サッカーにおけるTOTOのような、スポーツ振興くじが野球で行われないのはなぜか。大阪経済大学の相原正道教授は「実は、戦後に『野球くじ』が導入されたことがあった。だが、わずか4年で廃止された。スポーツの本質が公正な競争であることを考えると、結果が経済的利益に直結するくじ制度は、スポーツの信頼性を損なう危険を孕んでいた」という――。(第3回)

※本稿は、相原正道『スポーツと賭博』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

写真=共同通信フォト
1970(昭和45)年6月19日、八百長疑惑で永久追放されたプロ野球元西鉄・池永正明投手の復帰を求める福岡市内の署名活動。本人は関与を否定したが、現金100万円を預かったことなどから重い処分を受けた。同情論も多く復権できたのは35年後の2005年。 - 写真=共同通信フォト

■オンラインカジノ騒動に日本プロ野球が敏感だったワケ

2025年2月21日、オリックス・バファローズの投手が海外のオンラインカジノを利用していたことが発覚した。

これを受けて、NPB(一般社団法人日本野球機構)は12球団に対し選手らの利用調査を要請し、3月24日に記者会見を開いた。

NPBによると、野球協約に抵触する「野球賭博」をしていたという申告はなかったという。

出場停止などの処分は科されず、オンラインカジノを利用した8球団の選手やコーチなど16人は氏名を非公表とした。

NPBは利用した16名に対して10万円から300万円、総額で1020万円の制裁金を科した。

制裁金の金額については、立場や年俸に基づく目安を協議した上で、賭けの回数、期間、頻度、金額、時期などの調査結果をもとに12球団で決定。処分決定の過程で、出場停止等の意見は出なかったという。

また、NPBとプロ野球12球団は制裁金と合わせて計3000万円を、ギャンブル依存症対策等に取り組む団体等に寄付することを決めた。

■野球くじ実現は遠のいた

再発防止策について、中村勝彦NPB事務局長は「オンラインカジノに特化したポスターの球団施設等への掲示を行う。問い合わせがあれば対応できるよう継続して行う。講習会、啓発活動を行っていく」としている。

プロ野球界は2018年2月に「スポーツ振興くじ」を企画したことがあるが、スポーツ議員連盟との交渉が折り合わず、結局、導入は見送られた。

日本のスポーツ振興くじは、2001年にスタートしたサッカーくじのtoto、2022年発売開始のサッカーとBリーグのバスケットボールを対象にしたWINNERがある。

スポーツ振興くじは、ファン層の拡大と若年層の取り込みには効果的な手段である。野球は依然として国民的スポーツとされ多くのファンを抱えるが、ファンの年齢層は高い。

スポーツ振興くじへの参加は若年層の開拓につながるし、totoやWINNERにとっても野球の参入はファン層の拡張をもたらす利点がある。

しかし、今回の違法賭博騒動でその実現はまた遠のいた。

意外かもしれないが、プロ野球には「野球くじ」の実績がすでにある。

■4年だけ行われた幻の「野球くじ」

1946年から1950年にかけて日本勧業銀行(現・みずほ銀行)が発売していた「甲種特別宝くじ」がそれである。プロ野球の試合結果を予想する形式のくじであった。

野球くじが始まった時点で、終戦からまだ1年が経っていなかった。社会全体が困窮する中、戦地からの引揚者援護資金を集めることが目的の野球くじは、単なる娯楽というよりは公共的意義を帯びた制度として位置づけられていた。

価格は1枚10円で1等は1000円。初回のくじは1946年6月29日、後楽園球場で売られた。

その後、甲種特別宝くじは「新野球くじ」と名称を変え、西宮球場でも発売された。このように、野球くじは国民的人気を誇るプロ野球を通じて、戦後復興の一助となる役割を担った。

