〈スニーカーに慣れた世代には”高くて重い靴”〉「若者の革靴離れ」で老舗ブランドが抱える「厳しい現状」と勝機
日本の革靴市場が大きな転換点を迎えている。
今年2月、業界をけん引してきた革靴ブランド「リーガル」が生産子会社チヨダシューズの工場を閉鎖すると発表し、大きな衝撃が走った。リモートワークの普及やビジネスカジュアル化の進展により、革靴を履く機会そのものが減ったためだ。特に深刻なのが、若い世代の「革靴離れ」である。
それは老舗ブランドも例外ではない。国産革靴ブランド「スコッチグレイン」を展開するヒロカワ製靴(東京都墨田区)も、この市場変化の直撃を受けている。ビジネスパーソンのみならず、故・高倉健さんなど著名人も愛用するブランドだが、2018年に約30億円あった売上は、2022年には約15億円まで半減。現在は19億円台まで回復したものの厳しい環境が続く。
戦後間もない1946年に靴づくりを始めて以来、「良い靴を、適正な価格で」という理念のもと、職人の手仕事によるグッドイヤーウェルト製法を守り続けてきた同社はいま、革靴文化の存続をかけた新たな挑戦に乗り出している。
学校の校則緩和が引き金に
かつて日本の若者にとって革靴は身近な存在だった。中高生の足元はローファーが定番で、社会人になればストレートチップの革靴を購入する。そうした「革靴デビュー」が当たり前に行われていた。
2010年代以降、この流れは崩れ始める。学校の校則緩和でローファー指定が減り、企業でもビジネスカジュアルが広がった。さらに2020年のコロナ禍が決定的な転機となった。リモートワークの普及によって出社そのものが減り、スニーカー通勤が一般化したのである。
ヒロカワ製靴の廣川達朗専務は、もう一つの構造の変化を指摘する。
「今の若者は幼少期から柔らかいスニーカーで育っています。そのため足の甲が低く、幅も細い傾向があります。従来の革靴の木型が合わないケースが増えています」
つまり革靴離れは、単なるファッションの変化ではない。生活習慣や身体の変化によって、「履かない」のではなく「履きにくい」靴になりつつあるという構造的な問題だった。
80年変わらない靴への誠実な姿勢
ヒロカワ製靴の原点は、1946年に創業者の廣川悟朗氏が親類の営む台東区橋場の小さな工場で靴づくりを始めたことにさかのぼる。物資が乏しい戦後の「作れば売れる時代」に技術を磨き、やがて隅田川を挟んだ対岸の現在地で独立した。
1978年には2代目の廣川雅一社長が自社ブランド「スコッチグレイン」を立ち上げる。当時、メーカーが自らブランドを持つことは珍しく、問屋からの反発もあったという。それでも「良い靴を、適正価格で」という理念は支持され、販路は百貨店へと広がっていった。
同社の特徴は、靴を二重構造で縫い付けるグッドイヤー製法へのこだわりだ。耐久性が高く、修理しながら長く履けるという他の製法では実現できない優れた点がある。一方で工程が多く、コストも時間もかかる。それでも製法を変えない靴への誠実な姿勢がブランドの信頼を支えてきた。
順風満帆だったわけではない。百貨店との取引では、小さいサイズから大きいサイズまで全て納入する必要があり、定番サイズ以外の売れ残りの返品が積み重なっていった。この不良在庫の危機を救ったのが、2000年の御殿場プレミアム・アウトレットへの出店だった。
当時はまだ「アウトレット=B級品」というイメージが強く、取材を避ける店舗が少なくなかったが、同社は積極的に取材に応じた。
「創業以来、同業者の工場見学も歓迎してきました。企業秘密がないことが社風です。出店準備の様子が各テレビ局で紹介され、全国的な認知が広がり、1年で在庫を一掃することができました」(廣川専務)
アウトレットで知名度が上がったことで、百貨店でもスコッチグレインを指名して購入する顧客が増える相乗効果も生まれた。
「靴はネットで売れない」常識を覆す
同社はEC(オンライン販売)にも早くから取り組んだ。2005年にはYahoo!ショッピング、翌年には楽天市場に出店。2010年には自社ECサイトも刷新した。
当時、靴は試着が必要な商品であり、「ネットでは売れない」と言われていた。しかし、スコッチグレインは愛用者の口コミが広がり、オンライン販売は徐々に拡大していった。
「ネットでは他社製品と比較されます。その中で選ばれるようになったのは、品質への信頼があったからだと思います」(廣川専務)
2018年には売上高約30億円と過去最高を記録。さらに2019年には墨田区のふるさと納税返礼品にも採用され、自治体の寄付額増加に貢献した。
「墨田区のみならず東京都全体でも返礼品1位になりました」(廣川専務)
だが2020年、コロナ禍が市場環境を一変させた。出社機会の減少により、革靴を履く場面そのものが減った。
「面接用に革靴を購入しても、入社後は履かずに箱にしまったままという人もかなり増えました」(廣川専務)
生活スタイルの変化だけでなく、若者に敬遠される要因は他にもあった。グッドイヤー製法の革靴は丈夫で長持ちする一方、構造上どうしても重量があるのだ。足元の安定や歩きやすさという利点があるものの、スニーカーに慣れた若い世代にとっては「重い靴」という印象が強かった。
革靴文化を次世代へつなぐ挑戦
そこで同社は軽量化に本腰を入れ始めた。ただし、単純に軽くすればよいわけではない。軽量化しすぎれば、ブランドの象徴であるグッドイヤー製法の履き心地が損なわれる可能性があるからだ。
若い世代に合わせて木型を細身化し、コバや中底の素材も見直した。さらに登山靴などにも使われるビブラム社のゴムソールを採用することで履き心地を維持しながら、従来品に比べて重量を40%ほど軽量化した新モデルを開発した。今夏にも店頭販売する予定で、ストレートチップに加えてカジュアルラインも展開し、若い世代への訴求を狙う。
「軽くするために当社のアイデンティティであるグッドイヤー製法を変えることはありません。製法の良さを守りながら、現代のライフスタイルに合う靴を作ることが私たちの挑戦です」(廣川専務)
革靴市場が縮小する中で多くのブランドは岐路に立たされている。伝統を守るのか、時代に合わせて変わるのか。スコッチグレインが選んだのは、その両方だった。軽量化という新たな試みは、単なる商品開発にとどまらない。革靴文化を次の世代へつなぐための挑戦でもある。
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