳幼児や高齢者はいるか。ハザードマップで自分のエリアはどんなリスクを抱えているか。
自身の住環境に合わせた「パーソナルな防災」を考え抜くことが、本当の備えだと兼平氏は言う。
とはいえ、すべての人に共通してできることもある。それが、家の中に「安全地帯」を作ることだ。
「レスキューの三原則は『打たない・切らない・挟まれない』。これが起きない空間を、できれば寝室に作ってほしいですね。震度5強以上になると女性や高齢者はほぼ動けなくなるので、這いつくばってでもたどり着ける場所にしておくことが大事です」
自分の命は自分で守る
東日本大震災から15年。あの記憶を持たない若い世代も増えている。彼らに防災を伝える場として、まず思い浮かぶのは学校の防災訓練だが、兼平氏はその限界を指摘する。
「先生たちは防災のプロではないので、仕方ないと思います。それに、大勢が集まるとなると、来場者全員に共通した部分しか言えません。パーソナルな防災までは、どうしても踏み込めないんです」
学校や地域の訓練に意味がないわけではない。だが、それだけでは足りない。
「自分の命を守るために何ができるかは、自分で知るしかありません。何からはじめたらいいのかわからない場合は、とりあえず消防訓練や防災イベントに足を運んだり、僕のような防災系のYouTubeチャンネルを見たりするのもいいと思います。そうやって行動して、少しずつ知識を増やしていってほしいですね」
▼タイチョー(兼平豪) 元消防レスキュー隊員。退局後、株式会社VITAを設立し、「助かる命を助けるために」をテーマにした防災YouTubeチャンネル「RESCUE HOUSE」を開設。登録者数は約49万人を誇る。著書に『消防レスキュー隊員が教えるだれでもできる防災事典』、『大地震・津波・集中豪雨が起こったそのときに NG行動がわかる防災事典』(ともにKADOKAWA)がある。
取材・文:安倍川モチ子
WEBを中心にフリーライターとして活動。また、書籍や企業PR誌の制作にも携わっている。専門分野は持たずに、歴史・お笑い・健康・美容・旅行・グルメ・介護など、興味のそそられるものを幅広く手掛ける。
