脳科学者・中野信子さんと精神科医・和田秀樹さんが共著『頭のよさとは何か』(プレジデント社)を出した。「頭のよさ」の本質とはいったい何なのか。知性か、能力か、行動習慣か。白熱対論の一部を特別公開する──。(第2回/全2回)

※本稿は、中野信子×和田秀樹『頭のよさとは何か』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■「貧乏」が頭を悪くする

【和田】目の前のことに振り回されている限りは、人間は賢い人でもバカになる。このことを、私たちはよくよく考えたほうがいい。

【中野】それについての実験はいっぱいありますよね。追い詰められた人がどんなに愚かな選択をするかという認知行動的な実験が。

写真=iStock.com/tolgart
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tolgart

たとえば、言い方はよくないですが「貧乏が頭を悪くする(*)」というハーバード大学の研究があります。頭が悪いから貧乏になるのではない。

*「貧困が認知機能を低下させる」を参照。

■頭の悪い人々の特徴は「変わりたくない」

【和田】愚かな選択以前に、何の選択もしない、何の行動も起こさない人もたくさんいます。

【中野】「頭が悪い」という表現が適切かどうかはわかりませんが、そういう人は、その状態が好きなんだと思うんです。「頭がいい状態になりたい」と口では言うものの、いつまでも変わらないのは、「この状態もけっこういい」と本当は思っているからではないかと、いつも感じます。

【和田】僕の予想だと、きわめて現状維持バイアス(*)の強い人。現状がいいわけじゃないけれど、その状態を変えるのが怖いと思っている。

*変化を避けて現在の状態の維持を望む心理。人間は利益による満足よりも損失・不利益に対する不満を大きく感じる傾向にあり、たとえ変化をすれば利益がある場合でも、変化に消極的な人が多い。

【中野】「いまの状態より悪くなるくらいだったら、いまのままでいたい」なのかもしれません(笑)。

■失敗とは、「うまくいかない」と発見すること

【中野】そういうメンタルブロックがあるんですよね。

もしかしたら隣の店のほうが、いつも行っているお店よりおいしいかもしれないのに、「まずかったらどうしよう……」と思って絶対に入らないとか。1回くらい行ってみたら、失敗してもきっと楽しいよ、と思うんです。

【和田】そうそう。そういう行動とまったく同じだよね。「行ってみて、まずいって経験すりゃいいじゃん」という話なわけですよ。

発明王トーマス・エジソンは、「私は人生において失敗など一度たりともしていない。この方法ではうまくいかないということを発見してきたのだ」と言っています。試すことに対する抵抗がある限り、たぶん頭はよくならないし、幸せにもなれない。

■最初から答えが決まっているのはつまらない

【和田】そもそも論として、僕なんかだと、最初から答えが決まっているほうがつまらないと思ってしまうんですよ。

【中野】わかる。

【和田】すごくうまいと評判の店に誘われたときなんか、実際にその店で料理を食べるより、その2、3日前のほうがずっと幸せな気分がしていますから(笑)。

【中野】旅などもそうですよね。現地で『地球の歩き方』に紹介されている名所を回って満足するかといえば、それだったら極端なことを言えば、ネットで名所の情報を調べてGoogle ストリートビューで確認するだけでもいいんじゃないか。

現地に行って財布をすられたとか、変なおじさんにからまれたといったスリルのある経験も含めて、リアルに体験することや、その国の空気を知ることが面白かったりするわけでしょう。

名所旧跡を見てうまいもの食ってばかりいて、本当にそれは豊かな旅なんだろうか。新しい体験をするほうが脳は喜ぶように仕組まれているわけですし。

【和田】ほかの人が誰も知らないことを「経験」という形で知れば、少なくともその点に関しては「世界一賢い」わけです。それだけでもすごいと思うんですよね。

■見えなかった構造を解き明かすのが「知」

【中野】どんな分野であれ、それまで見えなかった構造を解き明かしていくことが、「知」としての本当のキュレーション(情報を選んで集めて整理すること)の妙というか。発見する力を持ったほうが楽しいよ、と提案したい。

それができるのが、本当の「賢さ」かなと思います。

【和田】人間の脳って、不思議なことにいろいろな形でロックがかかっちゃうんです。そういう生き物なんだよね。それがある限り、どんなに金があろうが、社会的地位が高かろうが、たぶん「つまらない」と思ってしまうのではないかなあ。

