骨肉の争い…故平尾昌晃さん「遺産トラブル」 息子たちに後妻側へ「8900万円」支払い命令

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骨肉の争い──水面下で進んでいた「第2幕」

昭和の歌謡史に金字塔を打ち立て、『瀬戸の花嫁』や『よこはま・たそがれ』といった不朽の名曲を世に送り出した作曲家・平尾昌晃さん。

79歳でこの世を去ってから8年余りが経ち、その輝かしい功績の裏側で「60億円」とも称される遺産を巡る泥沼の争いが繰り広げられてきた。

当初は、後妻のAさんと、前妻との間にもうけられた3人の息子たちとの関係は円満だった。しかし、平尾さんが亡くなった後は深く対立し、複数の法廷闘争へと発展していった。そして、’25年12月、東京地裁は息子たちを「債務者」と認定。Aさん側への多額の返済を命じる判決を下したのである。Aさんと息子たちの間でいったい何が起こっているのか──。

平尾さんが’17年7月に逝去して以降、遺族の間では複数の裁判が争われてきた。しかし、当初は今のような激しい対立が表面化していたわけではなかった。

葬儀の際、次男はAさんのことを「母」と呼び、三男で歌手、俳優の平尾勇気氏(44)は、「相続争いはない」と断言し、

平尾昌晃の名を絶対汚さないよう、家族で父の魂を受け継ぐ」

と語っていた。しかし、わずか1年で息子たちとAさんとの関係は崩れる。

’18年9月、勇気氏は記者会見を開き、Aさんを相手取って「職務執行停止」の仮処分を東京地裁に申請したと発表した。父が遺した会社の「代表取締役」であり、著作権料(印税)の管理窓口である「相続人代表」としてのAさんの立場に、ノーを突きつけたのである。

そしてこの席で、勇気氏サイドは「後妻ビジネスの極悪非道版」という過激な言葉でAさんを激しく非難した。この発言を機に、騒動は連日ワイドショーを賑わせる全国区のスキャンダルへと発展。Aさんと勇気氏を中心とした実子たちの対立は「骨肉の争い」として、世間の耳目を集め続けたのである。

その後、騒動は沈静化したかのように見えたが、水面下では法廷闘争が進行中だったのである。その一つが、今回判決が下された巨額の「貸付金」を巡る訴訟だった。

息子側の防戦

今回の訴訟は’23年、Aさんが代表を務める「平尾昌晃音楽事務所」が、息子3人と彼らの会社を相手取って行われたものである。

同事務所は、息子の一人が代表を務める会社「エフビーアイプランニング」が滞納していた法人税などの肩代わり分(約3500万円)に加え、3人の息子それぞれ個人に対する貸付金(計約2000万円)の返還を求め訴えていた。

この訴えに対し、息子側は主に二つの論点で防戦した。まず一つ目は、

「返済は遺産分割がすべて終了した後とする合意があった」

という主張である。その根拠として、Aさんと息子3人が参加するグループLINEのやり取りを法廷に提出している。

〈原告代表者(編集部註:Aさん)及び被告子らの4名が参加するグループLINEにおいて、(編集部註:息子の一人が)「相続税での事務所からの借入は遺産分割後の支払の約束!」とのメッセージを送信したのに対し、原告代表者は特に異議を唱えていない〉(判決文に記載された被告らの主張より。以下〈〉内は判決文)

LINEで「借金の返済は遺産分割後と約束した」との主張である。しかし、裁判所はこの主張は認めず、双方が署名捺印した「金銭消費貸借契約書」に記された法的な義務こそがすべてである、と結論づけた。

〈金銭消費貸借契約書が作成されているところ…(中略)…弁済期を「JASRACから、平尾昌晃相続人代表に対して著作権使用料が支払われた時とし、乙(被告子)らの取得する著作権使用料全額から返済する。一時に返済できない場合には、次回の支払から返済する。」旨の定めがあり…(中略)…弁済期をJASRACから昌晃の相続人代表に対して著作権使用料が支払われた時とする合意がされたと認めるのが相当である〉

つまり、

「印税の入金時期を『返済期限』として契約書に書かれている以上、たとえ遺産分割が未完了であっても、印税が入った時点で返済に充てる義務がある」

との判断を下したのである。

「消えた3億円」の主張と証拠能力の否定

二つ目の争点は、かつて『週刊新潮』が「消えた3億円」の疑惑として大々的に報じた、出金記録を巡る攻防だった。息子側は平尾さん個人の出入金のリストを裁判所に提出。そこには、’12年6月から’17年7月にかけて、ATMの1日の引き出し限度額である50万円ずつの現金が、連日のように引き出されている実態が記されていた。

