本記事はRokt松田誠氏による寄稿です。
記事のポイント世界で拡大するリテールメディアは店舗を「眠れる巨人」と再評価し、計測可能なメディアへと進化させるものだ消費者の意思決定を支えるコンテンツとして、購買体験の文脈に溶け込む設計力が競争力の源泉になるだろうリテール側には短期収益よりも会員価値を優先したガバナンスと、AI時代を見据えた店舗の磨き直しが求められる
NRF: Retail's Big Show(以下NRF NY 2026)では、リテールメディアが「主要テーマ」の一つとして扱われていたことが、イベント設計そのものからも読み取れる。本会期に先立って終日プログラム「What's in Store for Retail Media Networks」が用意され、議論が集中的に行われた。リテールメディアはもはやリテールの付随的な広告トピックではなく、成長戦略と顧客体験の再設計に直結するテーマとして「再定義」されつつある。レポートの第3回ではリテールメディアの再定義について注目する。

拡大するリテールメディア市場

リテールメディアの重要性は市場規模が物語っている。オープニングセッション「眠れる巨人の覚醒」では、北米のリテールメディア広告費は650〜780億ドル、グローバルでは1,660〜1,780億ドル規模と紹介され、成長率も17〜24%と高水準だと語られた。

セッション中の写真:クリス・リーゲル氏(STRATACACHE CEO)

象徴的だったのは、消費者支出の大部分が依然として店舗で発生しているにもかかわらず、広告投資が店舗に十分に向かっていないというギャップだ。支出の現場と広告投資の現場がずれているからこそ、店内メディアは「眠れる巨人」として再評価される。購買の中心である店舗に計測可能なメディアを立ち上げられれば、そこには新しい収益の余地が残っているという論理だ。

消費者にとってのリテールメディア--「見せる」から「意思決定を支える」へ

消費者にとってのリテールメディアは、すでに「広告枠」ではなく「購買体験の一部」に近づいている。BCGの「『圧縮』される購買プロセス。ファネルから影響力マッピングへ」のセッションでは、消費者行動がファネル通りに進まなくなり、視聴しながらスクロールし、気になった瞬間にそのまま買う「同時並行」が増えていると指摘された。ほぼ全員がデジタルとリアルを行き来する前提で、購買プロセスの境界そのものが曖昧になっている。「インプレッションの先へ。店頭で本当に価値ある指標を定義する」のセッションでは、リテールメディアは出稿側の都合で購買行動に割り込むほど嫌われ、購買行動の文脈に沿って「助ける情報」として機能するほど受け入れられると説明された。消費者にとってリテールメディアの定義は、「見せる」から「意思決定を支える」へと変わっている。

セッション中の写真 左から:ベン・レイノルズ氏(Walkbase 事業開発担当バイスプレジデント)、アダム・スミス氏(アイスランド・フーズ リテールメディア責任者)、リズ・ロッシュ氏(アルバートソンズ・メディア・コレクティブ メディア・分析担当バイスプレジデント)、コリン・コルバーン氏(IAB コマース&リテールメディア担当バイスプレジデント)

この点について、現地で同行視察した株式会社メルカリ Head of Ads Businessの赤星大偉氏は次のように語っていた。 「従来のコンテンツメディアが課題としていたコンテンツと広告の境界は、リテールメディアにおいてかなり曖昧で、時には全く同じと言えるほど違いがないと感じます。リテールメディアの強みは、購買といった1st-partyデータ(自社が直接収集した顧客データ)を活用できることに加え、このコンテンツと広告の境目がないことも大きな強みです。ユーザーには広告ではなくコンテンツとして受け入れられやすいため、日本の広告市場においても大きなプレゼンスを出していくポテンシャルを感じます」リテールメディアの競争力は「枠の数」ではなく、購買文脈に沿って情報を提示できる「体験の設計力」に宿る。広告であることを前面に出すほどノイズになる一方、選択や比較を助けるコンテンツとして機能すれば、購買体験を前に進める要素になり得る。

