謙虚な30代長男が…建築会社の社長になって「大暴走」の顛末

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建築会社の社長である父を尊敬していたはずの長男が、会社を継いだ途端に大暴走!? 本記事は、和田晢幸氏の著書『たった半年で次期社長を育てる方法』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

30代後半の「長男」に事業を譲ったワケ

F社は、土木関係の建築会社であり、創業者のS氏が一代で育て上げました。高度経済成長期に事業をどんどん拡大するも、バブル期にはしっかりと地元に根差して経営を行ったため、バブル崩壊後も業績は大きく下降することなく、いつしか地元では知らぬ人がいないほどの企業となりました。

60代となったS氏は、経営者としてもっとも脂に乗り切った時期にありましたが、「そろそろ一般企業で定年を迎えるような、いい年だから」と、事業を長男のT氏に譲ることにしました。

事業を長男に譲ることにした。(画像)PIXTA

T氏は30代後半であり、経営者としては若いですが、建築系の大学を卒業してすぐに父親の会社に就職し、現場仕事を経験してきたこともあり、S氏の側近の従業員からも可愛がられる存在でした。

S氏は地域の名士として名高く、経営者としてもカリスマ性があり、社内の信頼も絶大でした。本人も自らの持つ影響力をよく理解しており、事業承継後に会長職などには就かず、取締役も辞任して経営に影響を与えない一従業員として会社に残るという選択をしました。つまり、経営権をほぼすべてT氏にゆだねたことになります。

T氏は父を非常に尊敬しており、業務の継承なども互いに配慮しあいながら行われたため、かなりスムーズに進行していきました。他の取締役や従業員もT氏に対し好意的であり、継承後も何の問題もなく事業が続いていくと考えられていました。

父を尊敬していた長男であったが…?(画像)PIXTA

ところが、父の安定経営の路線を引き継ぐと思われたT氏は、新体制に移行するなり積極的な拡大路線を選択。新たな業務分野にも手を出し、経営の多角化を図ったのでした。

従業員として見守り、時にはアドバイスをしていこうと考えていたS氏は、慌てて息子をいさめ、やみくもともいえる事業拡大がどれほどリスクのあることかを説いて聞かせましたが、父を敬ってきたはずのT氏は、この助言に耳を貸しません。他の取締役や古株の従業員たちもはじめから拡大路線に懐疑的であり、たびたびT氏に拡大路線をやめるよう忠言を行いましたが、これもT氏に聞き入れられることはありませんでした。

社長となり豹変した長男が「大暴走」を始めた…

結果的に、多角化は失敗に終わり、本業の利益から赤字を補てんすることになりました。本業はまだ順調であったため、経営が傾く事態は逃れましたが、周囲を無視して突っ走った長男の経営方針に対する不信感が根深く残り、従業員の心が離れていってしまいました。

S氏も非常にショックを受けるとともに、T氏へ事業を譲った選択が間違いであったかもしれないと自分を責め、もしまたこのようなことが起きたらどうしようと、ストレスを抱えながら毎日を送っています。

<トラブルの原因は?>

長男であるT氏を、S氏は早くから後継者とみなして、自らの歩みと同じような経験をさせ、教育を施してきました。したがって、2人の職種タイプは合致しています。

T氏は父に対して非常に謙虚であり、S氏の望むような経営者になるはずであると誰もが思っていました。

ところが実際は、S氏の思いとは真逆といえる拡大路線を無理して推し進め、従業員ともうまくいかなくなってしまいます。なぜそんなことが起きたのか。原因はふたつあります。

ひとつは後継者の気負いです。偉大な父の痕を引き継ぐプレッシャーは相当なものであったと予想され、それがT氏の態度を豹変させた大きな要因であったといえます。また、こうしたケースでは、息子は父と比較されることを嫌う傾向があり、父がやらなかったことを実行して武勲を立て、尊敬を集めようともしがちです。

もうひとつは、S氏がT氏の経営者タイプを完全に読み誤っていたことです。経営者タイプが違えば、事業に対するアプローチも変わってきますから、いくら前経営者を尊敬していても、あらかじめ合意などがないかぎり、経営方針が変わる可能性があります。

そして、S氏はT氏が見守る「貢献型」の事業承継を望みながらも、経営権をすべて渡してしまったため、T氏の暴走を自ら止めることができなくなってしまったのです。

では、どうすればよかったのでしょうか?

社長になった途端に「人格が変わる」タイプの人間

親は我が子について、何でも知っていると錯覚してしまいがちですが、むしろ距離が近すぎるからこそ見えないことが多いと考えるべきです。たとえそれまでの関係性がうまくいっていても、T氏のように立場が変われば人格が変わることもあるので、事業承継の際にはそれを慎重に見極めなければなりません。経営者としてどのようなタイプであるか、第三者の意見なども参考に分析する必要があるといえます。

職種タイプは同じで経営者タイプが違う場合、引き継ぎ後の経営方針が大きく変わることもよく起きます。今回のケースのように、自らと経営者タイプの異なる後継者に対し、後見型の事業承継を望むとするなら、経営権をある程度自分で保持して経営に対する影響力を残しておき、もし後継者が道を誤っても、自らの力で導けるようにしておくのが正解といえます。

引き継ぎマニュアルにのっとれば、まずは経営者タイプを冷静に見極めること。そして、「いい年になったから引退」ではなく、事業承継の5W2H(「Who(誰が)」、「Whom(誰に)」、「What(何を)」、「When by(いつまでに)」、「Why(なぜ)」、「How(どのように)」、「How much(どの範囲まで)」)を明確にしたうえで、きちんと引退のスケジュールを立て、どのようなペースで事業や人脈を継承していくのかというプランを練っておけば、より慎重に事業承継ができたはずです。

事例が教える5つの格言

その1:人は、立場によって人格が変わることがあると知るべし

その2:息子だからこそよけいに冷静に経営者タイプを判断すべし

その3:後見型では、権限は一時期にすべてを預けぬこと

その4:引退の時期をしっかり定め、スケジュールを立てるべし

その5:後継者のタイプを読み誤らぬよう、第三者の意見も参考にすべし