かつては「後妻サイドによる不当な引き出し」という文脈で語られたこのリストだが、この裁判において息子側は、まったく違う論理を展開した。「横領の証拠」としてではなく、「平尾昌晃が個人として、事務所の税金などを立て替えて支払っていた証拠」として持ち出したのだ。その主張は、借金の帳消し(相殺)という論理である。

〈被告子らは、昌晃が平成22年以降、長年にわたり、原告(編集部註:平尾昌晃音楽事務所)が支払うべき固定資産税、自動車税、法人税その他の費用について個人で支払っており、原告に対し、不当利得返還請求権又は立替金返還請求権を有しているなどとして、昌晃の原告に対する不当利得返還請求権又は立替金返還請求権を自働債権として、対等額で相殺する旨主張する〉

つまり、息子らは、

「父は生前、事務所が払うべき税金などを自分のポケットマネーから肩代わりして払っていた。その立て替え分を事務所から返してもらう権利を自分たちは相続したのだから、今回事務所から返還を求められている自分たちの借金(約5500万円)を、相続した権利と差し引きにして、支払いをゼロにしてほしい」

という趣旨の主張をしたのである。しかし、裁判所はこの主張を退ける。

〈乙8、9(編集部註:出入金リスト)…(中略)…は…(中略)…紛争当事者となっている者が税理士に依頼してまとめた資料であることがうかがわれ、何らの裏付けなしに、乙8、9に記載通りの支出がされたと認めるのは困難である〉

息子らが提出した証拠の信憑性をそもそも認めなかったのである。さらに、「平尾さんが立て替えていた」という主張自体も裁判所は否定した。

〈原告の平成28年2月1日から平成29年1月31日までの事業年度分の法人税等の確定申告書において、原告の昌晃に対する未払い金や立替払い金債務等は計上されていない〉

もし本当に平尾さんが「あとで会社から返してもらうつもり」で私財を投じていたのであれば、会社の公的な帳簿には平尾さんから借りたという記録がなければならない。しかし、申告書にはそのような記載は一切なかったのである。

このように裁判所は、客観的な裏付けを欠く息子側の主張を完全に退け、 さらにメディアで取り上げられた「3億円」の疑惑に関しても、証拠の信憑性がないという厳しい判断を下したのである。

追い打ちをかけた「9月の敗訴判決」

実は、息子たちに突きつけられた支払い命令は、事務所とのトラブルだけではない。昨年12月の判決に先立つ同年9月にも、東京地裁は別の貸付金返還訴訟において、息子たちに対し厳しい判決を下している。

この9月結審の裁判の原告は、事務所ではなくAさん個人である。彼女が平尾さんの息子3人に対して個人的に貸し付けていた計約3400万円の返還を求めて提訴したものだ。

その借金の中身は、息子たち個人への現金貸付(各600万円)に加え、彼らが本来払うべき「未納の税金や延滞税」、さらには「相続手続きの税理士費用」などを、Aさんが自腹で肩代わりして支払っていた分である。

裁判所はこれらをすべて「返済すべき債務」と認定。昨年12月の事務所による訴訟(約5500万円)と合わせると、息子たちがAさん側(事務所)に支払うべき総額は、元本だけで約8900万円という巨額にのぼる結果となった。

また、かつて息子サイドが会見で語った「後妻ビジネス」という表現を巡る名誉毀損裁判でも、すでに敗訴している。

これら長年にわたる法廷バトルを俯瞰すれば、司法の軍配は一貫してAさんに上がっている。

フライデーデジタルは今回の判決について、双方の事務所に取材を申し込んだ。息子側の窓口となっている事務所の担当者は、

「一部の裁判が続いているため、取材にはお答えできない」

と回答。一方のAさん側も、事務所を通じて、

「特にお話しすることはありません」

と答えるのみだった。平尾さんは生涯、チャリティ活動に情熱を注ぎ、遺書にも、

〈財産の2/10(編集部註:10分の2)を音楽振興やチャリティに充当してほしい。作曲の平尾昌晃賞を新設してほしい〉

と記していた。昭和の歌謡曲王が手書きで書き残したその遺志が、真に叶えられる日は来るのだろうか。

取材・文:酒井晋介