「ソフトバンクの事業計画」大崩れか…トランプ政権で「AI内戦」勃発の余波
「ナイフファイト(刃物を使った格闘)」--米紙ワシントン・ポストが2026年5月11日、政権内部の関係者の発言として報じた言葉だ。舞台はホワイトハウス。争点はAI(人工知能)規制の権限を誰が握るかだ。商務省と情報機関、産業派と安保派、規制緩和の旗を振ってきたテック富豪と、復権を狙う諜報機構が、互いの縄張りをめぐって「まるでナイフを手にして争っているかのように」対立している。5月14〜15日のトランプ大統領訪中と、米中首脳会談を経たいまも、規制を全否定してきたはずの政権が、自ら規制論議の渦中で揺れ続けている。引き金は、米AI企業Anthropicが投入したフロンティアAIモデル(最先端の能力を持つ大規模AIモデル)「Mythos」である。
【前編を読む】ホワイトハウス内で「刃物を使った格闘」…トランプ政権内部で起きた「喧嘩」の引き金
なぜ今なのか--トランプ政権によるAI政策の軌跡
この政権内対立が表面化したタイミングは、決して偶然ではなかった。トランプ大統領は5月14〜15日、中国・北京を国事訪問し、習近平国家主席との首脳会談に臨んだ。米国大統領の中国訪問はトランプ氏自身の2017年訪問以来およそ9年ぶりとなる、文字通り歴史的なイベントだった。
現在の政権内対立を理解するには、トランプ政権がAI政策で歩んできた1年余りの軌跡を振り返る必要がある。
2025年1月の政権発足直後、トランプ大統領はバイデン前政権が2023年10月に発出した行政命令EO14110(フロンティアAI開発企業に対し、安全性テスト結果を連邦政府に報告することを義務付けた枠組み)をあっさり廃止した。同年6月にはバイデン政権下で設立された商務省傘下の「米AI安全研究所(AISI)」を、現行のCAISIへと看板掛け替え。「安全性(Safety)」という言葉そのものを、組織名から外す徹底ぶりだった。
そして2025年12月、Trump大統領はEO14365を発出。州レベルで進む独自のAI規制(カリフォルニア、テキサス、コロラドなど14州で27本)を「過剰規制」として連邦が無効化する方向を打ち出した。司法長官には「AI訴訟タスクフォース」の設置を命じ、州法を法廷で潰す体制を整える徹底ぶりだ。「規制緩和原理主義」の絶頂期だった。ところがそのわずか5か月後、同じ政権が今度は自ら「フロンティアAI規制」を真剣に検討し始めている。Mythosの登場が、規制緩和路線の足元を予期せず揺るがしたのだ。
構造的な二律背反を抱える、米国の「対中AI戦略」
米国の対中AI戦略は、構造的な二律背反を抱えている。規制を強化すれば、米企業のスピードが落ち、急速に台頭する中国勢に追いつかれる可能性が高まる。逆に規制を緩めれば、Mythos級のモデルが拡散し、皮肉にもサイバー戦能力で米国自身が不利な立場に追い込まれかねない。アクセルとブレーキを同時に踏まねばならないジレンマである。
しかも今回の米中首脳会談は、もう一つの危機とも重なっていた。2026年に勃発したイラン戦争は、ホルムズ海峡の二重封鎖を引き起こし、原油価格は急騰。世界経済は減速圧力にさらされ、エネルギー安全保障の観点から中国の動向に各国が神経を尖らせていた。中国側はこの機会を、「予測不可能な米国」に対する代替軸として自国を売り込む格好の舞台と見なしている。そんな状況下で米国がAI政策の内紛を露呈すれば、習近平には「米国は混乱している」というメッセージとして読まれかねない--そうした懸念が、サミット直前のワシントンに渦巻いていた。
政権内部の温度感の変化を象徴するのが、国家経済会議(NEC)委員長のケビン・ハセット氏の発言だ。同氏は5月初め、米Fox Businessのインタビューで、「将来のAIが脆弱性を生む可能性を踏まえれば、医薬品をFDA(食品医薬品局)が審査するように、AIも公開前に安全性が証明されるプロセスを経るべきかもしれない」と述べ、大統領令の発出も「研究中」だと明かした。「規制反対」を掲げてきた経済政策の中核から、こうした発言が出てくること自体が、政権内の地殻変動を物語っている。
