二俣川から世界へ!遠藤渓太が古巣マリノスへの思いを激白「子どもの頃からずっと好き」「喜田君のような選手がいるチームは強い」
2020年夏にウニオン・ベルリンで海外キャリアをスタートさせ、2022-23シーズンはドイツ2部のブラウンシュバイクでプレーした遠藤渓太が、古巣に抱く思いとは。今回は生まれ故郷でもある横浜について、存分に語ってもらった。
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――中学時代からマリノス一筋でやってきて、やはりマリノスは気になるものですか。
「もちろんです。結果も追っていますし、試合も見てました」
――日産スタジアムや三ツ沢球技場には、自身や小学校の二俣川SC時代からのチームメイト和田昌士選手(現いわてグルージャ盛岡)の地元をもじって、「二俣川から世界へ」という横断幕がずっと、掲げられていました。この“合言葉”はどう捉えていますか。
「僕や和田昌士みたいな選手が出てくれればいいなと思いますし、僕がマリノスを子どもの頃からずっと好きだったとか、マリノスのアカデミーに入りたいと思えたのも、街のフラッグとか、常にマリノスが目につくところがあったからなので。そういう選手が出てきてくれればいいですよね」
――マリノス時代のベストチームメイトをあえて選ぶなら、どの選手になるのでしょうか。
「喜田(拓也)君ですね。なんだかんだ色々喧嘩する時もありますけど、やっぱり僕ら選手のことを考えて存在してくれているし。この前、帰った時も会いました。やっぱり僕からしたら、女将さんみたいな存在です」
――長らくキャプテンを務めていますが、私生活でもキャプテンなのでしょうか。
「私生活では、そんなことないですよ。すごく優しいです」
――喜田選手も下部組織からマリノス一筋で、本当に長いですよね。喜田選手がずっとマリノスで居続けるのは、外から見てて頼もしいというか。
「本当に誰でもできることじゃないですよね。でも、たぶんなろうと思って、そのふりをしているわけじゃなくて、普通にサッカーが上手くなりたい、そのために何ができるかを考えてやってるうえで、あの立場だと思うので。やっぱり、ああいう選手がいるチームは強いなと思います」
――最後に、ユース時代に印象に残っている思い出はありますか。
「マリノスユースは1年生がボールとかを全部準備しなきゃいけないんです。学校が終わったら友だちと喋る間もなく、自転車に乗って家に帰って。本当にすぐ電車に乗ってマリノスタウンに行ってましたね」
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ちなみに小学校から高校まで横浜でプレーし、現在はヴィッセル神戸で活躍する汰木康也も以前、「やっぱり喜田君がずっと居てくれるのが嬉しい。ずっと支えてもらって一緒にプレーしてきた選手なので。試合をする時に喜田君とやれるということが一番の楽しみかもしれない」と、恩人への熱い思いを明かしていた。
キー坊の愛称で親しまれる28歳は、トリコロールの絶対的な支柱だ。
※第6回終了(全8回)。
取材・文●有園僚真(サッカーダイジェストWeb編集部)