リテールにとってのリテールメディア--広告商品から経営テーマへ

リテール側の定義変更は、さらに大きい。「リテールからコマースメディアへ。データ、チャネル、店舗が収束する大転換」のセッションでは、リテールメディアが「広告商品」ではなく経営の論点として語られた。店舗・会員・データ・運用を束ねて「顧客の注意を収益化する」事業へと進化しているという整理だ。重要になるのはリテールメディアの運用能力だ。広告主に価値を感じてもらうためにはスケールが必要で、配信面の平準化・クリエイティブの運用・計測とレポーティングまで、現場を回し続ける仕組みが求められる。「グレート・スケールアップ。リテーラーが店頭に本気で投資する理由」のセッションでは、まさにその「スケールの難しさ」が論点の中心だった。Costcoの事例も示唆に富んでいた。「マーチャント・ファースト。Costcoの会員とメディア戦略が店舗価値を高める」のセッションでCostcoが示したのは、メディア収益は店舗体験と矛盾すると崩れるという現実だ。短期の収益最大化ではなく、会員価値・店舗価値と整合する形でメディアを設計する思想とガバナンスが、店内メディアをビジネスとして成立させる条件になる。

セッション中の写真 左から:サラ・マルツァーノ氏(EMARKETER コマースメディア担当主席アナリスト)、マーク・ウィリアムソン氏(コストコ リテールメディア担当バイスプレジデント)

さらにNRF NY 2026らしい視点を加えたのが、エージェント型AIとリテールメディアの関係だ。「エージェント型AIによるリセット。オンラインRMN(リテールメディアネットワーク:小売業者が自社の顧客データと広告枠を活用して運営する広告プラットフォーム)を揺るがし、店舗を真のメディアへと押し上げる」のセッションでは、エージェント型AIがオンライン導線を再編する中で、店舗が持つ「購買の瞬間に近い強さ」が相対的に増すという構図が語られた。店舗メディアはデジタルの補完ではなく、AI時代の導線再編の中で再び中心に戻ってくる可能性がある。

リテールとブランドは何をすべきか

リテールメディアの再定義が進む中、リテールとブランドに求められるのは「枠を売る・買う」から一段進んだ行動だ。リテールがやるべきことは3つある。第一に、顧客体験を壊さないマネタイズの設計だ。メディアのゴールを短期収益ではなく店舗体験と会員価値に置き、運用ルールとガバナンスを先に定める。第二に、店舗・EC・アプリ・会員・決済をまたいで影響を計測できる仕組みを整えることだ。特に店舗内広告は計測が難しく、何をもって「効いた」とするかの定義づくりが不可欠になる。第三に、エージェント型AIで導線が再編されても耐えられるよう、店舗を単なる広告面ではなく購買にもっとも近いメディアとして磨き直すことだ。ブランドがやるべきことは、「購買文脈の中で役に立つ情報」としてクリエイティブと提案を作り直すことだ。消費者の行動が分散・同時並行化するほど、広告は「目立つ」より「選択できる情報の提供」に寄せなければ効きづらくなる。リテールメディアを短期獲得の枠としてだけ扱わず、体験の中でどうやって選ばれる状態を作るかまで設計することが求められる。NRFが示した「リテールメディアの再定義」とは、広告それ自体に関することではない。消費者にとっては購買体験の一部になり、リテールにとっては運用と計測を含む経営テーマになる。リテールとブランドの双方が、体験と収益の両方を設計し直す段階に入った--それがNRF NY 2026のリテールメディア議論の結論だったと考える。

Roktの視点から

NRFで繰り返し語られた「リテールメディアは広告枠ではなく購買体験の一部」という再定義は、「いつ・誰に・何を見せるか」の文脈設計がすべてだという論点に収れんする。筆者が所属するRoktが取り組むのも、まさにこの課題だ。購入完了前後のトランザクションモーメントは、顧客がすでに購買意思を持ち、次のアクションへの受容性がもっとも高い接点であるにもかかわらず、多くのリテールで活用しきれていない。Roktはこのモーメントに、AIによるリアルタイムのマッチングで関連性の高いオファーやコンテンツを届けることで、リテール側の収益化とブランド側の顧客獲得を、顧客体験を毀損せずに両立させる仕組みを提供している。
松田 誠(まつだ・まこと)Rokt合同会社 日本マイクロソフトでOffice 365を始はじめとした各種ソフトウエア・サービスのビジネスをリード。ケルヒャーでコンシューマービジネスの責任者を担当した後、2019年にRokt合同会社に入社。ビジネスデベロップメントとして日本市場におけるRoktビジネスの立ち上げと拡大に従事している。
写真:Rokt提供