承子さま

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 高円宮家の承子(つぐこ)さまが3月8日、節目となる40歳の誕生日を迎えられた。かつては「奔放な皇族」としてメディアを騒がせたこともあった女王殿下だが、近年はご公務に積極的に取り組まれ、高円宮家の長女として母・久子さまを支えられるなど、皇室の中で存在感が増しているという。

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この1年の活動

 承子さまはこの1年、精力的に公務に取り組まれた。大阪・関西万博には4回もお成りになって各館を見学、ナショナルデーの式典にも臨席された。7月には久子さまと一緒に能登半島地震の被災地を訪問。朝市通りなどを視察されている。もちろん春夏の園遊会など皇室の行事にも出席されている。

承子さま

 勤務先の日本ユニセフ協会でも精力的に仕事をこなされた。学校事業部でマネージャーを務められている承子さまは昨年11月、開発途上国の現状などを伝える「キャラバン・キャンペーン」で静岡県を訪問。県庁や小学校を回り、ユニセフ活動への理解を訴えた。

 また、3月5日には都内で開かれた「第4回法遵守の文化のためのグローバルユースフォーラム」に出席。英語でスピーチを行っている。この催しは世界40カ国から参加した若者たちが司法をめぐる現代の課題について議論するというもので、承子さまは第1回から参加されている。

 そのファッションが注目されることも少なくない。春の園遊会では和装に合ったモダンな帯、秋には令嬢風の「縦ロールの巻き髪」で登場され、メディアで紹介された。

 皇室事情に詳しい社会部記者は次のように話す。

「国際関係に関わる公務が目立つのが印象的です。社会人としても週5日、朝から夕方、時には夜まで、民間人と同じようにフルタイムで働いていらっしゃいます。コミュニケーション能力が大変高く、内親王の愛子さまや佳子さまよりずっとフランクで、園遊会などでも承子さまの周りはにぎやかな笑顔であふれています。大使などを招いたパーティーの場でも『ワォ!』『オー、イェー』『リアリィ?』なんて声がするので、見ると承子さまだったということもありました。現皇室に欠かせない存在です」

「お騒がせ皇族」世界15位にランクイン

 1986年、高円宮憲仁さまと久子さまの長女として誕生。学習院初等科、女子中等科、女子高等科を経て、学習院女子大学に入学。しかし、1年で中退し、イギリスのエディンバラ大学へ留学された。帰国後は早稲田大学に再入学され、現在は前述の日本ユニセフ協会の常勤嘱託職員として勤務されている。全日本アーチェリー連盟や日本スカッシュ協会の名誉総裁もお務めだ。

 お若い頃から「奔放なプリンセス」と言われてきた。2002年11月、父・憲仁さまがスカッシュのプレー中に心室細動で倒れ薨去(こうきょ)。そのご葬儀の際、当時高校2年生の承子さまは茶髪で参列され、周囲を驚かせた。

 何より大きな話題となったのは、イギリスに留学されていた07年に起きた“事件”である。SNSの「mixi(ミクシィ)」にあけっぴろげな内容の書き込みをされていると週刊文春に報じられたのだ。曰く「親さえ良いなら、胸にヤモリの刺青入れたい」「男の人2人にナンパされた」「テスト前なのでアルコール漬けです」……。

 何者かにアカウントを乗っ取られた、つまりハッキングにあったという説もあるが、この騒動により米フォーブス誌が選んだ世界の「お騒がせ皇族」15位にランクインしてしまったほどだ。

 それから20余年。今ではすっかり「奔放」などという声は聞かれない。それどころか、前述のように年々、皇室の中で“重み”が増す一方なのだ。

「あと3、4年はない」

 その理由は何か。

「ひとつは“公”への意識を高くお持ちでいらっしゃること、そして何より家族の和を重んじておられることが随所に感じられるからでしょう」

 それは公務や皇室行事など、表に見える場面だけではない。恋愛を巡る事情を見てもよくわかる。

 承子さまが28歳の時、週刊新潮は2014年9月4日号でメガバンク系シンクタンクに勤務する同年代の男性との交際を報じた。港区内の南欧料理店や神保町の居酒屋でデートを重ねられ、時おり男性の住むマンションに遊びに向かわれることもあった。

