ピークからの風景(撮影:吉松こころ)

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買い手は中華系

「日本各地のマンションや不動産の高騰はいつまで続くのか」――。ここ数年、幾度となく繰り返されてきたテーマだ。東京・港区のタワマン1部屋が300億円、北海道ニセコの別荘が30億円に爆上がりしてもなお上昇を続ける日本(特に東京)の不動産の今後はどうなって行くのか。『強欲不動産 令和バブルの熱源に迫る』(文春新書)で、綿密な取材をもとに価格高騰のからくりを暴いた吉松こころ氏がレポートする。

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【写真を見る】香港の超絶パノラマ豪邸など…バカスカ投げ売りされていた物件価格は235億円にも!

 日本の高級不動産の主たる買い手は紛れもなく中華系の人々だ。彼らは東京のマンションの今後をどう捉えているのか。

ピークからの風景(撮影:吉松こころ)

 彼らは東京のマンションが下がるとは思っていない。その価値は揺るぎないと思っている。むしろ絶対的なものだと信じている。だから次々と買い漁る。

 私は2024年11月と2025年5月に香港に行き、大量の豪邸が売りに出ているのを目撃した。価格帯は高いもので235億円、安いもので76億円だった。一軒家が、である。
最も多い物件は、4階建てで150億円前後だった。

 そうした家々は主に「the Peak」と呼ばれる山の頂き付近に多く建っていた。100万米ドルの夜景と言われる香港市街地を眼下に見下ろす、山のてっぺんだ。最上階にザ・リッツカールトンが入居し、香港一の高さを持つ118階建てICCビルでさえ足元に見るような立地だ。「富裕層が好んで邸宅を構えるエリアだ」と、香港で30年以上、不動産業を営む香港人の簡國文氏が教えてくれた。

「逃資(とうし)」の現場

 彼はこうも続けた。

「こうした豪邸が一度に、大量に売りに出たのはこの30年で初めてのことです。長年香港の不動産市況を見てきた私でさえ驚いています。富裕層は住んでいた家を売り払い、他国に移住をし始めているのです。行き先は、アメリカ、カナダ、イギリス、そして日本です」

 香港には戻らない覚悟で、自宅を手放していると簡氏は説明した。買い手はいるのか。

「中国本土や中東から買いが入っています。香港に移住や資産移転を考えている人はかなり多くいて、その需要と供給がマッチしているのが今なのです。今日見られた部屋も明日には見られないでしょう。それくらいのスピードで売れています」

 信じられないことに、235億円や150億円という桁違いの金額であっても、実のところ、それはほとんどが3割引ほどになっていて、香港の豪邸を安く買えるビッグチャンス真っ只中だと簡氏は言った。以前の持ち主の富裕層たちは値引きしてでも売って現金化し、1日でも早くその資金を逃がそうとしていた。まさに「逃資(とうし)」の現場がそこにはあった。

香港の富裕層の動機とは

 香港の富裕層が一目散に資産を移そうとする動機は何だったのか。

 豪邸投げ売りが始まったのは2022年ごろからだった。ちょうどコロナ渦だ。上海の完全ロックダウンによって景気が減速しているという報道を日本でもよく耳にした。

 その前年の2021年には、従業員20万人を抱える不動産会社「恒大集団」の経営危機が頻繁に報じられていた。2021年9月21日、日経平均株価は601円安となって3万円を下回る2万9898円になり、「恒大ショック」といわれた。その後の2023年8月18日、同社はニューヨーク連邦破産裁判所に破産法の適用を申請するに至るが、2021年や2022年の時点で、その「Xデイ」がいつ来るのか、破産時の影響はどれほど甚大かがしきりに騒がれていた。

 富裕層を動かしたのは、こうした景気や経済の不振だけではない。

 2019年6月9日には香港で大規模なデモが起きた。中国が導入を決め、香港で施行された香港国家安全維持法がその背景にあるとニュースは伝えた。100万人を超える市民が参加し、警察とデモ隊の激しい衝突映像も流れた。

「自由闊達で東洋と西洋の文化が混ざり合う、活気に満ちたチャンスの街だった香港は死にました」。簡氏は当時を振り返り言った。

愛した香港がなくなる

 私が滞在した間でも、毎朝7時と8時のニュースが始まる際に国威発揚を思わせる軍の映像と中国国歌が流れ、アナウンサーの言葉はわからなかったが、習近平国家主席を礼賛する内容であることは感じ取れた。