ゲームみたいなもので、「肩書を得るゲームで教授になりました」とか「首相になりました」というのもいいのですが、その「なった瞬間」がいちばん楽しくて、そこで終わってしまう。

【中野】上がり、ゴールですよね。

写真=iStock.com/Olivier Le Moal
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Olivier Le Moal

【和田】そう。でも、そうじゃなくて、「首相になったらこんなことやろう」とあらかじめ考えていて、実際になってからそれを実行したら、もっと首相であることを楽しめる。そういうことって、たくさんあると思うんですよ。

■不安の強い人はバイアスがかかりやすい

【中野】脳にブロックがかかってしまうということで言うと、その人の不安が強いか、危機が迫っているときは、どうもバイアスがかかりやすくなるようなんです。

遠くまで見通すことができなくなり、「とりあえず目の前のことを乗り越えよう」という気持ちが強くなる。長期的に見て得なほうを選べなくなってしまうのは、もったいないですよね。

ただ、それと同時に、もしかしたら集団をまとめようとする人にとっては、人々がそういう状態になっているほうが都合がいいということもあるように思えてきます。

【和田】だと思いますよ。僕なんか、もともとものすごく疑い深い人間だから、いまみんなにマスクをかけさせていることひとつとっても、疑います。

本来、感染予防のためなら、それこそ布マスクは禁止すべきです。だけど、「上が何か言ったら言うことを聞く人間かどうか」のテストのために、みんなにマスクをさせているように思えてならない。とすれば、布マスクだろうが不織布マスクであろうが、何でもいいわけですよ。

■「生贄」は便利な道具

【和田】従順な人間たちをまとめるのって、不安とか危機のある時期がやりやすい。戦争のときだってきっとそうでしょう。

【中野】まとめやすくなりますよね。

【和田】やっかいなのは、まとめやすくされてまとまっちゃった人間は、それが自分の意思だと勘違いしてしまうことです。そのうえ、従わない人を見ると腹が立ってくる。

【中野】マスクをつけない人や、音楽フェスティバルに行って楽しむ人など。自分が勝手に定めている基準なのに、それをもとにして「『みんな』のルールに従わない人」を異常に叩く。“生贄(いけにえ)”がいるとよりまとまりやすくなるので、ますます煽(あお)られちゃうんですよね。

【和田】便利な道具なんです、生贄ってね。

【中野】ただ、便利さに従っちゃう人のほうが生き延びるのも真理で、生存にはある面で有利かもしれません。

知能がある程度高いとされる人は、それを疑ってしまう傾向があるので、うまく隠さないと見つかって生贄にされてしまい、排除される対象になってしまいます。そのあたり、どう折り合いをつけていくかは、もっと別の知性が必要なのかもしれません。

■「正しいか正しくないか」で考えるのは頭がよくない

【和田】究極的には「生きることを楽しむんだ」という決意かなあ。あるいは、「嫌われる勇気」のようなものかもしれませんが、そういうものは持ったほうがいいでしょう。

たとえば、仮にコロナにかかってもいいから、オレには楽しむ権利があるんだ、メシ食って何が悪いんだ、外国に旅行して何が悪いんだとか、そうしたことを優先させる生き方もあっていいと思うんです。

【中野】これも一元化することなく、「そういう人もいる」ということですよね。

【和田】「あっていい」と言ったのは、「その生き方が正しい」ということではないんです。

たとえば健康診断をしたところ、「血圧が高い」ことがわかったとします。すると、「血圧の薬を飲みなさい」「塩分とお酒も控えなさい」と医者に言われて、従順に守る人が日本の場合は8割か9割いると思います。

そうしたときに、「じゃあ一生、お酒を飲めなくていいの?」「一生、味のしないようなメシ食って、あなた幸せなの?」「血圧って、高いときのほうが頭が冴えていて、薬で正常まで下げちゃうとフラフラすることが多いけれど、一生フラフラしていていいの?」なんて。思考停止せず、そういう“問いかけ”をすることは大事だと思います。

