なぜ、久保建英はバルセロナではなく、レアル・マドリードを選んだのか。それは自然に湧きおこる疑問だろう。

 久保にとって、バルサは少年時代を過ごした”愛着あるクラブ”だ。退団後も、毎年暮れになるとかつてのチームメイトと再会し、成長を確かめ合い、関係者とも親交を深めていた。復帰することはFC東京入団時から既定路線で、移籍交渉も続けており、今年2月にはスペイン国内のメディアで契約内定が伝えられたほどだ。

「来シーズンのバルサBには、久保のチームメイトが数多く昇格する。すばらしいスタートになるはずだ」

 スペイン人記者も太鼓判を押していた。バルサは徹底的なボールゲームを信奉し、人とボールの動きに特殊なオートマチズムがあるだけに、新入団選手は戸惑うものが、バルサ育ちの久保にはむしろ利点だった。

 これだけの材料があるにもかかわらず、久保はバルサではなく、レアル・マドリードを選択したのだ。


日本代表としてコパ・アメリカの3試合に出場した久保建英

 真っ先に挙がる理由としては、待遇面の違いがあるだろう。

 バルセロナが久保に出したオファーは「年俸25万ユーロ(約3000万円)、バルサB登録の契約」と言われている。一方、レアル・マドリードとの契約は、主だったスペインメディアによると「年俸100万ユーロ(約1億2000万円)、トップチームとカスティージャ(レアル・マドリードB)で登録」というもの。ふたつの条件の差は明白だ。

 率直に言って、バルセロナ側は「バルサ育ちの久保はバルサに戻るはず」と、たかをくくっていたのだろう。年俸25万ユーロというのはバルサBの有望選手の上限で、それ自体は正しい判断にも映る。チーム内に不公平感が出るのは不都合だろう。しかし、移籍金のかからない久保に対しては、特別な手を打つべきだった。

 そもそも最近のバルセロナは、チームスタイルを支えてきた下部組織「ラ・マシア」を軽視する傾向がある。

 バルサは下部組織からの一貫した攻撃戦術で世界に君臨してきた。しかし今や、その方向性を見失いつつある。

 有望な若手に25万ユーロ以上は払わない一方で、トップチームは湯水のように大金を使い、戦力にならない選手を増やしている。定位置も取れないトーマス・ヴェルメーレン、ネウソン・セメド、アンドレ・ゴメスなどに30億円も40億円も移籍金を投じ、3〜5億円の年俸を支払っているのだ。

「ラ・マシアこそバルサ」

“バルサの創造主”ヨハン・クライフが作った土台は揺らぎつつある。

 変化のきっかけとしては、2014年のFIFAによる「18才未満選手の契約禁止ルール」が厳しく実行されたことがあるだろう。久保自身、この決定によって帰国せざるを得なくなった。世界中から精鋭を集めて育成するという強化の方針にひびが入り、EU内のみに人材を求めることになった。

 2017−18シーズン、バルサBが2部から2部B(実質3部)に降格したことも、変化のひとつの理由だ。

「ユース年代でなくとも選手を他のクラブから補強し、2部昇格を支援させつつ、可能ならその選手もトップに引き上げる」

 クラブはバルサBに、他のクラブから選手を引き入れることになった。丹念に育成された選手たちがバルサの伝統を支えていたのに、そこに他のクラブの有力選手が加わり、どこにでもあるトップチームの予備軍に成り下がった。

“助っ人”はバルサで育ったわけではなく、当然ながら調和は難しい。同シーズンに入団したブラジル人のビッチ―ニョ、ホンジュラス人のアントニー・ロサーノ、アルゼンチン出身のスペイン人マティアス・ナウエルはいずれもすでに退団し、昇格にも失敗している。

 2018−19シーズンも、バルサBは同じやり方で臨んだ。セネガル代表のムサ・ワゲなどを補強したが、やはり昇格できていない。ラ・マシアの頂点であるバルサBは深刻な低迷期を迎えている。チーム成績だけでなく、トップに定着できる人材を生み出せていないのだ。

 来季もバルサBは、フローニンゲンのオランダ人MFルドヴィト・ライスと契約している。ヴィレム兇暴蠡阿垢襯┘アドル代表の左サイドバック、ディエゴ・パラシオスとも契約間近と言われている。おまけに、オランダ代表でバルサに入団するMFフレンキー・デ・ヨングの代理人の息子(マイク・ヴァン・ベイネン)まで加わる。

 バルサBは今や、トップチームの事情で獲得した”若手の倉庫”と化しつつある。

 その一方で、ラ・マシア組の流出という現象も起こっている。14歳からラ・マシアで育ち、右サイドバックとしてバルサの将来を担うと目されていたマテウ・モレイ(19歳)は、契約更新を拒否。来シーズンは、移籍金0円で、ドルトムントへの移籍が確実視されている。

 久保がこんな状態のバルサBに戻ることを躊躇したとしても、何ら不思議はない。

 久保にとって、バルサに戻るのもレアル・マドリードに向かうのも、決定的な差はなかったと言っていいだろう。リスクは承知で、4倍の年俸を提示し、価値を認めたクラブへ。たとえ古巣の宿敵であっても、それがプロの道だ。

 久保はバルサを選ばず、バルサは久保を失ったのである。