警視庁が押収した昭和天皇在位60年記念の偽造記念銀貨

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 昭和天皇の在位60年を記念した銀貨(1986年発行)の偽物を使ったとして、中国人の会社役員らが警視庁などに偽造通貨行使の容疑で逮捕された。記念コインはコレクターアイテムだが、容疑が偽造通貨の“行使”となっているように、この記念銀貨は額面が1万円となっていて、通常のお金として使うこともできる。

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 通貨(お金)にはお札(紙幣)と硬貨(貨幣)があるが、今回偽造された銀貨は法律の規定に基づいて毎年発行されている1円、5円、10円、50円、100円、500円の6種類とは別に臨時補助貨幣と規定されているもの。皇室に関係するお金といえば、一定の世代には聖徳太子の肖像画が印刷された1万円札と5000円札が懐かしいところだ。そこで歴代天皇・皇族の肖像とお金の関係について紐解いてみたい。

警視庁が押収した昭和天皇在位60年記念の偽造記念銀貨

お金でもあるコレクターアイテム

 まずは今回の事件の概要を説明する。

 中国籍のシュエ・ジーウェイ容疑者ら男4人は、昨年5月中旬から6月上旬にかけて、都内の信用金庫の支店で職員に両替を申し込み、偽造された「天皇陛下御在位60年」の記念銀貨計79枚を使った疑いがもたれている。偽名を記入した両替依頼書を窓口に提出して、現金化していた。記念銀貨の偽物は昨年4月以降、7都県で630枚が見つかっており、財務省が同12月に注意を呼びかけていた。

 偽造硬貨の特徴は、本物と比べて光沢がなく、色は白っぽい上に、表面にはザラつき感があるほか、直径がやや小さい。この偽造硬貨については2013年と16年にも財務省が注意喚起をしていた。ちなみに、通貨偽造や偽造通貨行使の罪に問われると、無期か3年以上の拘禁刑となる。

 単なる記念コインとは異なり、臨時補助貨幣に位置付けられる記念硬貨は、閣議決定を経て国家事業として発行される。コレクターの間では、額面や販売価格よりも高値で取り引きされることもある。最初に発行されたのは、1964東京五輪の記念銀貨だ。額面1000円が1500万枚と100円が8000万枚。その後も大阪万博や札幌五輪、長野五輪、サッカーの日韓W杯などで発行されている。

 皇室関連では、昭和天皇の在位50年記念の白銅製が最初で、額面100円のものが1976年に7000万枚発行された。

 問題となった昭和天皇の在位60年を記念した貨幣では、偽造された1万円銀貨が1000万枚発行されたほか、初めて記念金貨が登場している。額面は10万円で86年の1000万枚に加え、翌87年に100万枚が追加発行される人気ぶりだった。このほか500円の白銅製硬貨も5000万枚が発行されている。

 その後も皇室の記念硬貨は需要が高く、上皇陛下の即位記念の金貨と白銅製が1990年に、93年には天皇陛下の「皇太子殿下御成婚記念」で金貨と銀貨、白銅製の3種が発行されている。また、上皇陛下の天皇在位を記念して10年(99年)、20年(2009年)に加え、天皇陛下の即位記念と重なった2019年の30年記念まで発行された。

 宮内庁関係者は「皇室の記念コインが人気なのは承知しています」と前置きした上で、こう語る。

「意外と知られていないのが、記念硬貨には、天皇・皇族の肖像が一切使われていないということです」

聖徳太子の肖像紙幣は7種類もある

 天皇関連の記念コインというと、明治天皇の横顔が刻まれた金貨の人気が高い。だが、前出の宮内庁関係者によると、

「明治100年を記念した『明治天皇御肖像メダル』は、1967年に『常陽明治記念会』という財団法人が発行したもので、日本の通貨ではありません。記念硬貨に肖像が入ったものがないのは、一説には戦後は国民統合の象徴となった天皇の個人崇拝や偶像崇拝を連想させかねないとの深謀遠慮があったためと言われているようです」

 明治天皇の肖像が入った記念金貨はほとんど市場には流通していないため、売買の際にはかなりの高値が付く。純金自体が地金相当でもレートが上昇していることもあるが、記念硬貨にはない肖像の希少価値も影響しているという。

