「猫なんか好きになるんじゃなかった」印税全てを保護活動に充てる漫画家が保護活動を辞めない理由

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「猫なんか好きになるんじゃなかった」

生活の傍らで保健所から犬猫を預かり、里親を探す「一時預かりボランティア」をしながら、その経験をインスタグラムに投稿し、12万9000人のフォロワーを持つ漫画家のtamtamさん。

投稿が話題になったことがきっかけとなり、2022年に『たまさんちのホゴイヌ』、2023年に『たまさんちのホゴネコ』、2025年に『たまさんちのホゴイヌ2』、そして今年1月に最新刊の『たまさんちのホゴネコ2』(すべて世界文化社)を出版した。

本書の「はじめに」で、tamtamさんは「猫なんか好きになるんじゃなかった」と書いている。

猫との出会いがなければ知らずに済んだこと。人間の社会問題や環境問題に晒され、犠牲になった動物の命を守りたくても、ひとりの力では解決できない山積みの問題があること。そんなことを思い知らされるのだと。

そう書きながらも、tamtamさんは、「預かりボランティア」として保健所から犬や猫を引き出して、自宅で面倒を見ながら里親を探し続けている。行政都合での「適正譲渡」の基準から殺処分の可能性があると聞けば、すぐには譲渡できない子を預かり、弱点を克服し、譲渡に結びつけるところまでトレーニングする役目を担うこともある。

tamtamさんを含む多くのボランティアさんたちは、こうした奉仕を無償で行い、しかもエサ代や時には治療費なども肩代わりしている。tamtamさんはこれまで出版した漫画の印税をすべてこうした費用にあててきた。

本書より、「CHAPTER3 いのり 目に見えないお守り」の「顔を半分失った猫」のエピソードを綴る短期連載の6回目、最終話を紹介する。

「いのりはきっと幸せになれる」

長崎県佐世保市の住宅街で発見され、愛護センターに保護された猫は、顔の半分が壊死するという重篤な状態だった。応急処置で命はつないだものの、行政施設である以上、収容数や予算、「適正譲渡」という現実的な壁があり、助かっても未来が約束されるわけではなかった。

それでも猫は旺盛な食欲を見せ、気に入らない治療の時は抵抗し、強い意志を見せた。その強く生きようとする姿に心を動かされた職員は、その猫のように「すべての苦しむ猫が救われてほしい」という願いを込めて、猫に「いのり」と名付けた。

人を怖がっていたいのりは、職員たちの愛情を受けて少しずつ心を開き、鳴いて甘えるまでに変化する。体の傷も保護当初からは見違えるほど回復し、職員は譲渡への意欲も見せるが、猫エイズ陽性や腎疾患も判明した。それでもセンターは、すべてを理解したうえで迎えてくれる家族がいれば譲渡と決めた。

職員に抱かれ、安心した表情を見せるいのりの姿に、tamtamさんは、この子はきっと幸せになれると確信するのだった。

愛玩動物の犬や猫には自分だけの家族が必要

愛護センターの職員に大切にされ、いのりもまた心を開き始めてはいたいのりを、なぜ譲渡に出さないとならないか。

それは、愛護センターの役割は、飼い主不明の犬や猫、また負傷動物、そしてやむを得ない事情で飼うことができなくなった飼い犬・飼い猫の引取りと一時保護の場だからだ。

今から50年前の1976年、保健所に収容された猫86,060頭、犬503,281頭で、そのうち一般に譲渡されたのは猫31頭、犬1,717頭で、残りのほとんどは殺処分されていた。だがその後、愛護センターの整備や社会の意識変化、保護団体やボランティアの尽力により状況は大きく改善。令和5年度の犬猫の殺処分は計9,017頭まで減少している。

行政もまた、不妊去勢の徹底や新しい飼い主探しの支援、しつけ教室の案内などを通じ、愛護センターは「命をつなぐ場」へと役割を変えつつある。かつて“犬狩り”と呼ばれた場所は、いま確実に変わり始めているのだ。

それでもまだ、問題は残る。職員が保護する動物に愛情を注いだとしても、施設のキャパシティには限度があり、収容される数に対し、世話する職員の数は足りていない。

本来なら犬には十分な散歩と飼い主とのコミュニケーションが必要だし、縄張りを大切にする猫にとって、多くの猫が出入りする狭い中での飼育はストレスもあるだろう。

何より愛玩動物である犬や猫は、自分だけの家族が必要だ。だから、預かりボランティアは里親を探すのだ。

いのりを救出し、人を信じる心を育ててくれた長崎県の佐世保市愛護センターについて、漫画でお伝えする。

人を信じることを知ったいのりは幸せを掴んだ

CHAPTER3はこの回で終わりだ。だが、本編の最後で衝撃的な事実が知らされる。本文をそのまま引用する。

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このお話を書き終えた数日後、いのりの容体は急変し、12月14日、愛護センターの職員さんたちに見守られながら、静かに虹の橋を渡りました。それでも、今回このお話を掲載するにあたり、内容を変更するという選択肢はありませんでした。職員さんたちが、どんな思いで動物たちと向き合っているのか。そのリアルを、そのまま届けたいと思ったからです。

限りある命を前に、「家族まで繋げたい」という願いが届かないこともある――それもまた、動物保護の現実です。けれど、どうか、いのりの物語を悲しい結末だと思わないでください。センターに来ることがなければ、いのりは名前を呼ばれることもなく、誰にも看取られずに命を終えていたかもしれません。

いのりの生涯における「家族」は、最後まで命と向き合い続けた職員さんたちだったのだと、私は思います。「いのりに家族を見つけてあげたい」という願いは、出会ったその時点で、すでに叶っていたのではないでしょうか。いのりは、確かに愛され、守られていました。

いのりが残した、目には見えない想い。その想いは、職員さんたちを通して次の子へ、そしてこの文章を読んでくれた人へと、きっと受け継がれていきます。そこから、また新しい物語が始まる――だからこれは、終わりではなく、始まりの物語。

いのりが残してくれた大切な想いを、これからも誰かへ届けていきたいと思います。

tamtam

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「私自身、お別れが含まれる話は最後まで読めない人間です。ただ、彼らから受け取る『別れ』の場面は必ずしも辛いものばかりではないのです。

だって、お別れの悲しさよりも、ずっと大きな、そばにいてくれたという温もりが残っているから(中略)。そんな温もりを知っているからこそ、出会いはいつも輝いているのでしょう」(tamtam)

ーー『たまさんちのホゴネコ2』あとがきより