くじの内容は非常にシンプルで、大衆向けに設計されていた。対象試合における勝利チームと、両軍の得点合計の下1ケタの数字を当てるというものであった。

例えば、A軍が4対3でB軍に勝ったとする。その場合、勝利はA軍、スコアの総計は7だから、「A7」が当たりとなる。

また、B軍が8対5でA軍を下せば、得点総計13の下1ケタの数字が3となるため、「B3」が当籤となる。

■払拭できない倫理的なジレンマ

当籤者には総売上の50%を分配したそうである。こうした特徴から、野球くじは「楽しみながら社会貢献ができる仕組み」として、当時の人々に受け入れられていたと推測される。

しかし、射幸心を煽ることや八百長行為を誘発する可能性が指摘され、野球くじはわずか4年で廃止された。

写真=iStock.com/Cunaplus_M.Faba
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Cunaplus_M.Faba

スポーツの本質が公正な競争であることを考えると、結果が経済的利益に直結するくじ制度は、スポーツの信頼性を損なう危険を孕んでいたことは確かである。

この倫理的ジレンマが、制度の存続を困難にさせたと考えられる。

国民的な人気スポーツである野球を対象にしたくじは、その後も60年代後半に1972年札幌冬季オリンピックの選手強化、運営費の名目で、スポーツ紙が独自に行ったこともあったが、単発的なものだった(菅谷齊「わずか4年で姿を消した『野球くじ』の歴史」日刊ゲンダイDIGITAL、2025年3月13日)。

戦後すぐの野球くじの事例は、現在のスポーツ振興政策を考える上でも極めて示唆に富む。

■プロ野球界のトラウマ「黒い霧事件」

スポーツを財源とするくじ制度は模索され続けているが、日本社会における新興のプロスポーツであるサッカーやバスケットボールはともかく、野球に関してはいまだに慎重な意見が多い。

この背景には過去の不正事件が大きく影響している。特に1969年の「黒い霧事件」や、2015年の読売巨人軍における野球賭博事件(3選手が無期失格処分)などの歴史的スキャンダルは、今なおプロ野球界に深い傷跡を残している。