 では、同じお金でも紙幣はどうだろうか。

 1968年12月に発生した、昭和の重大事件「3億円事件」を扱った報道番組や映画、ドラマなどでその映像が使われる機会も多い、当時の聖徳太子の1万円札。これは1958年から86年まで、30年近くにわたって発行されていたものだ。

 日本史の教科書でもおなじみの聖徳太子は、古墳時代から飛鳥時代にかけての皇族で、用明天皇の息子とされる。史上初の女性天皇と言われる推古天皇の摂政として、天皇の代わりに政治を行い、603年に冠位十二階を制定し、翌604年には十七条憲法を作った。また外交にも力を入れ、607年に中国(隋)に遣隋使を派遣している(近現代の皇室で摂政には、病気療養中の大正天皇の代わりを務めた昭和天皇の例がある)。

 聖徳太子がデザインされたお札には1万円札のほか、最初に発行された1930(昭和5)年の100円札(券)、44年と45年、46年の100円札という4種類の100円札があり、45年の3番目のものが発行期間の短さや肖像画の位置の違いなどから希少価値が高い。その後、1000円札、5000円札が発行されたことから、聖徳太子の紙幣は計7種類に及ぶ。

ヤマトタケルの異名は「倭武天皇」

 そもそも日本では、明治時代の初期に日本政府が初の紙幣の発行を決定。1872(明治5)年に「ゲルマン札」の異名を持つ明治通宝が発行された。

 西洋式印刷技術を用いた紙幣の表面には鳳凰と龍が描かれ、多くの民衆に新たな時代の象徴として歓迎されたが、ドイツのフランクフルトで委託製造されたことから、紙質が日本の気候条件に合わず、変色や損傷が頻発。ゲルマン札に代わる初めての肖像入りの「神功皇后札」が1881(明治14)年に発行された。

「神功皇后の肖像画が採用されたのは、神功皇后が皇室の歴史を語る上で欠くことのできない英雄だからでしょう」(前出の宮内庁関係者)

 神功皇后は第14代の天皇とされる仲哀天皇の皇后だが、明治時代までは夫の死後、第15代の天皇になったと認定されていた人物。朝鮮半島に打って出て制圧した三韓征伐の伝説はよく知られており、「神功皇后こそが最初の女性天皇」とする歴史学者も少なくない。天皇・皇族の中で初めて紙幣に肖像が使用されたことも頷けるヒロインなのだ。

 他方、日本の紙幣の中で「幻の1000円札」と呼ばれるものがある。それは日本武尊(ヤマトタケル)の1000円札のこと。幻と言われる理由は1944年12月から翌45年8月までの8か月間しか発行されていないから。太平洋戦争末期の混乱期だったため、実際の流通数も極めて限られていた。ヤマトタケルは第12代天皇の景行天皇の息子だ。大和朝廷の勢力拡大のため、ヤマタノオロチを倒したスサノオがアマテラスに献上した、三種の神器のひとつ「草薙剣」を持って東国へ打って出た、東征物語で知られる伝説的英雄である。

 ディズニーのアニメ映画にもなったギリシャ神話のヒーローとイメージが重なることから、和製「ヘラクレス」とも呼ばれ、活躍ぶりは『日本書紀』にも『古事記』にも記されている。

 東征中に立ち寄った今の茨城県に当たる常陸国の地誌『常陸国風土記』には「倭武天皇」と記述されている“半神半人”の英雄的皇族だ。だが政教分離を原則とする現行憲法下で、戦前は「現人神」と称された昭和天皇が「人間宣言」を既に行っている。戦(いくさ)で活躍した倭武天皇と神宮皇后。政治で結果を残した聖徳太子。こうした英雄は現代の皇室では生まれにくいことは確かだ。

 日本社会のキャッシュレス化も一気に進む中、新しい1万円札や500円玉の肖像となる天皇・皇族が、果たして現れるのだろうか。

朝霞保人(あさか・やすひと)
皇室ジャーナリスト。主に紙媒体でロイヤルファミリーの記事などを執筆する。

デイリー新潮編集部