『眠れる森の美女』©2025 Disney

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 ディズニー長編アニメーション映画の歴史のなかで、3人目のプリンセスであるオーロラ姫。彼女が登場する『眠れる森の美女』(1959年)は、ディズニーの名作の1つとして知られている。原作はヨーロッパの古い民話をもとにしたもので、著者によってさまざまなバリエーションが楽しめるのが特徴だ。日本では『眠り姫』や『いばら姫』というタイトルでも親しまれており、グリム童話版とシャルル・ペロー版をミックスしたようなストーリーになっている場合が多い。本稿では、ディズニー版『眠れる森の美女』とその原作であるグリム童話版、ペロー版、そしてそれ以前のジャンバティスタ・バジーレ版などの違いを紹介していこう。

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■さまざまなバリエーションがある導入部分

 『眠れる森の美女』にはさまざまなバージョンがあるが、時系列を見ると17世紀にイタリアのバジーレによる『ペンタメローネ』に収録された『日と月とターリア』(ターリアは王女の名前)が最初にあり、これをもとにフランスのペローが『眠れる森の美女』を書いている。そして19世紀に入り、ドイツのグリム兄弟が新たなバージョンを発表した。

 日本でもっとも広く知られているのはグリム版だが、実は冒頭からほかのバージョンと大きく違う。グリム童話では、なかなか子どもに恵まれず悩んでいたある国の王妃が、カエルから「あなたは1年以内に子どもを産む」と言われ、その予言通り女の子を産んだという導入がある。これはほかのバージョンにはないもので、グリム兄弟が付け加えたと思われる。

 またオーロラ姫誕生の祝宴に招待されたのは、グリム版では12人の魔法使い、ペロー版では7人の妖精、バジーレ版では占い師たちだ。もう1人の魔法使い/妖精が招待されなかったのは、グリム版では「もてなすための皿が足りなかったから」、ペロー版では「すでに死んだか行方不明と思われていたから」となっている。ディズニー版でマレフィセントが「悪い妖精だから」招待されなかったのとは、かなり印象が違うのではないだろうか。

 祝宴に招待されず怒った魔法使い/妖精がかけた呪いは、グリム版、ペロー版、そしてディズニー版でも共通して「糸車の針に指を刺して死ぬ」というものだ。バジーレ版では、占い師たちが何度相談しても「麻糸が災いをもたらす」という予言が出る。

■オーロラ姫は100年眠っていた?

 興味深いのは、グリム版とペロー版に共通していながら、ディズニー版ではカットされた最後の魔法使い/妖精が呪いを弱める内容だ。それは糸車の針に指を刺しても死なず、「“100年の”眠りにつく」というもの。そしてオーロラ姫が成長し呪いが現実のものになると、グリム版では王や王妃をはじめ城中の者が眠りにつき、ペロー版では娘を失った悲しみで王は城を去る。

 城はいばらで覆われ、100年の間侵入者を寄せつけずにいた。その後グリム版では、いばらに覆われた城の中に美しい王女が眠っていると噂を聞いた王子が城へ向かうと、すでに100年が経過していたので案外あっさり入れてしまう。そしてオーロラ姫にキスをし目覚めさせるというよく知られる展開になる。驚きなのはペロー版で、100年が経ったとき、オーロラ姫は王子のキスとは関係なく目覚めるのだ。そこへやってきた王子と出会い、恋に落ち結婚する。

 しかしさらに驚くのは、もっとも古いバージョンであるバジーレ版の展開だ。「麻糸が災いをもたらす」という予言通り、15歳の誕生日に麻の繊維が爪の間に刺さったターリアは、深い眠りに落ちてしまう。長い月日が経ち、城にやってきた王子はターリアのあまりの美しさに我慢できず、“愛の実を摘む”。そして彼女は眠ったまま男女の双子を出産するのだ。あるとき赤ん坊が母親の指を吸っていると、麻の繊維が抜けてターリアは目を覚ます。王子の行動はかなり問題だが、「子どもが母親を救う」という展開になっているのはおもしろい。

■チャイコフスキーによるバレエ版での改変

 『眠れる森の美女』といえば、チャイコフスキーの三大バレエの1つとしても知られている。これはペロー版を下敷きにしたものだが、ストーリーにはいくつか大きな違いがあるので紹介しておこう。オーロラ姫の洗礼式に招かれたのは6人の妖精で、招かれなかった悪の妖精カラボスと呪いを緩和する善の妖精リラが大役として配置されている。オーロラの16歳の誕生日には、4人の求婚者が登場。そんななか、カラボスが変装した老婆から花束を受け取ったオーロラは、その中に仕込まれていた針に指を刺して眠りに落ちる。100年後、リラが王子をオーロラのもとへ導き、キスで彼女を目覚めさせる。そしてフィナーレとなる結婚式のシーンでは、赤ずきんと狼や、長靴をはいた猫などが式に招かれ、それぞれ個性的な踊りを披露する。これは原作ペローつながりの楽しい演出だ。さらにフランスのドーノワ夫人が書いた『青い鳥』に登場する青い鳥(王子が変身した姿)とフロリナ王女の再会が描かれ、宝石の精が登場するなど、華やかなシーンになっている。

■フィリップ王子との結婚後のエピソード

 こうして結ばれたオーロラ姫とフィリップ王子。グリム版とディズニー版ではここで「めでたし、めでたし」だが、ペロー版は少し違う。オーロラ姫とフィリップ王子の結婚は2年間秘密にされ、その間に夫婦は2人の子どもを授かる。さらに2年後に国王が亡くなりフィリップが王となったタイミングで、オーロラと子どもたちの存在が国中に知らされるのだ。ショッキングなのはフィリップの母が実は人食い魔女であり、孫たちを食べようとするという展開だ。しかしそれがフィリップの知るところとなってしまい、彼女は発狂して自ら命を絶つ。フィリップ王子の母はディズニーの実写映画『マレフィセント2』(2019年)にも登場しているので、そちらを観るのも興味深いだろう。

 しかしもっと恐ろしいのは、やはりバジーレ版だ。王子はターリアのことをすっかり忘れて結婚して王になり、あるときふと思い出して彼女のもとを訪れる。そして子どもが誕生したことを知り、単純によろこぶのだ。しかしこれに嫉妬した王妃は、子どもたちをスープにして王に食べさせようと計画する。この命令を受けた料理人は、当然だが子どもたちを気の毒に思い、ヤギの肉でスープを作った。さらに王妃はターリアを火あぶりにしようとするが、王がこれを阻止。スープの件を聞いて激怒した彼は、王妃を火の中に放り込んでしまう。バジーレ版の王子(のちの王)は人格を疑うような行動が目立つ。

 現代では童話として親しまれている物語でも、もともとは大人向けで、残酷だったり性的だったりする内容を含むものは少なくない。『眠れる森の美女』もそんな物語の1つだ。著者や時代によって変遷してきた物語だが、現在知られている子ども向けに改変された展開も、そんなバリエーションの1つとして楽しむことができる。ここで紹介した原作の特徴のいくつかは、ディズニー・アニメーション版のセリフに落とし込まれていたりするので、それを探して楽しむのも一興ではないだろうか。

(文=瀧川かおり)