数ヶ月経っても症状は続いて、別の心療内科に通うようになりました。毎月通院していましたが、最初の頃は先生も私も原因がわからなかった。

でも、診察で話す内容が、仕事のことよりもパートナーのことのほうが多くなっていったんです。すると先生から「もしかしたら、それはモラハラなんじゃないかな」と言われて。「え、そうなのかな?」という感じでした。

気がつけば、急に怒鳴られるたびに、体がビクッと反応するようになり、「これまずいな」と思うように。ネットで検索しているうちに、モラハラで苦しんでいる女性たちの声を見つけて、「こういう場合は弁護士さんに相談するんだ」と知りました。すぐに予約を取って相談に行きました。

状況を説明すると、「それは間違いなくモラハラです。状況が良くなることはまずないから、早く別れて、絶対気づかれない場所に逃げなさい」と言われました。

それまでモラハラを受けた経験がなかったので、「自分が被害を受けている」ということに気づけなかったんです。でも弁護士さんの言葉で、「これはもう逃げなきゃいけない」と思いました。

◆逃走計画を決行。発覚後、パートナーは激怒

――どのようにして逃げられたのですか。

吉田:パートナーの息子さんが大学院を卒業して就職が決まり、実家から通うことになったんです。その話を聞いたときに、「あ、今だ。私はこれで逃げるんだ」と思いました。

そこでパートナーに、「私の部屋を息子さんに使わせてあげて」と提案したんです。すると、「なんで君が出ていくの?」と驚かれました。

でも、「社会人になりたての時期は、父親から学ぶことも多いだろうし、親子で暮らしたほうがいいじゃないか」とか、それらしい理由を重ねていって。息子さんと同居する流れにして、私が家を出ることに同意せざるを得ない方向に話を持っていきました。最終的には、彼も納得しました。

そのとき、彼がボソッと「君が引っ越ししているのを近所の人たちが見たら、離婚するって思われるのかな」と言ったんです。ああ、この人はやっぱり世間体を気にしているだけの人なんだな、って思いましたね。

――ご本人には別れる意向を告げずに家を出られたんですね。

吉田:はい。あくまで「いったん同居生活から離れる」という形で話を進めました。真意を悟られないようにしながらのやり取りだったので、かなり緊張感はありました。

家を出たあとも、弁護士さんとの正式な契約が整うまでは、パートナーと穏便に連絡を取り合っていました。弁護士さんが「これで代理人契約が成立しました」とおっしゃったその日を境に、私はパートナーとの連絡を絶ちました。

それ以降は、事実婚を解消したいという私の意思を、すべて弁護士さんを通じて伝えていただきました。やり取りは完全に弁護士経由です。

弁護士さん曰く、パートナーは激怒していたそうです。

◆50代でも「子ども希望」多数。その現実に愕然

――事実婚を解消後、いつ頃から、どのような動機で婚活を始められたのですか。

吉田:半年経った頃です。父と話し合う機会があって、そのときに言われたんです。「リタイア後の生活を考えると、誰か一緒に生活したほうがいい。元夫との生活がダメだったからって諦めるんじゃなくて、ダメだったからこそ、次はいい人と出会いなさいね」って。

母に先立たれている人なので、実感のこもった言葉でした。その言葉が、私の中にすっと入ってきたんです。

私自身も、父が定年退職してからの両親の姿を見てきました。特別なことをしなくても、二人で出かけたり、ただ隣り合って穏やかに過ごしていたり。そういう老後を私も目指したいなと思って、結婚相談所に登録しました。