プラセボ効果(偽薬効果)とは、実際には生理学的な効果をもたらさない偽薬を処方された場合でも、患者本人が薬だと信じ込むことで何らかの改善が生じる現象のことです。高齢者を対象にした新たな研究では、本人に「この錠剤は治療効果がない偽薬だ」とはっきり伝えた場合であっても、記憶力の向上やストレスの軽減といったメリットが得られることが示されました。

Placebo mechanisms in aging: A randomized controlled trial comparing deceptive and open-label placebos on psychological, cognitive, and physical functioning in older adults - ScienceDirect

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1697260026000104

Fake medicine yields surprisingly real results for older adults' memory and stress

https://www.psypost.org/fake-medicine-yields-surprisingly-real-results-for-older-adults-memory-and-stress/

新薬の効果を確かめる臨床試験では、砂糖の錠剤や生理食塩水といった薬効のない偽薬を利用することが多々あります。典型的な臨床試験では、あるグループに効果を確かめたい薬を投与して、異なるグループには偽薬を投与します。この際、被験者にはどちらが投与されたのかを知らせることはなく、偽薬を投与した対照群に現れるプラセボ効果による影響と、実際の薬を投与した実験群に現れる効果を比較します。

長年にわたり、プラセボ効果が生じるには患者が「自分は本物の薬を服用した」と信じ込んでいる必要があると思われてきました。ところが、近年の研究では患者が「自分は偽薬を服用した」と知っている場合でもプラセボ効果が生じることが示されています。

患者に偽薬を投与したことをはっきり知らせる治療法は「オープンラベル・プラセボ」と呼ばれています。オープンラベル・プラセボを実践する際、治療者は偽薬に薬効成分が含まれていないことを説明します。その上で、「日常的に薬を服用するという動作が脳に影響を及ぼし、治癒効果が生じることがある」とプラセボ効果について説明し、患者に心身のつながりを理解させるとのこと。

これまで行われてきたオープンラベル・プラセボについての研究は、ほとんどが慢性関節痛や過敏性腸症候群といった特定の病気に焦点を当てており、加齢に伴う身体的・精神的な変化に及ぼす影響についてはほとんど研究されてきませんでした。そこでイタリアの聖心カトリック大学(サクロ・クオーレ・カトリック大学)の心理学であるディレッタ・バルビアーニ氏らの研究チームは、オープンラベル・プラセボが高齢者の記憶力や身体能力に与える影響を調べました。



研究チームは65〜90歳の健康な高齢者90人を募集し、「薬を一切服用しないグループ(対照群)」「従来のプラセボ試験と同様に、薬効がある薬を服用していると信じ込ませるグループ(盲検プラセボ群)」「オープンラベル・プラセボの手法で偽薬であることを明らかにして、プラセボ効果についても説明した上で服用させるグループ(実験群)」の3グループに、ランダムで割り当てました。

被験者は3週間の実験期間にわたって薬を服用し、実験期間の前後に一連の質問に回答したりテストを受けたりしました。質問ではストレスや日中の眠気、全体的な生活満足度について尋ねて主観的な感情を測定し、テストでは記憶力・注意力・身体能力などについて測定しました。

結果を分析したところ、オープンラベル・プラセボの手法で偽薬を服用した実験群は、対照群や盲検プラセボ群と比較してストレスレベルが著しく低下したことが判明。オープンラベル・プラセボのグループは短期記憶を調べる客観的なテストでもその他のグループより高いスコアを獲得したと報告されています。

自分が服用した薬に薬効があると信じ込まされていた盲検プラセボ群も、記憶力・注意力・身体能力などのテストで対照群より優れた結果を残しましたが、オープンラベル・プラセボが実践された実験群の方がより強い改善がみられました。これは、高齢者がプラセボ効果を実感するためには、必ずしも薬効がある薬であるとだます必要はないことを示唆しています。

心理学メディアのPsyPostは、「正直であることとその根底にある科学を説明することで、研究者と被験者の間により強固な信頼関係が築かれたようです。真実を知った被験者は実験プロセスに積極的に関わろうとしたため、身体的な反応がより強く現れた可能性があります。透明性のある説明は、患者が自身の健康状態をより主体的にコントロールできるという感覚を与えるかもしれません」と述べました。



今回の研究結果は有望なものですが、被験者が合計90人と比較的少ない点や、加齢に伴う変化を追跡するには3週間という実験期間が短い点など、結果にはいくつかの制限があることを研究チームは認めています。研究チームは今後の臨床試験で、心拍数・脳波・ストレスホルモンといった生物学的マーカーを追跡し、オープンラベル・プラセボが身体に影響するメカニズムを把握することを目指しています。

いくつかの制限があるにもかかわらず、オープンラベル・プラセボの概念は高齢者医療において画期的な治療法になり得ます。PsyPostは、「患者に嘘をつくことは、医療における透明性という倫理基準に反するものです」「完全に透明性のある方法で患者の精神的な力を活用することで、高齢者は身体的および精神的な自立性を向上させる可能性を秘めています。このアプローチは費用がほとんどかからず、副作用も全くない治療法になる可能性を秘めています」と述べました。