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「睡眠離婚(Sleep Divorce)」という言葉をご存知ですか。

90年代ドラマにあった「成田離婚」は、新婚旅行先のトラブルで帰国後すぐ離婚しちゃうやつでしたが、こちらの離婚は本当に別れるわけではありません。夫婦が健康的な睡眠を得るために、「あえて」別の部屋やベッドで寝る生活スタイルのことです。

なるほど、いびきや寝返りから解放されてスッキリ眠れる。一方で、「一人だと寂しくてかえって眠れない…」という声も聞きます。

一人きりで静かにいるのと、パートナーと寄り添うのと、実際のところ睡眠の質や寝付きのよさに違いはあるのでしょうか?

東京大学の林直子氏・河合朝子氏・林悠氏の研究グループは、この問いにマウス実験で挑みました。

2026年1月19日付けの科学誌『Scientific Reports』に掲載された論文によると、その答えは「あなたが群れの中でどんな立場にいるか」と「生まれつきの体質」によって変わるそう。

な、なんだか複雑っぽいですが……どういうことか見てみましょう。

「壁一枚隔てた隣人」実験という、巧みな設計

実験に用いたのはマウスです。前提として、集団で暮らすマウスには、必ず「強い個体(優位)」と「弱い個体(劣位)」が生まれるといいます。

研究グループは「優位性チューブテスト」で順位を決め、睡眠を比較しました。優位性チューブテストとは、細い筒にマウスを両端から入れて、自ら退いた方を「劣位」と判定する行動実験のことです。

こうして優位と劣位がわかったマウスを、それぞれ同じケージ内に入れて透明なアクリル板で仕切り、直接触れ合えないようにしながら、視覚・嗅覚・聴覚では互いの存在を感じられる「隣人飼育」という状態を作り出しました。

なぜこんな手間をかけたかというと、普通の集団飼育ではマウス同士が喧嘩したり体が触れたりして、それが睡眠を直接乱してしまうからです。

いわば、ワンルームマンションの壁越しに隣人の気配を感じながら眠る状態。ありますよね、壁が薄めの…。そういう物理的な接触はないけれど、確かに「誰かがいる」という状況。

ここでまずテストした後に、マウスを単独飼育へ移行させて、睡眠がどう変わるかを比較しました。

「強い側」のマウスは、一人になるとよく眠れた

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まず「隣人飼育」の状態では、優位・劣位のマウス間で睡眠の構造に大きな差は見られませんでした。ところが単独飼育に移行すると、明確な差が現れました。

優位マウスでは、単独になることで睡眠の「質」が高いことを示す、深いノンレム睡眠やレム睡眠に関わる脳波が改善しました。想像するに、強くてリーダー的な立場にいると、周囲への緊張や警戒が常にかかっている。一人になってようやく重荷から解放され、ぐっすり眠れるようになった感じでしょうか。

そして、劣位マウスでは逆の現象が起きました。単独飼育になると睡眠の質が低下したのです。弱い立場のマウスにとって「誰かそばにいる」状態は、安心感を提供していた可能性があります。

いわゆる孤独といいますか、「社会的隔離ストレス」が睡眠の質を悪化させたと研究グループは考察しています。

同じストレスを受けても「遺伝子」で反応が変わる

研究はさらにもう一歩進みました。

まず、遺伝的背景の異なる2種類のマウスを用意します。一つは「B6系統」という一般的な実験用マウスで、優位・劣位の差が比較的弱いもの。もう一つは差が比較的強い「F1ハイブリッド系統」です。

それぞれで、さらに優位・劣位を調べてから比べてみました。すると、「B6系統」の「劣位マウス」は単独飼育へ移行すると、レム睡眠の量が大きく増加。しかし、「F1ハイブリッド」の「劣位マウス」では、同じ状況でもレム睡眠量に変化が見られなかったのです。

つまり、同じ「一人になる」というストレスを受けても、生まれつきの体質によってレム睡眠への影響が異なるということです。

「一人で寝るべきか」の答えは、あなたの立場と体質次第

この研究が示した方向性は、「一緒に寝る vs 一人で寝る」という単純な二択に正解はない、ということです。

睡眠の質は、「共寝か、単独か」という環境に加えて、社会的な立場や遺伝的な体質が複雑に絡み合って変わるわけです。

いつもえらそうな上司はグースカ昼寝もして元気そうなのに、孤独や職場のストレスが原因で自分は眠れない…、という悩みがあるとしたら、それはまさに「睡眠に直結しているから」と考える糸口になるかもしれません。

研究グループは、孤独やストレスが引き起こす睡眠障害の病態解明に貢献することが期待されると述べています。

なお、今回の研究はオスのマウスのみを対象としており、メスでは社会的階層の性質が異なることも指摘されています。ヒトへの直接の応用にはさらなる研究が必要ですが、「睡眠の悩みは個人の問題ではなく、社会的・遺伝的な文脈の中にある」という視点は、なかなか刺さるものがあります。

今夜、あなたは誰かのそばで眠りますか? それともお一人で? 

まぁ、睡眠離婚すべきか考えるには、パートナーのいびきを医学的に解決するほうが先決かもしれませんが…。

Source:大学ジャーナルオンライン , Scientific Reports

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