(※写真はイメージです/PIXTA)

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「お金がないなら奨学金を利用すればいい」インターネットや金融教育が十分でなかった時代、知識を持たない18歳の学生にとって、その決断は進学のための唯一の希望にみえた。しかし、返済のリアルや他制度との比較検討をしないまま契約書にサインをした瞬間、彼女の学生生活は「学ぶ時間」ではなく「稼ぐ時間」へと変わってしまった。生活費と学費を賄うために、来る日も来る日もアルバイトに追われる日々。資金と情報を持つ学生が留学やインターンで豊かな体験を積む一方で、彼女は生きるために時間を切り売りするしかなかった。「知らなかった」という入り口が、いかにして学生時代の貴重な経験を奪い、その後のキャリアに影を落とすのか。総額480万円を背負ったある女性の事例から考えていく。

奨学金を「借金」と思わなかった理由…39歳女性の回顧

北海道出身のAさんは、現在東京都内のメーカーで営業職として働く39歳の会社員女性だ。高校時代から英語に強い関心を持ち、将来は海外と関わる仕事がしたいと考えていた。しかし、大学進学は、彼女の家庭環境において簡単な選択ではなかった。

Aさんの両親は高校卒業後に就職しており、地元でも高卒で働くことが一般的だったという背景がある。さらに、Aさんのもとには2人の弟がおり、大学受験と上の弟の高校進学のタイミングが重なっていた。弟は陸上競技で実績があり、遠方の私立高校への進学を希望していたため、授業料や一人暮らしの費用など、家計への負担は極めて重い状態にあったのだ。

「大学には行かず、働いてほしい」――。両親からそう告げられたとき、Aさんは家計の厳しさを改めて突きつけられた。現に、自身の高校も学費免除制度を利用して通っており、余裕がない事実は誰よりも理解していたつもりだ。だが、その言葉は重く響いた。それでも大学進学を諦められなかったAさんは、受験期に両親と何度も衝突したという。

そんななか、自衛隊に勤める父の知人から、「自衛隊に入れば、給料をもらいながら勉強や資格を取ることができる」という話を聞かされた。いま思えば軽い気持ちだったとAさんは振り返るが、大学進学を断念して自衛隊に入隊し、英語や資格の勉強に取り組もうと決断する。しかし、結果は不合格。しかも合否が判明したときには、すでに大学受験に切り替えられない時期だった。

絶望する娘の姿をみて、ついに両親も「好きにしなさい」と背中を押してくれた。その後、自宅に届いた進路未定者向けの案内のなかに、関心のあった国際関係学科のある3年制の専門学校をみつける。「大学卒業と同等の知識が得られる」という説明に希望を感じたAさんは、1年間アルバイトをして学費を貯め、進学することを決めた。

ただし、進学先は東京。親の援助に頼れないAさんにとって、一番の問題はお金だった。そんなとき、高校の先生が奨学金のことを教えてくれた。当時はネットも十分に普及しておらず、周りに制度を利用している人もいなかった。冊子を読んでも、その仕組みを十分に理解できていたとは言い難い。それでも、「これがあれば、たくさんのお金が用意できなくても進学できる」「やっと勉強ができるんだ」という喜びが先行し、奨学金を借りることへの抵抗はまったくなかったとAさんは語る。

Aさんは進学にあたり、日本学生支援機構の貸与型奨学金(第2種)を月10万円、3年間で総額360万円借りることにした。さらに、別の奨学金団体からも一括で120万円を借り、利用した奨学金は合計480万円にのぼった。

バイトに明け暮れた学生時代、無理して短期留学をするも…

無事に専門学校へ進学したAさんだが、その生活は決して楽なものではなかった。一括で借りた120万円は、アパートの家賃を1年分前払いすることで割安になる契約に充てられ、ほぼすべてがそこで消えた。水道光熱費込みの物件だったため固定費は抑えられたが、親からの仕送りは一切ない。月10万円の奨学金は学費に充て、交通費や書籍代、食費といった日々の生活費は、週3日の飲食店アルバイトで賄うことにした。親に頼らず自力で学び続ける、綱渡りのような学生生活の始まりである。

その後、Aさんは貯金と奨学金の一部を使い、短期留学を決断する。周囲の学生が長期留学や海外就職を目指すなか、資金不足から選べたのは3ヵ月間、現地企業でインターンシップとして働くという形だけだった。

「同じ学校に通っているのに、経験できることの差を強く感じました。お金がないから仕方ないとわかっていても、正直つらかったです」

帰国後は、飲食店のほかにも派遣のイベントスタッフや家電量販店での接客・販売など、アルバイトを増やして学費や生活費を工面した。就職活動の期間は思うようにシフトに入れず、生活が苦しい時期が続いたという。

なんとか卒業を迎えたAさんは、専門学校での学びを活かすべく、グローバル事業を展開するベンチャー企業に就職した。奨学金の返済額は毎月約1万7,000円。負担を抑えるために返済額を最小に設定した結果、返済期間は20年以上におよび、40歳を過ぎても返済が続く計画となった。

奨学金480万円の返済中に「リーマン・ショックで無職」

そこへ追い打ちをかけたのが、就職2年目に起きたリーマン・ショックだ。勤務先の経営が悪化し、Aさんは退職を余儀なくされた。転職活動中の不安定な生活のなか、社会保険料や住民税の支払いが重くのしかかり、当然、奨学金の返済も止まらない。

「早く就職しなければという焦りと支払いに追われる日々で、精神的にも肉体的にも一番つらい時期でした」

現在はメーカーの営業職として働くAさん。キャリアを重ねるにつれて生活は徐々に安定してきた。しかし、奨学金の返済はいまも続いている。奨学金があったからこそ関心のある分野について学びを深め、視野を広げることができたのは事実だ。一方で、「もし返済がなければ、海外で就職したり、学び直したりと、もっと挑戦できたのではないか」という思いが、いまも心のどこかに残っているという。

就活で突きつけられる“残酷な経験格差”

こうしたAさんの経験は、決して特殊な事例ではない。マイナビキャリアリサーチラボの調査によると、学生が就職活動で最も多く感じる「格差」について、3人に1人が「学生時代の経験(経験格差)」と回答したという。

具体的な学生の声をみてみると、「アルバイトを月に80時間以上しなければ生活できず、留学やサークルに時間を使えなかった」「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)において、アルバイトより留学などのエピソードのほうが評価がいい気がして苦労した」といった意見が目立つ。経済的な理由でアルバイトを優先せざるを得ず、結果としてほかの経験を積む機会を失っている実態が浮き彫りとなっているのだ。

また、選考において「留学や海外経験への評価が異常に高いと感じる。そこには家庭環境も影響するため、大きな差をつけないでほしい」といった切実な訴えもあった。

Aさんのように、親に頼れず学費や生活費を自力で工面する学生にとって、お金と時間の制約はそのまま「経験格差」へと直結する。そして、奨学金を背負う学生は卒業後も、やりたい仕事より「返済できる給与」で企業を選び心残りを抱えるか、あるいは夢を優先して苦しい生活を強いられるかの二択を迫られ続けているのだ。

若者の学びを後押しするはずの奨学金が、その後の生活を圧迫し、将来の選択肢を狭めてしまうのであれば、それは「未来への投資」ではなく、単なる「負債」に成り下がってしまうだろう。こうした若者の現状や「みえない格差」に目を向ける必要がある。人を雇用する企業も、その生産活動の恩恵を受ける社会も、次世代の可能性を全員で支えていかなければならない。

大野 順也

アクティブアンドカンパニー 代表取締役社長

奨学金バンク創設者