 当時、この男性についての取材を受けられた承子さまは、交際を否定されながらもこうお答えになっている。

「仲良くはしていますよ。一緒にいて楽しい人です」

 だが、早期のご結婚については、

「当面、私は仕事に打ち込もうと決めているので……。父の務めていた名誉職などを母が全て継いでおり、私もしなければならないことがたくさんあるのは自覚しています。ですから結婚は、少なくともあと3、4年は絶対にありません」

「母からは私の結婚については何も言われていません。母も私の年齢ではまだ独身でしたので」

 そして、

「昔から私、結婚とお付き合いするのとは、完全に別だと思ってきました」

 ともコメントされている。

「結婚を焦っていない」

 その8年後の2022年、週刊新潮は9月22日号で再び承子さまのデート現場をキャッチした。場所はなんと居酒屋チェーン「鳥貴族」。実に庶民的な店だ。お相手は8年前と同じ、メガバンク系シンクタンク勤務の男性であった。

 その際も承子さまは取材に対応され、男性を「仲のいい友達」として、

「男女問わず一緒に食事する男性はたくさんいるんですよ。(恋人は)ないですないです。別に“仕事命”ってわけじゃないんですけど、結婚を焦っていないというだけです」

 ちなみに、この前年、小室眞子さんがさまざまな騒動の末に結婚、渡米している。そのことを伺うと、

「いやもう、私、コメントする立場にないので……内親王さまにそんな……」

 と恐縮しきりでいらっしゃった。

右手の薬指に…

 前出の記者によれば、

「今でも右手の薬指に指輪が見られますから、交際は継続されているのだと思います。しかし、ご結婚の話は出ていません。久子さまがそれほど前向きでいらっしゃらないそうです。また、久子さまは高円宮家の存続を強く願っておられますが、現在の制度では、承子さまがご結婚されれば皇族から離脱となる。すると高円宮家は、久子さまお1人となり、いずれ消滅してしまう。承子さまはお母様のことを大変慕っておられますから、そうした事情を考慮しておられるのでしょう」

 皇室では近年、家族内の不和が相次いで報じられている。秋篠宮家では眞子さんが小室圭さんとの結婚に際し、両親と意見が対立、結婚が一時延期になるなど大騒動になった。三笠宮家の信子さまと長女の彬子さまの長年にわたる不和は知られた話だが、それが原因で昨年、三笠宮家が事実上の分裂。2つの宮家が立つこととなり物議を醸した。

「こうした例と比べ、高円宮家の久子さまと承子さまの絆は大変に強い。次女の典子さんは出雲大社の禰宜(ねぎ)・千家国麿氏と、三女の絢子さんも日本郵船の社員・守谷慧さんと結婚し、皇室を離脱しました。残った承子さまは、久子さまと一緒に赤坂御用地でお暮らしです。お二人の関係は“母娘と言うより姉妹”とも言われ、久子さまは何かと『承(つぐ)が、承が』と言うほど頼りにされている。戦後の象徴天皇制では、皇室に模範的な家族、家族の規範を見たいという思いを抱いてきた国民も少なくない。父君が若くして亡くなった後、お母さまとご長女が支え合って暮らす――。このお姿に好感を抱く国民も多いと思われます」(同・記者)

国会議論の行方

 折しも国会では、安定的な皇位継承のあり方について議論されている。その中では女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持する案についても議論されているが、これにも一定の結論が出るかもしれない。結論によっては承子さまの今後にも大きな影響がある。40歳を迎えられた承子さまへの注目は、今後より高まっていくことだろう。

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デイリー新潮編集部