野球賭博については、MLBのブラック・ソックス事件と同様、日本球界にもいまだにトラウマとなっている事例がある。

1969年に発覚した「黒い霧事件」である。

この事件では、西鉄(現・西武)の選手が野球賭博に関連した八百長に手を染めていたことが発覚、そこから他の選手も関与していたことが芋づる式に判明した。

発端はスポーツ紙による「不自然なミスが頻発している」という報道であった。

調査の結果、当時のエース・永易将之が暴力団関係者から金銭を受け取り、意図的に敗戦に関与した事実が明るみに出る。

■台湾ではチーム解散の事態に

彼は日本プロ野球史上初の「永久追放」処分を受け、その後の証言によって複数選手が連座し、合計19人が処分された。

「黒い霧」という言葉は、作家・松本清張によるノンフィクション作品『日本の黒い霧』(1960年)に由来する。

同書は、戦後日本における下山事件、松川事件などの未解決事件を検証し、その背後に国家権力の闇があることを告発した。

八百長に関わっていたのは野球だけではない。一部の選手がオートレース賭博に関与していたことも判明し、プロスポーツと違法賭博との深い繋がりが疑われるようになる。

事件の衝撃は大きく、長年築き上げてきたプロ野球のイメージは大きく損なわれ、ファン離れを招いた。

関係者の証言によれば、当時の選手の中には年俸の低さや球団の待遇の悪さから、犯罪組織の誘いに乗る者も少なくなかった。

台湾プロ野球でも、1996年に野球賭博事件が発覚した。

時報イーグルスでは、2人を除く台湾人選手全員が八百長に関与していたことがわかり、同チームは1998年に解散に追い込まれる。

■巨人3選手による野球賭博の衝撃

さらに、翌年には再び野球賭博事件が発覚し、三商タイガース、味全ドラゴンズも解散する。台湾プロ野球の信用は地に落ちた。こちらは「黒鷹事件」と言われている。

「黒い霧事件」からおよそ半世紀が経過した2015年、再びプロ野球界に衝撃が走った。

舞台となったのは、名門・読売ジャイアンツ。このチームに所属する3選手による野球賭博関与が明らかになり、NPBから3選手に対して厳しい処分が下された。

事件の発端は、2015年10月にスポーツ紙の報道により、巨人の福田聡志投手が知人を介して野球賭博に関与していたことが明るみに出たことである。

球団の内部調査を経て、さらに笠原将生、松本竜也の両投手も関与していたことが発覚した。

3選手はいずれも、プロ野球協約第180条に基づき「無期の失格処分」を受けることとなった。

この事件で特に注目を集めたのは、賭博の対象がプロ野球の勝敗だけでなく、高校野球やメジャーリーグにまで及んでいた点である。

■大きく損なわれた球界全体の信用

つまり、彼らの行為は単なる「賭け事」ではなく、組織的な違法行為であり、暴力団関係者との接点も一部で取り沙汰された。

写真=iStock.com/JuYochi

巨人という球界の盟主的存在でこのような不祥事が起こったことで、プロ野球全体の信用が大きく損なわれたことは否めない。

NPBの基本ルールとなる「野球協約」で最も厳しい処分を想定しているのが、八百長である。

不正行為について規定する第177条には、「試合に故意に敗れ、または敗れることを試み、あるいは勝つための最善の努力を怠るなど敗退行為をした場合、コミッショナーは該当者を永久失格処分とする」とある。

NPBによると、1951年6月から順次発効した野球協約はMLBのルールを模範としている。

野球協約では八百長を招きかねないとして野球賭博を禁じているが、その行為としては2つのケースを想定している。

1つは選手が直接関与する試合における賭け(第177条)、もう1つは直接関与しない試合への賭けである(第180条)。

■反社会的勢力とつながる危険性

処分は前者が「永久失格」で、後者が「1年または無期の失格」(当時)。この線引きの理由についてNPB法規室は、選手自身が直接出場する試合への賭けは八百長に直結するが、関与しない試合は八百長ができないからだと説明している。

プロ野球暴力団等排除対策協議会顧問の鈴木仁史弁護士は、「恩義を感じさせ、断りづらい状態に追い込むのが賭博常習者のやり方である。

賭博などの違法行為は反社会的勢力とつながるリスクが大きい。選手も球団も、もっと敏感になるべきだ」と指摘している。

社会性を身につける機会のないまま高校を卒業し、そのままプロ野球の世界に入ってくる選手も多い。先輩に誘われ、大した問題意識もなく賭博に参加してしまうケースもある。

NPBは第三者委員会を設置し、再発防止に向けた提言を公表した。

特に、選手教育の強化や外部との接触履歴の管理、さらに通報制度の導入が検討されるなど、危機対応としての組織的改革も迫られることとなった(「NPB調査委 野球賭博問題再発防止へ提案 12球団臨時実行委」スポーツニッポン、2015年11月10日)。

■国民的娯楽が抱える「闇」の深さ

一方で、この事件をめぐっては処分の重さをめぐる議論もあった。

相原正道『スポーツと賭博』(新潮新書)

「無期失格処分」は事実上の永久追放に近く、更生や社会復帰の道を閉ざしてしまうとの声もあった(現野球協約2025では、「永久失格」は処分後15年、「無期失格」は処分後5年で解除可能となっている)。

しかしながら、プロスポーツにおいて「賭博」が持つリスクは計り知れず、特に試合結果と利益が直結するスポーツベッティングの普及が進む現代においては、厳格な対応が求められるのは無理からぬところである。

この事件は、プロ野球という国民的娯楽が抱える「闇」の深さを再認識させる契機となった。

----------
相原 正道(あいはら・まさみち)
大阪経済大学人間科学部教授
1971年生まれ。筑波大学大学院スポーツ健康システム・マネジメント専攻修了。東京ヤクルトスワローズ F-PROJECTメンバー、東京オリンピック・パラリンピック招致委員会事業部門マネジャー等を経て現職。
----------

(大阪経済大学人間科学部教授 相原 正道)