「金運」上昇でやってよいこと、ダメなこと 平安貴族もやっていた運気取り

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なんとなく金運や縁起、運気といったことを気にしたことはあるのではないだろうか。
金運に関する情報を発信している金運情報館(本社・神奈川県川崎市 3Cソリューション)が4月に全国男女100人対象に行った「金運ゲン担ぎ実態調査」2026年3月調査)によると、日常生活で金運や縁起を意識した行動を「よくする」「たまにする」と答えた人は合わせて約45%だったという。
調査対象が少ないものの、半数近くの人が金運を何らかのかたちで意識しているようだ。
むしろ面白いのは、その温度感の違いで「常に意識している」という人はごく少数、大多数は"ときどき気にする"程度のライトな関わり方で、ガチガチに信じているわけではないということ、この「ゆるい信心」のようなスタンスこそ、実は日本人と金運の関係をもっともよく表しているのかもしれない。

平安貴族の朝は「今日の運勢チェック」から始まった

日本人と運気や占いとのかかわりが、もっとも深かったのは、1000年以上前の平安時代のこと。現代日本人が運気や占いを「なんとなく気にする」という感覚は、実は1000年以上前から始まったのではないだろうか。

この当時の様子は、藤原道長の祖父にあたる右大臣・藤原師輔が10世紀半ばに記した家訓書『九条殿遺誡(くじょうどのいかい)』に詳しい。そこには貴族が毎朝やるべきルーティンが事細かに書かれている。
まず、朝起きたら属星(自分の守護星)の名号を七回唱え、鏡で顔を確認し、そして「具注暦」でその日の吉凶を確認する。これが1000年前の上流階級の朝の必須ルーティンだった。今でいえば、スマホで「今日の運勢」や天気をチェックするようなものかもしれない。

それだけではない。平安貴族には「方違え(かたたがえ)」という習慣があった。これはその日に行く目的地の方角が陰陽師の占いで「凶」と出たら、わざわざ別の方角に一泊してから向かう。
これは現代人が引っ越しや旅行で方位を気にする「こっちは方角が悪い」というのと、あまりかわりはなさそうだ。
さらに当時の貴族は「物忌み(ものいみ)」では、占いで凶日と判定されれば重要な公務があっても外出を控えた。あの藤原道長ですら、物忌みを理由に内裏への参内を中止したことが、自筆の日記『御堂関白記』に記されている。

お正月は初詣、春秋はお彼岸、夏はお盆。神社やお寺にことあるごとに足を運び、一粒万倍日や天赦日といった暦の吉日に合わせて大事な決断をしたり、宝くじを買ったりする。現代のSNS上では「一粒万倍日」がたびたびトレンド入りし、矢野経済研究所の調査(2024年12月発表)によれば、占いサービス市場は約997億円、スピリチュアル関連ビジネスを含めると4兆円を超える巨大市場に成長しているという。
「方違え」はGoogleマップの方位アプリに、「具注暦」はスマホの暦アプリに置き換わっただけで、日本人の行動原理は平安時代からほとんど変わっていない。

調査で浮かんだ「やってはいけない金運行動」

さて、1000年続く運気へのこだわりは、現代人の金運アクションにどのように作用しているのだろうか。
前述の調査では、「一粒万倍日など吉日を意識する」(28%)、「金運神社やパワースポット参拝」(24%)、「財布の色や購入時期にこだわる」(19%)がトップ3に挙がった。

世界の金運情報館「日本人の“金運ゲン担ぎ”実態調査」より https://kinun-jyohokan.com/ 


このあたりまでは何となく意識している人も多いのではないだろうか。しかし、この調査では「やってみて逆効果だった」という失敗談も紹介されている。

「いろんな神社を巡り、御守りを購入し過ぎて、散財していることに気がついた」
金運を求めて神社を巡るうちに、交通費と御守り代で財布が薄くなっていた。金運を追いかけた結果、お金が逃げていくという皮肉な結果になってしまった例だ。それでもその後に何倍にもなって返ってくる信じるもありだろう。

