「ミヤネ屋」終了、4つの理由 地元・関西での完敗が宮根誠司氏のプライドを砕いたか
放送開始から20周年
フリーアナウンサーの宮根誠司氏(62)がMCを務める日本テレビ系「情報ライブ ミヤネ屋」(平日午後1時55分)が9月いっぱいで放送を終了する。同番組は7月末に放送開始から20周年を迎える。宮根氏はそれを節目と考えた。辞めると決意した理由はほかにも複数あるようだ。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】
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本稿は1月17日付でこう題した記事を掲載した。「『ミヤネ屋』が地元・関西でも敗北の衝撃 『ゴゴスマ』に3地区で完敗…宮根氏は周囲に『辞めたい』と吐露」。宮根氏は昨年末までには周囲に「辞めたい」と漏らしていた。
ただし、番組を制作する読売テレビ(大阪)も関東のネット局である日本テレビも「引き留められる」と信じていた。宮根氏は過去にも何度か読テレに降板の意思を伝えていたが、そのたびに慰留を受け入れていたためだ。

読テレは今回も強く慰留。だが、宮根氏の決意は揺るがなかった。7月末に番組が20周年を迎えることが大きかった。この機会を逃したくなかった。
降板理由は複数ある。日本テレビ制作者や在阪民放スタッフに聞くと、以下の事情を挙げた。
(1)現在62歳。現役でアナ生活を続けられる時間はそう長くない。平日の帯番組「ミヤネ屋」を続けていると、心身への負担が大きく、新たなチャレンジがしにくい。このため、現在のほかのレギュラー番組はフジテレビ「Mr.サンデー」(日曜午後8時54分)しかない。
(2)宮根氏は負けず嫌い。視聴率にこだわる。ところが、昨年1年間の個人視聴率争いでは、TBS系のCBC(名古屋)が制作する「ゴゴスマ −GO GO! Smile!」(平日午後1時55分)に完敗した。
関東、名古屋、関西の3大都市圏で、いずれも敗れてしまった。関東は2年連続の敗北。「ゴゴスマ」の地元である名古屋では3年連続で勝てなかった。「ミヤネ屋」のお膝元・関西では初黒星を喫した。それまではずっと勝っていた。
関西での敗北は宮根氏も気にしたらしい。宮根氏は島根県生まれだが、関西大学(大阪)に進み、1987年4月から2004年まで朝日放送(同)で局アナ生活を送っていた。関西は第2の故郷なのだ。
(3)2時間の長丁場である平日の帯番組は体力を使う。宮根氏は43歳で「ミヤネ屋」のMCになったが、今では還暦を過ぎた。「ゴゴスマ」のMC・石井亮次氏(48)は14歳年下だ。
「宮根氏は石井氏に技量で負けたとは思いたくないだろう。午後帯の情報番組をやるための体力的な適齢期が過ぎたと感じているのではないか」(日テレ制作者)
(4)関西テレビ(大阪)の午後帯の情報番組「旬感LIVE とれたてっ!」(平日午後1時50分)を、フジは平日午後2時48分からしか流していなかった。前半の1時間は現在、未放送だが、2月25日から関東地区でも午後1時50分から放送することが決まったばかりだ。
「フジが『とれたてっ』の完全放送を始めると、平日午後帯の情報番組事情は大きく変わる。キリが良いところで退こうという気持ちもあったと思う」(同・日テレ制作者)
吹っ切れた?
最近の「ミヤネ屋」での宮根氏には変化が見られていた。たとえば看板コメンテーターの橋本五郎・読売新聞特別編集委員(79)に思い切った質問をぶつけ、橋本氏が気色ばむ瞬間があった。
橋本氏は元敏腕政治記者で、読売の最高権力者だった故・渡邉恒雄さんの腹心だった。そのうえ大先輩だから、宮根氏は格別の敬意を払っていたが、15日放送では様相が違った。
話題は解散だった。読売新聞オンラインが9日夜(紙面は10日付)にスクープした。宮根氏は橋本氏に尋ねた。「高市さんの最側近の人が読売新聞の記者に書かせたんじゃないですか?」。
新聞記者をいたく刺激する言葉である。記者は外部の人間に利用されることを極端に嫌がる。橋本氏は「書かせたなんて、そんな失礼なことは言っていけません」と語気を強めた。
宮根氏はこの時点で降板の腹を固めていたのではないか。吹っ切れているように見えた。もともと朝日放送「おはよう朝日です」(平日午前5時)のMC時代(1994〜2010年)にはタブーのないトークで人気を博したのだ。
では「ミヤネ屋」の視聴率はどうして落ちたのか。理由の1つが宮根氏の路上喫煙騒動なのは疑いようがない。この騒動後、視聴率が徐々に落ちていった。
番組内で2度謝罪
一昨年3月、ドジャース・大谷翔平選手(31)が出場したMLB開幕戦「ドジャース−パドレス」を取材するため韓国を訪れていた宮根氏が、ソウルの屋外にある喫煙禁止区域内で電子たばこを吸った。それを誰かが撮影し、X(旧ツイッター)に投稿。映像が拡散され、宮根氏は猛批判を浴びた。
Xへの投稿者は「宮根氏は韓国に何しにきたのか。注意しないスタッフも問題だ」と厳しいコメントを付けた。この件をスポーツ紙やネットニュースなどが報道したから大騒動に発展した。韓国有力紙『朝鮮日報』もオンライン版で伝えた。
矢面に立たされた宮根氏は同21日の「ミヤネ屋」で謝罪に追い込まれる。
「これから取材姿勢をあらため、初心に戻って頑張りますので、あらためてよろしくお願い致します。どうも申し訳ありませんでした」(宮根氏)
ベテランがはまりやすい落とし穴だった。世間にコンプライアンス(法令遵守)意識が定着したのは2000年代だが、それ以前から活動しているフリーアナや芸能人の一部は世の中が変わったことになかなか気付かなかった。
アナ生活39年。「ミヤネ屋」が視聴率争いで独走する時期があったりする一方、違う件でも猛批判された。このときも「ミヤネ屋」で詫びた。
2012年1月、当時の妻以外の女性との間に子供がいることが発覚したからだ。週刊誌が報じた。同6日の放送で謝罪している。
「心を新たに、みなさまの期待、信頼にこたえられるよう、一から頑張っていきたい」と頭を下げた。
これも宮根氏の好感度に関わっただろうから、視聴率に影響したはず。
今の「ミヤネ屋」とは異なり、当時は芸能ニュースを積極的に取り上げていたから、自分だけ沈黙するわけにはいかなかった。
宮根氏は最初の妻と1993年に入籍したが、2004年に離婚。06年に再婚したものの、22年までにまた離婚している。現在は独身だ。
宮根氏の「ミヤネ屋」の20年は栄光と挫折の繰り返しだった。
高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。
デイリー新潮編集部
