出社中にストロング缶3本、勤務中にも3本…「γ-GT 2410」で“死ぬレベル”と言われた20代編集者の末路
あと、デタラメなアルバイト先だったが、漫画喫茶は接客業なので忙しくて楽しかったし、漫画は出版社ごとに棚に並べられているため、版元の傾向を掴むこともできた。良くも悪くも働いた意味はあった。
このように「働き甲斐」を明確に感じられるようになったが、徐々に体は蝕まれていった。
年に1回は会社の福利厚生で健康診断を受けられたのだが、基本的に肝臓と体重以外は問題なかった。肝臓は入社から何年経ってもD判定だった。ただ、20代中盤でもγ-GTは100を超えているくらいだったため、医者からも「気を付けてくださいね」と言われる程度で、筆者もそこまで重く捉えてなかった。
「大人は毎晩お酒を飲んでいるんだから、肝臓能値も糖尿病も40歳くらいまでは大丈夫かな」
そんな甘い考えで健康診断の前日も酒を飲み、焼肉か中華料理を食らい、タバコを吸っていたため、結果は5年連続D判定で済んだ。まだ、この頃は「習慣飲酒」なだけで、「連続飲酒」ではなかったため、そこまで身体に響かなかったのだろう。毎晩、ストロング系を5本も飲んでいたわけだが……。
そのため、ストレスチェックで異常値が出たのと、たった1年で30キロ体重が増えたことで産業医には目を付けられていた。毎度のことかもしれないが「あのとき、真剣に相談していれば……」とは、後の祭りだ。
1日1食の食生活も健康的とはいえないが、日中に食欲が沸かないのだから、どうしようもない。真夜中にたらふく食べているため、24時間経たないと腹が減らないのだ。
例えばランチ・ミーティングなどが入ると、まだ胃の中には前日の酒と消化しきれていない食べ物で満たされていたため、苦痛に感じることもあった。というか、朝も起きられないので、正午から始まるイベントはだいたい不調の中、参加していた。
そのくせ、コロナ禍で牛丼屋も時短営業となってしまうと、最終的に丸1年間マクドナルドのハンバーガーを晩御飯として食べていたため、もはや己の意思で身体を壊していた気もする。
ただ、ジャンクフードとストロング系というのは食い合わせがいいのだ。カスの『孤独のグルメ』である。
順調にキャリアを積んでいき、ついには特集によっては自分がイニシアティブを握るようになった。20代後半でようやく手にしたポジションである。それはもう、イキり立っていた。
しかし、いくら働いても、いい記事を作っても、最高の表紙ができても雑誌が売れない……。雑誌読み放題サービスのバブルは崩壊してしまい、雑誌存続のためにさまざまな施策を試さなければならなくなった。
こうなると、「雑誌の売れ行き」というのは新たなストレスになった。本来は自分の健康のことだけをまず、考えなければならないものだが、少子高齢化社会や親の介護など余計な心配を抱えてしまうような筆者だ。
そんな中、母親と妹と暮らすようになった。要は「私生活が終わっている息子」のことを心配していたのだ。
さすがに家族の前で毎日ストロング系を5本もプシュプシュ開けて飲んでいられない。そのため、自室で布団を被って音が最小限になるようにゆっくりと缶を開けて、コッソリと飲むようになった。
空き缶は台所に捨てるとバレるため、夜中にマンションの共有用のゴミ捨て場に捨てに行くか、仕事用のリュックサックの中に隠した。そして、翌日、会社内の自動販売機の隣に設置されてあるゴミ箱に捨てていた。週に何度か空き缶の回収のために業者がやってくるのだが、缶コーヒーに混じってそこそこの量のストロング系の缶が捨ててあることに驚いただろう。
そして、この頃、家族で住んでいたのは繁華街である。筆者が帰宅する終電過ぎはガールズバーやキャバクラのキャッチでいっぱいなのだが、そこを通過しないと帰宅できないのである。
