誰かに何かを伝えるとき、私たちは皆、勇気を振り絞っている/栞をはさむように休めばいい
誰かに何かを相談するとき、遠慮してしまって自分の気持ちをうまく表現しきれない……そんな経験はありませんか? 「こんなこと聞いてもいいのかな」とためらい、ついにタイミングを逃してしまった、という人も少なくないでしょう。
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今回は、エッセイ『栞(しおり)をはさむように休めばいい』(詩旅 紡(うたたび つむぎ))から、人に話しかけるのに躊躇する気持ちを肯定し、ポジティブにとらえ直せるエピソードをご紹介します。
著者が働いていた福祉事業所での一幕。目の前でたどたどしく言葉を紡ぐ従業員の中に、振り絞られた勇気を見出すと同時に、同じように迷いながらも懸命に生きてきた自分自身へのやさしさが、静かに芽生えます。
※本作品は、『栞をはさむように休めばいい』(詩旅 紡)から一部抜粋・編集しました。

『栞をはさむように休めばいい』
■目の前の相手は、勇気を振り絞っている
人に話しかけるのが、苦手だった。
特に、質問をするとき。「こんなこと聞いても大丈夫かな」「前に聞いたのにまた聞くなんて」「忙しそうだから後にしよう」--そんなふうに考えて、いつも私はタイミングを逃していた。
私は数年前、就労継続支援A型事業所という福祉事業所に勤めていた。私の役割は、そこで働いている支援が必要な方々をサポートすることだった。困りごとがないか声をかけたり、作業の相談に乗ったり、ときには何気ない雑談をしたり。
ただ、人に話しかけるのが苦手な私には、誰かに声をかけることさえ、いつも少しだけ勇気が必要だった。
だから私は、サポート役でありながら、相手が何か言いたそうにしているときでも、自分から積極的に声をかけるのではなく、待つことが多かった。そして、声をかけられたときに応える--そんなふうに働いていた。
そんな日々が続いていた頃、いつも黙々と作業をしている従業員さんが、私の隣を通り過ぎるときに足を止めた。
「あの……」
少し視線を下に向けて、言葉を探すように黙っている。それから申し訳なさそうに、語尾を小さくしながら質問をしてくれた。私が答えると、その方はほっとした表情で「ありがとうございます」と小さく言った。
この方は、この質問をするまでに、どれくらい迷っていたのだろう。もしかしたら午前中ずっと、声をかけるタイミングを探していたのかもしれない。些細なことを聞くのに、たくさんの力を使う--私も、誰かに話しかけるとき、いつもそうだった。だから、その気持ちがわかる気がした。
それからの私は、人と話をするとき、いつもこう想像するようになった。
「この人は今、勇気を振り絞っているかもしれない」
どんなに些細な質問でも、どんなに簡単そうに見える相談でも。その人は、声をかけるまでに、心の奥で何度も立ち止まっていたかもしれない。タイミングを探していたかもしれない。そう思うと、目の前の人の言葉が、これまでとは違って聞こえてきた。
それだけではない。相手が勇気を振り絞っているかもしれないと想像するとき、私は同時に、自分自身のことも思い出していたのだ。
私も質問をするとき、いつも勇気を振り絞っていた。わからないことがあるとき、何度も頭の中で言葉を整理して、タイミングを計って、やっと声を出していた。それは弱さではなく、懸命に生きていた証だった。
なのに私は、そんな自分をずっと責めてばかりいた。「どうしてすぐに聞けないんだろう」「こんなことで悩むなんて情けない」--そんなふうに。
でも、相手の中にある勇気を想像できるようになると、自分の中にある勇気にも気づけるようになった。
相手が何かを伝えようとするとき、その背景にどれだけの葛藤があったかを想像する。すると、自分自身が何かを伝えようとするときの葛藤も、同じように大切なものだと思えてくる。
考えてみれば、私たちは誰でも、日常の中で勇気を振り絞っている。
友達に「ちょっと相談があるんだけど」とメッセージを送るとき。
上司に「ここがわかりません」と質問するとき。
家族に「実は悩んでいることがあって」と切り出すとき。
どの言葉にも、きっと勇気が詰まっている。その勇気はすべて、尊いものだと思う。
今までの私は、悩む自分を責めてばかりいたけれど、「勇気を出して自分と向き合っているんだ」と受け止められるようになっていった。誰かが話しかけてきたとき、その言葉の重さを想像できるようになると、自分が話しかけるときの言葉の重さも、大切にできるようになる。
私がいた事業所では、誰もが毎日、小さな勇気をそっと胸に抱きながら働いていた。その姿を見て、私は学んだ。人が何かを伝えようとするとき、その言葉の重さを想像すること。それが、人とやさしく関わる始まりであり、そして、自分自身ともやさしく関わるきっかけになるだろう。
