オリックス退団のベタンコートは日本プロ野球をナメていたのか? 過去にもいたお騒がせ助っ人たち
無断で帰国した史上最悪の外国人選手
マリナーズ、ブルワーズなどでプレーし、「メジャー80発男」の触れ込みでオリックスに入団したユニエスキー・ベタンコート内野手(32)がオリックスから契約を解除された。
開幕戦は4番に起用されたが、打撃不振で二軍落ち。ファームでもプレーに対する意欲が見られなかった。7月2日に両足外反母趾治療のため、帰国。手術をしたが実戦復帰まで時間がかかるとされて、オリックスはウエーバー公示を申請した。18試合で打率は.141。チームが好調であることは救いだが、後味の悪い退団となった。
これまでも、お騒がせ外国人選手は数多くいた。
1973年にヤクルトが獲得したペピトーン。メジャーではヤンキースなどで活躍し、ゴールドグラブを受賞したこともある一塁手だった。しかし6月に初来日後、球団がペピトーン・デーとして開催を計画した試合を体調不良で欠場し、夫人との離婚訴訟があるとして無断帰国。8月に戻ってきたが、すぐにアキレス腱を痛めてまたもや戦線離脱した。9月には治療を理由で無断帰国してしまった。
アキレス腱を痛めたにも関わらず、六本木などのディスコやクラブで踊って遊ぶなどの行為も目撃されていたという。“悪行”はこれにとどまらなかったというから、史上最悪の外国人選手と呼ばれている。
ダイエー(現ソフトバンク)には、ケビン・ミッチェルという外野手がいた。サンフランシスコ・ジャイアンツ時代の1989年に47本塁打、125打点でナショナル・リーグMVP、打点王、本塁打王を獲得するなど、バリバリのメジャーリーガーだった。1995年に来日し、西武との開幕戦では初打席初本塁打となる満塁アーチを放ち、派手なデビューを飾った。しかし、その後は怪我や2度の無断帰国があり、37試合の出場にとどまった。推定年俸4億円以上とされたが、解雇。年俸の全額支払いを要求し、裁判沙汰となった。
「神のお告げ」でいきなり引退した選手も
阪神にいたマイク・グリーンウェルもその言動で球界を騒がせた1人だ。1997年に当時の阪神の球団史上最高額の年俸3億円で契約。同選手もレッドソックスなどで活躍した大物メジャーリーガーだった。しかし、5月に自打球を右足に当てて骨折すると「野球を辞めろという神のお告げがあった」と帰国し、引退表明をしてしまった。
巨人に2005年にいたダン・ミセリ投手も、なかなかのお騒がせ助っ人だった。クローザーと期待されたが、初登板でいきなり救援失敗。2-1から簡単に同点ホームランと勝ち越しホームランを打たれた。クイックもできず、足が速くない選手にも難なく盗塁された。横浜スタジアムでホームランを浴びた後に残した「リトルリーグのような球場でやってるから」と皮肉った発言も批判を浴びた。4月中に解雇となり、最後は浅草で人力車に乗るなど観光をして帰っていった。
最近ではソフトバンクに入団したブラッド・ペニー投手も期待を裏切る内容だった。ドジャースなどでプレーし、2012年に年俸2億2500万円(推定)で入団。メジャーでは黒田とも同僚だった。来日後初先発となった楽天戦では3回1/3、6失点、被安打7という内容。登板はこの1試合のみで、右肩の痛みを訴え、登録抹消となった。
精密検査では異常は見当たらなかったが、米国に帰国。帰国後に「アメリカに戻れて最高」とつぶやき、物議を醸した。本人は弁明したが、日本のファンには理解を得られなかった。
このように大きな期待を受けながら、信じられないような言動や騒動を起こして帰国した助っ人は過去にいた。そのような失敗を糧に、渉外担当の整備がなされ、きちんとした調査が行わるようになってからは大きな失敗や批判は少なくなってきている。結局のところ、助っ人の条件として最も重要なことは、日本の野球をナメていないか、ということなのだろう。