そこで、「多少寿命が縮まってもいいから、オレ、やっぱりこっちを取るわ」とするのもひとつの選択です。

■我慢するのは本当に偉いか

【和田】なんか日本って、我慢している人のほうが偉くて、節制できない人を袋叩きにする風潮があるじゃないですか。あれはどうかと思うんですよ。

【中野】袋叩きということでは、東京オリンピックでのある選手はかわいそうでした。オリンピックに出るだけでも大変なことだと思いますが、競技とは無関係に激しく叩かれて。「本人に問題があるのだから叩かれても当然」みたいな風潮はおかしいのではないか。

苦行の果てに金メダルを取るショーを、エアコンの効いた快適な空間から覗き見たいだけで、本当は本人やそのご家族のことなんかどうでもいいのかと、がっかりでした。言うなれば“苦行搾取(さくしゅ)”でしょう、それは。

【和田】スポーツのパフォーマンスだけ見ていればいいものを、プロセスばかり見ようとするよね。日本人は結果よりプロセスを重視するところがあるから、「物語」を作りたがるんでしょうね。

僕なども、受験で点を取るテクニックを教えようものなら、「そんなズル勉強を教えるな」などとぼろクソに叩かれまくってきました。精神科医という仕事を長年続けてきてようやく、「同じパフォーマンスを出すためには、なるべく苦労しない方法を取ったほうがメンタルにはいい」と言えるようになってきたから、いまは少しマシになってきていますが。

【中野】試験があるのなら、効率よくいい点を取る方法もあってしかるべきなのに。

■苦労搾取がデフレ日本の原因

【和田】結果よりもプロセスばかり大事にしすぎると、自分で自分を縛ることになるじゃないですか。

写真=iStock.com/Javier_Art_Photography
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Javier_Art_Photography

【中野】そうですよね。たぶんバブル期あたりから30年くらいプロセス重視できた結果が、いまの日本、デフレ日本でしょう?

ビジネスは世界に後れを取り、研究者は論文を出せなくなり、経済的には全然成長せず、ITはもはや後進国です。「クールジャパン」も世界的なインパクトを与えているようには見えない。

いまや、日本を魅力的に思って来日する外国人は、実は「安さ」に魅力を感じているだけの状態ではないでしょうか。

【和田】「安いから来る」ただそれだけ。

【中野】日本はそういう国になったんですよ。苦労搾取がその要因のひとつかもしれない。合理的に物事を進められなくなった原因を求めるならそこでしょう。そう私は思っています。

■変化を作る人は排除される

【中野】結果を重視していれば、もっと実力のある人が力を得て、「こういうふうにIT化を進めましょう」「コロナ対策はこういうふうに科学会をやりましょう」などと、もっと効果的に効率よく実現できたのではないか。

変えようとする人がどんどん排除されてきた。いまの日本の姿は、すべて過去の私たちの振る舞いの結果です。

本質的には、これも現状維持バイアスだと思います。国家として、組織としての現状維持です。

■実力のある人は“悪”になる

【中野】現状維持のほうがいいと多くの人が思っていることもありますが、それ以上に、実力のある人は“悪”とされる。

中野信子×和田秀樹『頭のよさとは何か』(プレジデント社)

新しいことを始める人がいると、既得権益を握った人たちは「自分たちの立場をどうしてくれるんだ」と考える。だから、実力のある人から真っ先に首を切られる。

東京オリンピックの開会式の演出を担当していた演出家の方の問題など、詳細はわかりませんが、透けて見えるものはまさしくそうですよね。

実力があって、新しいこと、かっこいいことをやろうとすると、ある立場の人からは最も“悪”になる。「体制を壊す人」ですね。体制が強ければ強いほど、そういうことが起きる。

実力のある人なんか、この国では歓迎されません。まして女性は。

----------
中野 信子(なかの・のぶこ)
脳科学者、医学博士、認知科学者
東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年、東京都生まれ。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。著書に『サイコパス』『不倫』、ヤマザキマリとの共著『パンデミックの文明論』(すべて文春新書)、『ペルソナ』、熊澤弘との共著『脳から見るミュージアム』(ともに講談社現代新書)などがある。
----------

----------
和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授
1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院・浴風会病院の精神科医師を経て、現在、国際医療福祉大学赤坂心理学科教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。
----------

脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子、精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授 和田 秀樹)