(※写真はイメージです/PIXTA)

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2026年1月、1gあたり3万円を突破する歴史的な高騰を見せた金(ゴールド)価格だが、2月に入り一転して大幅な下落。その後に半値戻しするなど乱高下している。本記事では、ジム・リカーズ氏の著書『The New Case for Gold 投資の正解が見えない時代でも、ゴールドだけは裏切らない』(APJ Media 合同会社)から、金の価値について解説する。

通貨崩壊の歴史と書き換えられた「ゲームのルール」

「金(ゴールド)」とは、リターンを狙う資産ではなく、金融システムが壊れたときにも価値を失わない“最後に残る貨幣”である。

だが貨幣としての金の地位は、政府や経済学者から常に過小評価されてきた。特に、国際通貨制度が崩壊してアメリカがドルの金兌換(きんだかん)を停止した1971年以降は、それが顕著に見られた。1971年の通貨崩壊は驚くべきことではなかった。国際通貨制度は20世紀に三度(1914年、1939年、1971年)崩壊しており、さらに1998年と2008年には崩壊の危機に瀕した。

現在の国際通貨制度は主に米ドルを基軸通貨としているため、ドルの信認の崩壊と、価値貯蔵としてのドルの役割の低下が、新たな制度崩壊の引き金になるだろう。

驚かれるかもしれないが、通貨制度の崩壊は実際にほぼ30年ごとに起こっている。20世紀の通貨史に基づくと、現在の国際通貨制度の耐用年数はそろそろ終わりを迎えており、新たな制度の創設に急速に近づいていると言えるだろう。

過去の通貨崩壊は、世界の終わりを意味するものではなかった。人々が洞窟で暮らすようになったり、缶詰の食品を食べるようになったりしたわけではない。通貨崩壊とは、当時の金融や貿易の主要国が交渉し、「ゲームのルール」、つまり国際通貨制度の運用の仕方を見直すことを意味していた。

例えば、1914年の崩壊後、1922年にイタリアのジェノバで通貨会議が開かれ、主要国はゲームのルールを書き換えて金本位制の復活を試みた。また1939年の崩壊後には、1944年にニューハンプシャー州ブレトンウッズで大規模な国際通貨会議が開かれたことがよく知られている。その会議でも、金ドル本位制(訳注・ブレトンウッズ体制として知られている)を中心としてゲームのルールが書き換えられた。

さらに、1971年、ニクソン大統領がドルと金の兌換の停止を発表(訳注・「ニクソンショック」と呼ばれる)すると、アメリカ政府は各国との交渉に臨んだ。中でも最も有名なのは、1971年12月のスミソニアン合意(訳注・米ドルに対する各国通貨の増価に関する合意)に至った会議である。

その後も、1985年のプラザ合意(訳注・米ドル高是正を目的とした協調行動に関する合意)と1987年のルーブル合意(訳注・プラザ合意によって始まったドル安に歯止めをかけるための合意)にいたるまで、多数の交渉が行われ、ゲームのルールが再び書き換えられた。

2007年から続く「市場と経済の混乱」が必然といえるワケ

1971年から1980年までは、アメリカが混迷を極め、変動相場制に移行した混乱期だった。経済状況も低迷し、アメリカは1973年から1981年までの間に三度の不況に見舞われた。金のドル建て価格は1オンス35ドルから800ドルに急騰した。インフレが進み、ドルの価値は半分以下になった。

その後、1981年を皮切りに、ドルはポール・ボルカー(訳注・カーター政権とレーガン政権下でFRB議長を務めた)とロナルド・レーガンによって救済された。世界が新たな「ドル本位制」に移行したのもこの時期であり、「キング・ドル(強力なドル)」の時代としても知られている。

アメリカは世界に対して、金本位制が廃止されてもドルは信頼できる価値貯蔵手段である、と断言した。つまり、インフレを終わらせ、アメリカを魅力的なドル投資先にすることを意味していた。ボルカーの金融政策とレーガンの減税・規制緩和策によって、これらの目標が達成された。アメリカの貿易相手国に対して、米ドルをアンカー通貨(訳注・為替相場運営の標準に選ばれる通貨)として自国通貨と取引できる、と事実上宣言した。

健全なドル本位制は、1981年から2010年まで実施された。この期間の特徴として、1980年代と1990年代の長期にわたる景気拡大と、2007年までの堅調な経済成長が挙げられる。

このように、1870年から1971年まで、戦争による中断はあったものの、国際通貨制度では何らかの形で通貨と金を連動させてきた。1980年から2010年までの30年間は、金本位制ではなくドル本位制が確立されていた。現在は、国際通貨制度には本位通貨もアンカー通貨もない。2007年以降は市場と経済が混乱し、ボラティリティが高まり、最適なパフォーマンスを示していないのは、何ら驚くことではない。

次の崩壊に見舞われたとき、1922年のジェノバ会議(訳注・第一次世界大戦後の貨幣経済について話し合われた)や1944年のブレトンウッズ会議のような会議が再び開かれるだろう。

現在の投資家は先を見据えて、「新しいゲームのルールはどうなるのか」を考える必要がある。その答えに基づいて、来るべき混乱に備えて自分の資産を守るためにポートフォリオ(資産構成)をどのように構築すべきかを判断しなければいけない。

金は国際通貨制度の基盤であり、真の支え

1971年8月15日にニクソン大統領が「金の窓を閉じて」(訳注・大統領が財務長官に対し、ドルと金との交換を停止するように指示した)以来、アメリカは金本位制から離脱したと一般に考えられている。

その後二世代にわたり、学生たちは、国際通貨制度において金は何の役割も果たさない、と政策立案者や教授たちから教え込まれてきた。

だが実際には、金は一度もなくなったことがない。政府上層部は金について語るのをやめ、公には金の存在を無視していたが、実際には金を持ち続けていた。

金に価値がないのなら、なぜアメリカは8000トン以上の金を保有しているのか。なぜドイツと国際通貨基金(IMF/国連の専門機関の1つであり、安定した通貨制度を確保するために1945年に創設)はそれぞれ約3000トンの金を保有しているのか。なぜ中国は数千トンの金を密かに取得し、ロシアは年間100トン以上の金を調達しているのか。国際通貨制度において金は何の役割も果たさないとしたら、なぜ金の争奪戦が繰り広げられるのか。

中央銀行にとって、貨幣が金と結び付いていないと人々に思い込ませることはきわめて好都合だ。なぜなら、中央銀行は望むだけの貨幣を印刷する権限を得られるからだ。

ベン・バーナンキやアラン・グリーンスパンをはじめ、あらゆる中央銀行総裁が、金は国際通貨制度で何の役割も果たさないと主張して、金を過小評価してきた。貨幣を支配する権力には、行動や政治を支配する権力が伴う。それでも、金は国際通貨制度の基盤であり、真の支えとなっている。

ジム・リカーズ

APJ Media 合同会社

編集長/地政学者/経済学者/弁護士