ホワイトハウス当局者はこの「大統領令」をめぐる報道について、「憶測にすぎない。大統領は自ら語る」と火消しを図ったが、業界はその真偽を読みかねている。Foundation for American Innovationの上席研究員で、元トランプAIアドバイザーのディーン・ボール氏は、メディアの取材に対し「技術は猛烈な速度で動いているが、形式的な手続きは整っていない。一方で過剰規制も避けたい。難しいバランスだ」と政権内部の苦悩を代弁している。
米中首脳会談直前という時間軸の中で、各派閥はそれぞれに有利な政策を「トランプ裁定」の前に押し通そうと動いた。商務省側はCAISI体制の維持と拡充を、情報機関側は新権限の獲得を狙った。だがサミットを経たいまも、トランプ自身が習近平との交渉カードとしてAI政策をどう使ったのか、政権としての最終的な路線はなお見えていない。「ナイフファイト」はサミットを跨いでも、決着していないのである。
日本企業はどう巻き込まれ得るか
ここまで紹介してきたワシントンの権力闘争は、太平洋を挟んだ日本企業にとっても他人事ではない。米国は事実上、世界AIガバナンスの標準設定者であり、米国が任意路線から義務路線に転じれば、ドミノ式に各国が追随する可能性が高い。
日本企業への影響は、少なくとも3つの層で現れる。
第1に、米国市場で事業を展開する日本企業のAI利用コンプライアンス負担である。ジェトロが2026年1月に公表したレポートは、米国における州法のパッチワーク化--カリフォルニア、テキサス、コロラドなど14州で27本のAI関連法が成立するという状況--が、日本企業のコンプライアンスコストを押し上げると警告していた。ここに連邦レベルでの「義務的評価」が加われば、負担は単純加算ではなく、相乗的に増大する。
第2に、日本の大企業が整備中のAIガバナンス枠組みへの波及だ。グローバルで事業を展開する日本の大手企業は、自主的なAIガバナンス枠組みの構築を急ピッチで進めている。その際に参照されてきたのが、米国型の「任意ガイドライン+業界協調」モデルである。米国側のフレームが義務化方向に動けば、日本の金融機関も「ソフトロー継続でいいのか」という根本的な問いに直面する。2025年9月に全面施行された日本のAI推進法は、罰則を持たない推進型の枠組みだが、米国の路線転換は日本の枠組みにも再設計圧力をかけることになる。
第3に、サイバー脅威評価への影響である。Mythos級のモデルがオープンに利用可能となった場合、AI支援型のサイバー攻撃に質的進化が起きる蓋然性は高い。日本の重要インフラ事業者、特に金融、電力、通信のセクターは、米国の規制動向を待たずに独自の備えを進める必要に迫られている。ソフトバンクなどAI関連投資を加速させている企業群も、自社の利用するAIモデルが米国でどう規制されるかによって、事業計画の前提が変わってくる。
ナイフファイトの行方--日本が“傍観者”でいられる時間は短い
トランプ大統領自身が最終的にどちらに転ぶかは、現時点でも未確定である。彼の本能は規制嫌いに傾いているが、Mythosが突きつけたサイバー脅威を前にした安保派の声を無視しきれる状況でもない。サミットを経たいまも政権内の議論は続いており、複数の報道を総合すれば、数週間から数か月以内に、何らかの形での大統領令か、それに準じる政策決定が下る可能性が高い。
日本企業や規制当局にとって、「米国の規制路線が固まってから動く」では、すでに遅い時期に入りつつある。商務省路線が勝てば任意ベースの業界協調が続くが、情報機関路線が通れば、米国産AIモデルの利用環境は不可逆的に変わる。どちらに転んでも、メガバンク、重要インフラ事業者、米国展開企業は、自社のAIガバナンスを点検する必要がある。
ワシントンで繰り広げられる「ナイフファイト」の刃先は、最終的に東京の経営会議室にも届く。シリコンバレーの寵児が放った1つのフロンティアモデルが、MAGA派の足元を揺るがし、世界のAIガバナンスを書き換えようとしている。傍観者でいられる時間は、もう長くない。
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