46年前、自分自身の医学生時代の体験をもとにした映画『ヒポクラテスたち』(1980年)をつくった大森一樹監督。生前最後の企画として、『ヒポクラテスたち』の原点を描く物語『幕末ヒポクラテスたち』を構想していた。その遺志を受け継ぎ、完成へと導いたのが、かつて大森氏の助監督を務めた緒方明監督だ。日本の医療が大きく変わろうとしていた“夜明け前”の時代に、目の前の命を救うことに奔走し続けた蘭方医・大倉太吉を演じた佐々木蔵之介さんにインタビュー。受け継がれていく想いや、俳優として歩み続けることについて語った。

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撮影:志水隆

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大森一樹監督の遺志を受け継いで

──本作は、映画ファンから慕われた大森一樹監督の生前最後の企画です。主演のオファーを受けて、どのようなお気持ちでしたか。

佐々木 僕は残念ながら、生前の大森さんにお会いするチャンスはなかったんです。でも、大森さんをよく知るみなさんとご一緒できる機会をいただけたことに、ご縁を感じました。本作は京都府立医科大学創立150周年記念の一環として企画された作品です。京都出身の僕にオファーをいただき、劇中では京都弁まで話せて、ありがたいご縁だな、と思いました。

──緒方監督は「(この映画をつくるのは)運命だ」と語っていました。本作に流れる“受け継ぐ”という感覚は、現場でも強く感じられましたか。

佐々木 まさに、大森さんの遺志を緒方監督が受け継いで、それをみんなで形にしていく現場でした。その流れの中に自分もいる、という感覚は強くありました。

世の中を変える“楽しい変人”

──佐々木さんが演じた大倉太吉は、腕の良い蘭方医ですが、どこか変わり者でもあります。

佐々木 太吉には子どものように好奇心旺盛な一面もあります。犬の解剖や難しい手術などにも、がむしゃらにチャレンジしてしまう。そんな人間くさいところを出せるように意識しました。

 緒方監督からは「太吉は “楽しい変人”にしたい」というリクエストがあったんです。「世の中を変える人間というのは、おそらく“楽しい変人”だから」と(笑)。

──そうした“変人ぶり”が、太吉の魅力につながっていますね。

佐々木 太吉は命を大切に考えていますが、生と死に対してどこかおおらかです。診療所の隣家には棺桶をつくる職人がいて、トンカン聞こえてくると「誰が死んだんだ? ありゃ寿命や」と達観している部分もあります。変人ではあってもどこか愉快で、そのエネルギーが人を救うことにもつながっているのだと思います。

──太吉は当時最先端の蘭方医療を行う医者ですが、当時主流だった漢方医療を“時代遅れ”とは見なしていません。

佐々木 そうですね。太吉も元は漢方医でしたし、漢方医療を否定しているわけではありません。映画には、「蘭方と漢方のそれぞれのいいところをやればいい」と言うセリフがありますが、太吉にとって一番大切なのは患者の命。蘭方を学んだのはおそらく、そのほうがより多くの患者の命を救えるのでは、と思ったからだと思います。

撮影中一番面白かった手術シーン

──その太吉の信念が最も強く表れているのが、バクチ好きの青年・新左の腎臓摘出手術シーンだと感じました。「目の前の命をなんとか救いたい」という太吉の凄まじい迫力を感じました。

佐々木 あれは、実は撮影中一番面白かったですね(笑)。撮影の日は非常に寒い日で、当然、スタジオも寒い。新左を演じた藤原(季節)さんは、この撮影の前に、数時間かけて入れ墨のメイクもしていたので、撮影が始まる前から「寒い、寒い」と言っていました。

 ところが、手術シーンの撮影がはじまると、手術台に見立てた酒屋のテーブルのまわりに立てたロウソクのロウが、裸で寝ている藤原さんの体の上に垂れてしまう。そうすると「熱いっ」となる。「寒い」「熱い」の繰り返しで、何度もテイクを重ねました。藤原さんは大変だったと思いますが、実に楽しいシーンでした(笑)。

──藤原さんと共演されるのははじめてですが、どんな印象でした?