今日も、誰かがどこかで勇気を振り絞っている。
誰かがそれを、静かに受け止めている。
そして私も、自分の中にある小さな勇気を、少しずつ認められるようになっている。
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今回は、エッセイ『栞(しおり)をはさむように休めばいい』(詩旅 紡(うたたび つむぎ))から、人に話しかけるのに躊躇する気持ちを肯定し、ポジティブにとらえ直せるエピソードをご紹介します。
※本作品は、『栞をはさむように休めばいい』(詩旅 紡)から一部抜粋・編集しました。

■目の前の相手は、勇気を振り絞っている
人に話しかけるのが、苦手だった。
特に、質問をするとき。「こんなこと聞いても大丈夫かな」「前に聞いたのにまた聞くなんて」「忙しそうだから後にしよう」--そんなふうに考えて、いつも私はタイミングを逃していた。
私は数年前、就労継続支援A型事業所という福祉事業所に勤めていた。私の役割は、そこで働いている支援が必要な方々をサポートすることだった。困りごとがないか声をかけたり、作業の相談に乗ったり、ときには何気ない雑談をしたり。
ただ、人に話しかけるのが苦手な私には、誰かに声をかけることさえ、いつも少しだけ勇気が必要だった。
だから私は、サポート役でありながら、相手が何か言いたそうにしているときでも、自分から積極的に声をかけるのではなく、待つことが多かった。そして、声をかけられたときに応える--そんなふうに働いていた。
そんな日々が続いていた頃、いつも黙々と作業をしている従業員さんが、私の隣を通り過ぎるときに足を止めた。
「あの……」
少し視線を下に向けて、言葉を探すように黙っている。それから申し訳なさそうに、語尾を小さくしながら質問をしてくれた。私が答えると、その方はほっとした表情で「ありがとうございます」と小さく言った。
この方は、この質問をするまでに、どれくらい迷っていたのだろう。もしかしたら午前中ずっと、声をかけるタイミングを探していたのかもしれない。些細なことを聞くのに、たくさんの力を使う--私も、誰かに話しかけるとき、いつもそうだった。だから、その気持ちがわかる気がした。
それからの私は、人と話をするとき、いつもこう想像するようになった。
「この人は今、勇気を振り絞っているかもしれない」
どんなに些細な質問でも、どんなに簡単そうに見える相談でも。その人は、声をかけるまでに、心の奥で何度も立ち止まっていたかもしれない。タイミングを探していたかもしれない。そう思うと、目の前の人の言葉が、これまでとは違って聞こえてきた。
それだけではない。相手が勇気を振り絞っているかもしれないと想像するとき、私は同時に、自分自身のことも思い出していたのだ。
私も質問をするとき、いつも勇気を振り絞っていた。わからないことがあるとき、何度も頭の中で言葉を整理して、タイミングを計って、やっと声を出していた。それは弱さではなく、懸命に生きていた証だった。
なのに私は、そんな自分をずっと責めてばかりいた。「どうしてすぐに聞けないんだろう」「こんなことで悩むなんて情けない」--そんなふうに。
でも、相手の中にある勇気を想像できるようになると、自分の中にある勇気にも気づけるようになった。
相手が何かを伝えようとするとき、その背景にどれだけの葛藤があったかを想像する。すると、自分自身が何かを伝えようとするときの葛藤も、同じように大切なものだと思えてくる。
考えてみれば、私たちは誰でも、日常の中で勇気を振り絞っている。
友達に「ちょっと相談があるんだけど」とメッセージを送るとき。
上司に「ここがわかりません」と質問するとき。
家族に「実は悩んでいることがあって」と切り出すとき。
どの言葉にも、きっと勇気が詰まっている。その勇気はすべて、尊いものだと思う。
今までの私は、悩む自分を責めてばかりいたけれど、「勇気を出して自分と向き合っているんだ」と受け止められるようになっていった。誰かが話しかけてきたとき、その言葉の重さを想像できるようになると、自分が話しかけるときの言葉の重さも、大切にできるようになる。
私がいた事業所では、誰もが毎日、小さな勇気をそっと胸に抱きながら働いていた。その姿を見て、私は学んだ。人が何かを伝えようとするとき、その言葉の重さを想像すること。それが、人とやさしく関わる始まりであり、そして、自分自身ともやさしく関わるきっかけになるだろう。
今日も、誰かがどこかで勇気を振り絞っている。
誰かがそれを、静かに受け止めている。
そして私も、自分の中にある小さな勇気を、少しずつ認められるようになっている。