「黄色の財布で運気上昇と購入したのに効果はなかった」というのも。黄色い財布は風水の定番だが、効果を感じられなかったという声は意外に多い。財布自体が高額なものも多い。これも「金運のための出費」という点では同じものだろう。
「開運くじを結構買ったがあまり良い結果が出ず、買わずに何かに使えば良かった」というものもある。
一粒万倍日に宝くじを買う行為は手軽な金運アクションの代表格だが、その日に買うために並び当たらなければ、純粋に時間の浪費と支出が増えただけとも言える。
そして、最もリアルだったのが、「お金は使わないと自分に巡ってこないと思い、使えるときに使うようにしているが、大きく還元された記憶は全くない」というものだ。「お金は循環させるもの」という開運セオリーを信じて実践した結果、ただ出ていっただけ。

これらの失敗談を並べると、明確な共通パターンが浮かび上がる。逆効果に終わった金運行動の大半は、「金運を上げるためにお金を使っている」ということだ。
御守りの大量購入、高額な開運財布、開運くじの連続購入。いずれも「出費」が先に立ち、御利益を求める気持ちが強いほど投資額が膨らむようだ。
運気向上、占いといったスピリチュアル関連を合わせた市場が4兆円を超える規模にまで成長しているということは、裏を返せば「運を上げたい」という人々の願いが巨大な消費市場を生み出しているということだ。

「効いた」と感じている人は、実はお金を使っていない

一方で、金運行動に「効果があった」と感じている人の声も見てみよう。

「財布にお札を入れるとき、肖像画の人物と目が合うように入れ、向きも揃えている」という。注目すべきは、金運向上を実感している人は宝くじの当選ではなく「無駄遣いが減った」という点だ。お札の向きを丁寧に整える行為が、お金と向き合う意識を変え、支出の抑制につながっているかもしれない。

金運アップを願って神社やお寺にお参りに行く人は多い

「玄関の水拭きをしたら懸賞が当たった」。因果関係の証明はできないが、掃除という行為自体が生活を整えるプラスの習慣であることは間違いない。
「神社にお参りして、資格試験に合格した」というのもあるだろうが、参拝したから合格をもたらしたわけではないだろうが、「お参りした」という行動が心理的な区切りとなったといえるのではないだろうか。

つまり、効果を実感している人の多くは「お金を使って運を買う」のではなく、「日常の小さな習慣を整えた結果、お金の流れが良くなった」と感じている。この差は決定的に大きい。
調査でも、お金に対する日頃の接し方として「お札の向きを揃えて財布に入れる」(66.7%)、「レシートを溜め込まない」(42.6%)が上位に挙がっている。いずれも一円もかからない。

金運は「買うもの」ではなく「整えるもの」

調査の自由回答の中に、これが核心ではというものがあった。
「無理をして金運行動をすると、嫌な気持ちになって生活自体が暗くなるので、楽しい気持ちで金運アップの行動を行うべき」

平安貴族が毎朝の暦チェックを「当然のルーティン」として淡々と行っていたように、金運行動は日常の中に自然に溶け込んでこそ意味がある。必死にお金をかけて御利益を買おうとした途端に、財布は軽くなり気持ちは重くなる。逆に、お札の向きを揃える、財布の中を整理する、たまに神社に立ち寄って手を合わせる――そうした「お金のかからない習慣」を楽しめている人ほど、効果を感じているのかもしれない。

科学的に金運が証明できるかはさておき、「前向きな習慣が気分を上向きにし、結果的に行動の質が上がる」という心理的効果が一番重要だろう。1000年前の貴族も現代のビジネスパーソンも、「整える」ことで安心を得ているという意味では、同じことをしている。

金運は追いかけるものではなく、日々の暮らしの中で整えるもの。そう考えれば、わざわざ高い財布を買ったり、御守りを何個も集めたりする必要はない。
お札の向きを揃えて、レシートを片づけて、たまに近所の神社や寺院で手を合わせる。1000年前から続く、それが日本人の金運との一番賢い付き合い方なのかもしれない。