「中国政府の支配下になったらどうなってしまうんだ」――そんな危機感が富裕層の間で流れ始めていた。

「一国二制度だっていとも簡単に破られたじゃないか」「政府が資産を没収するということだってあり得るぞ」

 自分たちが愛した香港がなくなってしまうなら、そこにいる意味はないと感じ始めていたのだ。こうして徐々に醸成されていった「逃資」の機運は、私が香港を訪れた2024年11月ごろ、ピークに達していたと思われる。

資産の行き先が東京だった

 そうした資産の行き先の一つが、東京だった。

 東京の新築分譲マンションの平均販売価格は、2023年6月に初めて1億円の大台に乗り、1億2962万円をつけた。しかし香港の不動産を売却して100億円の資産をもつ富裕層からすれば安く見えたことだろう。なんといっても香港での1億円は、駐車場1台分だ。

 この頃、ドル円は23年6月初めが139円で、月末には144円になるほど、円安へ一気に進行していた。このため、「割安で質よし」に加えて「買いやすい」の三拍子が揃っていた。

 拙著にも書いたが、「世界中で健康な不動産マーケットは日本だけ。中でも東京は強いです」と断言した中国人(陳海鋒氏)がいた。彼は香港や中国本土から東京の不動産を買いに来る投資家たちの仲介を生業としていた。

 私は尋ねた。

「日本は税金が高い国です。いくら簡単に所有権を持てると言っても東京以外にも魅力的な都市、ニューヨークやシンガポール、ドバイ、経済発展途中の東南アジアの都市などいくらでもあります。なぜ香港人や中国人は東京を買うのですか?」

日本が世界一

 その理由を陳氏はこう話した。

「確かにニューヨークは魅力的ですが、金利が6〜7%と高いでしょう。それならドルを買って定期預金にした方がいいです。シンガポールは近くていいけれど、外国人が不動産を買う場合には60%近い税金が課せられます。加えてコロナ禍で不動産の値上がりが起き、すでに40〜50%ほど高くなっているので買えません。
所得税や住民税、贈与税、相続税がないドバイも人気ではあるけれど、食事、インフラ、教育、医療、気候という生活面を考えるとちゅうちょします。ドバイは人種差別の意識も高くて、見た目が明らかに違う私たちは平穏に暮らせません」

 さらに彼は続けた。

「短期で値上がり益を取りたければ急発展を遂げるホーチミン、ジャカルタ、マニラ、クアラルンプールは有望株です。しかし生活の品質や健康的な暮らしの面で考えたらやはり東京の方がいい。税金は高いけれど、どこよりも安心して暮らせます」

 東京から新幹線に乗って国内旅行をすれば、食事、自然、温泉、祭りなど楽しい場所がいくらでもあるとも語った。

「だから不動産を買うなら、日本が世界一なんです」

 自国の魅力に気づいていないのは私たち日本人の方だったのかもしれないと思うほど、心を揺さぶる発言だった。

「蟻族(イー・ズー)」

 さらに陳氏は最近生まれた特殊な事情について説明した。それは中国国内の就職難である。

 中国では6月が卒業シーズンに当たる。2022年には大学卒業者が初めて1000万人を突破した。日本の24年の大学卒業者は約60万人だから、16倍の規模になる。

 コロナ禍の都市封鎖やゼロコロナ政策の影響で採用枠は減少しているのに求人数だけは増えている。結果、23年6月、中国国家統計局が発表した若者失業率は、21.3%で過去最高を更新した。

 都市部では、大学を卒業したものの、安定した仕事に就けず低賃金で働く若者をさす「蟻族(イー・ズー)」という言葉も生まれたそうだ。「996」という隠語もあり、朝9時から夜9時まで週6日働くという意味だ。

 陳氏によると、そういう状態で中国にいるより、2〜3年日本に留学して日本語を学んだり自らのスキルや能力を高めたりしながら中国経済が戻るのを待つ……という人々が増えているという。そうした人々が日本にいる間に住む家としてマンションを買ったり、借りたりするだろう。陳氏は、「数万人という単位で日本に来る可能性もありますよ」と話した。

復活しない上海経済

 さらにアメリカで学生ビザを取り消された引き揚げ組が日本にやってくる可能性もある。2025年、トランプ政権は中国人留学生のビザの取り消しや審査強化を実施している。

 私は2025年11月23日から25日まで、上海を訪れた。11月7日のいわゆる「台湾有事」をめぐる高市発言で中国との関係が緊張していた頃だった。経済・金融の中心である上海に行ったのは15年ぶりだったが、かつて見たその勢いはまったくなかった。

