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日経からテレ東、そしてTVer

――最初に、新卒からのキャリアを教えてください。

新卒で1994年に日本経済新聞社に入社しました。エンジニア採用で、主に新聞制作に関わるシステム開発をする予定でした。

1995年に日本がいわゆる「インターネット元年」を迎えたことをきっかけに、日経社内でもネット関連のプロジェクトが立ち上がりました。大学時代にネットに関係する研究室に所属していたこともあって、私も担当を任されることになり、以降、新聞制作ではなくネットの仕組み作りに携わってきました。

2001年には、テレビ東京ブロードバンド(現・テレビ東京コミュニケーションズ)というネット系のサービスを手がける会社が立ち上がったのを受け、初めての異動として、そこに出向しました。

在籍は2年半ほどでしたが、そこで初めて経済分野以外のエンターテインメント系コンテンツに携わりました。小さな会社だったこともあり、自分の裁量や権限も大きく、さまざまな人に出会えたことで、やりがいや充実感を強く覚えました。

そうした経験から「もう一度テレビ東京で働きたい」という思いが強くなり、日経を退職してテレビ東京の入社試験を受け直し、以降はテレビ東京でインターネットビジネスに携わっています。

その後は、若くしてテレビ東京コミュニケーションズの取締役を務めさせていただいたほか、TVer社やParavi(パラビ/後にU-NEXTへ移行・統合)の立ち上げなどを担当してきました。

――TVerの月間動画再生数は6.5億回(2025年12月)というプレスリリースを見ました。広告も非常に伸びているそうですが、TVerの立ち上げから現在までを振り返って、10年前に描いていた理想の姿に近づいているとお考えですか。

今の状態を成功と呼べるかどうかは、さまざまな見方があると思います。ただ、私が10年前にTVerの立ち上げに関わったときには、これほど存在感が大きくなると想像できていたわけではありません。当時は条件も十分に整っておらず、放送コンテンツをインターネットでオフィシャルに配信すれば、「テレビ放送そのものが衰退してしまう」という懸念もありました。既存のビジネスにダメージを与えるようなことはできない、という意識を関係者の多くが持っていたと思います。

(画像:PR TIMESより)

現場のメンバーは頑張ろうとしていても、各局全体の協力体制は不十分で、先行きは不透明。成功すると本気で考えていた人は、ほとんどいなかったと思います。

また、「当初の想像以上に大きくなった」と感じる一方で、「もっと早く、今の到達点にたどり着くことができた」という思いもあります。

番組をスマートフォンで視聴することが当たり前になり、エンターテインメントの楽しみ方が多様化する中で、放送のシェアだけが変わらないということは、普通に考えてあり得ません。当時は、放送のビジネスモデルをできるだけ傷つけず、影響を最小限に抑えることに気を取られすぎでした。

そういう意味では、現在のTVerは期待した以上の姿になっています。ただ、自分自身の力不足も含めて、もっと早い段階で、もっと大きなビジネスに育てることができたはず、という思いも持っています。

「ここまではやらせてください」――戦わずに前へ進める交渉術

――過去のインタビューを拝見すると、ターニングポイントは2019年のゴールデンウイークに作成した「テレビの再定義」という企画書だったとあります。もともと「戦うタイプではない」という蜷川さんが、異なる会社、異なる立場の人たちをどのように説得し、動かしていったのでしょうか。

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Profile
蜷川 新治郎(にながわ・しんじろう)
株式会社テレビ東京ホールディングス 執行役員コンテンツ統括補佐 兼 テレ東BIZ事業統括。
1994年日本経済新聞社入社、システム局開発部でインターネットサービスの開発を担当。2001年テレビ東京ブロードバンドへ出向し、ジェネラルマネージャー。2003年日本経済新聞社に戻り、情報技術本部メディア開発グループ。2008年、日経を辞めてテレ東へ転職。インターネットサービス全般の企画開発、システム構築を担当。2013年グループ内インターネット事業を統括する「株式会社テレビ東京コミュニケーションズ」を立ち上げ、取締役に就任。他局などとの共同プロジェクトの立ち上げに参画。
2020年7月 株式会社TVer立ち上げ、取締役就任、TVer事業の統括責任者。2025年7月よりテレビ東京ホールディングスに戻り、現職。

 

記事執筆者

早川巧

株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writer。物を書いて30年。
X:@hayakawaMN
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