佐々木 藤原さんは好青年すぎるくらいの好青年です。新左は、バクチ好きの放蕩息子という設定だったので、最初は体中に入れ墨を入れたガラの悪い青年として登場するのですが、後半は長崎に修業に行き、見違えるほど立派になって戻ってきます。そちらのほうが本来の藤原さんらしいなと思いました。豹変ぶりがすごいので、ぜひご覧いただきたいです。

内藤剛志さんがずっとしゃべり続けていて……

──ライバルとも言える漢方医・荒川玄斎を演じる内藤剛志さんと互いに嫌味を言い合うシーンは、アドリブですか?

佐々木 アドリブに見えるかもしれませんが、あれは脚本通りです。内藤さんは普段からたくさんお話ししてくださる方で、カメラが回る瞬間までずっとしゃべり続けているので、本番ではアドリブを入れる必要がないんです(笑)。

──終盤、太吉と玄斎が時の流れの残酷さを受け入れながら語り合うシーンは、観ていて胸が痛くなりました。

佐々木 年齢を重ねた太吉が、時代に取り残されているのを実感するシーンですね。これは現実の世界でもよく感じることです。自分では前を走っているつもりでも、あっという間に抜かされていた、というのはよくありますよね。

 僕が演じた太吉も、最初はその感覚を認めたくない部分がありますが、それは決して悪いことではなく、背中を押す側になるんだ、と受け入れる。そんな意識で演じました。

──劇中で太吉が若い新左に「人生は短し、術の道は長し」と説くシーンは、佐々木さんがベテランとして、若手俳優である藤原さんに語りかけているようにも見えました。術の道と同じく「俳優の道」も長いと思われますか。

佐々木 あとどれくらい、などと考えたことはありませんが、自分ではそれなりにはやってきたと思います。もうええかな、と思うこともありますが(笑)、僕より年齢も芸歴も上の先輩方がまだまだ軽やかに活躍されていらっしゃる。芸の道を極めるのはもちろん大変だと思いますが、いつまでも元気に芝居をされている先輩がたくさんいすぎて、「もう疲れた」と言いづらいのが目下の悩みです(笑)。

熱い想いが渦巻く群像劇

──最近は現代劇と時代劇のハイブリッドのような作品が増えているように感じます。本作も音楽や演出が現代的で、どの世代にも届く作品だと感じました。

佐々木 正統派の時代劇はもちろん大好きですが、気楽に楽しめる「超時代劇」のような作品も、僕としてはありだと思っています。

 人の命は大切だとか、平和が大事だとかいうことは、そのままストレートに伝えると重く感じますが、時代劇という設定だと大胆なストーリー展開をつくれたり、むしろ自然にメッセージを受け取ったりしてもらえる。そんな強みがあるように感じます。

──あらためて本作の見どころを教えてください。

佐々木 この映画は熱い想いをもった人々の群像劇です。大森さんが好きだった京都で、生前の大森さんと親交の深かった方たちも交えて、みんなで団結してつくった想いが渦巻いています。

 劇場の大きなスクリーンで、たくさんの熱いエネルギーを受け取ってもらえたらうれしいです。

『幕末ヒポクラテスたち』5月8日(金)より全国公開
監督:緒方明/脚本:西岡琢也/出演:佐々木蔵之介、藤原季節、藤野涼子、室井滋(ナレーション)、真木よう子、柄本明、内藤剛志/2025/日本/103分/配給:ギャガ/配給協力:大手広告/©「幕末ヒポクラテスたち」製作委員会

佐々木蔵之介(ささき・くらのすけ):1968年、京都府出身。大学在学中から劇団「惑星ピスタチオ」の立ち上げに参加。退団後、NHK連続テレビ小説「オードリー」(00年)で注目される。2025 年ひとり芝居「ヨナ-Jonah」(日本・ルーマニア共同制作)でルーマニアのシビウ国際演劇祭に参加、東欧4カ国6都市・日本各地で公演。近年の出演映画に『盤上の向日葵』『劇場版 緊急取調室 THE FINAL』(ともに25年)など。公開待機作に『名無し』(5月22日公開予定)がある。

(相澤 洋美/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)