 2021年に開業した、延べ床面積30万平方メートルの巨大デパート「天安千樹」にも行ったが、表参道ヒルズよりはるかに大きな施設にも関わらず、冗談抜きで客は4〜5人しかいなかった。天井まで届きそうなクリスマスツリーが寂しく点滅しているのを見て、クリスマス商戦ど真ん中だと気づいたほどだ。

 宿泊したマリオット系列のホテルは1泊1万円だった。景気がいい頃は、3万円以上はしたようだが、コロナ禍で旅行者が減った影響をいまだに引きずっていた。

 上海では、ドンという名の男性と会った。複数の仕事を持っており、その一つに不動産業があると話した。

 ドン氏は復活しない上海経済を嘆いていた。それでも、現地のマンション価格は東京の平均よりずっと高いと話した。

内巻(ネイジュエン)

「上海でマンションを買うのと同じ金額で、東京なら2部屋、福岡なら3部屋買えます。アメリカも魅力的ですが、自分たちの親も歳をとってきているから、いざという時にすぐ帰れる距離の日本の方がいいです。マンションを持っていれば、いちいちホテルを取らなくてもいつでも気軽に行けるから、マンションの所有権は日本に行く入場券のようなものです」(ドン氏)

 ドン氏が教えてくれた中国語で印象に残っている言葉がある。

「内巻(ネイジュエン)」。6年前に大流行したそうだ。「内巻」とは、競争が激化する中で死ぬほど努力しているのに誰も豊かさや成果を感じられない消耗戦状態を意味する。自虐的なニュアンスもあるそうだ。

 14億人が住む中国では生まれた時から生存競争が始まる。朝10時から夜10時まで勉強していい大学を目指す。大学を出ても就職できるとは限らない。若者の失業率は表向き約20%と伝えられるが、実際には50%を超えていると聞いた。若者が就く職業はウーバーなどの配達員が多いという。確かに街中にバイクの運転手がいた。配達員の目印である、オレンジ色のジャケットを着ているのでよく目立った。

 2022年に実施された完全ロックダウンにより、外に出ずに買い物も食事も配達で済ませる習慣が上海市民にこびりついてしまった。「一歩も外へ出られない」という強制力がどれほど強力なものだったのか、想像して私はゾッとした。

日本人に対する印象は

 マリオットホテルの正面玄関にさえ、配達員がお弁当などを置き配する棚が設置されていた。

 タクシーに乗ると、運転手が「観光客なんていないよ」と吐き捨てるように言った。上海では、家がなくタクシーに寝泊まりするホームレス運転手が増えたため、車内が臭いことが社会問題になっていた。

 ドン氏は日本にマンションを購入して移住することを「過酷な競争から子供を守るためでもあり、健康と心の充足を得るためです」と話した。政府や政策に翻弄される人生を選ぶか、日本に来て自由と安らぎを得るか。「逃資」の人々とは異なり、「安寧」を求めて国を変える人々がいることを知った。

 購入者の中心にいる中華系の人々は、誰よりもニッポン不動産の魅力を知っていた。そしてその価値を信じていた。私たち日本人はこれをどう捉えたらいいのだろうか。日本、特に東京の不動産がグローバルなものになっていることは間違いない。そして世界から見たらそれはとても安いのだ。
 
 国内では「中国人に不動産を売るのはけしからん」という傾向が強まり、排他的な言動や運動を見かける場面もある。しかし私が会った中国人たちは皆、「日本人は親切。他の国と比べたら考えられないくらい優しいです」と話した。

 こうした人々が東京のマンションを買い続ける以上はマンション価格が下がるようには思えない。

吉松こころ
鹿児島県生まれ。19 歳で進学を機に上京。2003 年7 月に、業界紙「週刊全国賃貸住宅新聞」に入社。主に、広告営業を担当する。営業デスク、編集デスク、取締役を経て、14 年に退職。約12 年間の記者生活では、全国の賃貸管理会社や大家、投資家、建設会社を取材して回った。15 年に独立。不動産業界向けのミニ通信社、「株式会社Hello News」を起業し、不動産・建築の世界で生きる人々を取材している。過去に週刊新潮、AERA、現代ビジネス、FACTA、文藝春秋 などで記事を執筆。

デイリー新潮編集部