ヤクザは「落とした小指」をどうしているのか…暴力団専門ライターが見た「20本以上のホルマリン漬け」
※本稿は、鈴木智彦『ヤクザ2000人に会いました!』(宝島社)の一部を再編集したものです。

■“指詰め”の前に行われていた「恐喝としての切腹」
清水次郎長の下腹部には、12本の傷があったといわれる。当時のヤクザは、談判の際、腹に日本刀をあてがい、恫喝(どうかつ)の意として自らの腹を切る行為=屠腹(とふく)(切腹)をしたためだ。武家社会における切腹を恐喝に転用したもので、明治16年の「博徒(ばくと)一斉狩り込み」の際に恐喝罪が適用されるまで、この風習は続いていた。
もちろん、本当に腹をかっさばいては死んでしまうから、内臓に達しないように気をつけながら、皮膚と脂肪を切り裂く。その後はサラシで腹部を覆い、焼酎を吹きかけて傷口を密着させたという。ヤクザの間に断指(だんし)の習慣が生まれたのは、屠腹の風習が消滅した以降だといわれる。
事実、それまでのヤクザが「指を詰めてお詫びした」という話は、どんな文献にも見当たらない。代用の行為として生まれたのか、まったく新しいしきたりだったのかは定かでないが、自分の肉体を傷つけることで問題を解決するという単純さは同じだ。ようは時代の流れに即し、自傷行為を簡略化させたということだろう。
もともと断指は、起請文(きしょうもん)(証書)代わりに、花柳界の女性の間で行われていた習慣だ。屠腹の真似事が禁止されてから、ヤクザはこの断指に目をつけ、けじめのつけ方として転用したのかもしれない。
■「ヤバいことをしたら指くらいじゃ済まない」
とはいえ現代でも、相手に指のないことを誇示してヤクザであることをアピールしたり、また、「お前が承諾しなければ俺は指を詰めることになる。どうやって責任を取るつもりだ」という、アホらしい恐喝を平気でするヤクザを見かける。ほとんどの場合、そういったパフォーマンスを行うのは、カタギにだけ強いチンピラや、似非(エセ)ヤクザと考えていいだろう。
もともとは女性の習慣だし、そもそも指を詰めるくらいのことは、カタギにだってできる。これくらいで得意になられてはたまらない。会社員だって不祥事を隠蔽(いんぺい)するために自殺することがあるではないか。命で清算しなくてはならないほどの不始末を指一本で済ますことができれば、これほど気楽な話はない。
実際、断指をヤクザ社会の持つ寛容さの表れだととらえる現役の幹部もいる。
「指詰めも、一度失敗したら終わりということじゃなく、親からもらったからだを傷つけたのだから、すべてを水に流そうという温情だ。ある程度の失敗なら、相手が指を詰めたと聞けば、何もいえなくなる。堅気ならゲームオーバーだけど、それでもう一度やり直せる」(在京の広域組織幹部)
もちろん、この温情措置が適用されるのは、比較的軽い部類の問題に限る。
「今も昔も、もっとも多いのは、金絡みの問題だろう。親分の金を使い込んでしまったり、仕事で大きな穴をあけ、組織に損失を出してしまったとき。自分ではどうにも穴埋めができなくて、指をちぎる。そんなヤツが多いよ。本当にヤバいことをしでかしたら、当事者の指くらいじゃ、済みっこない」(同)
■「金だけ取れればいい」が本音だが…
最高の“指”は、他人の失敗のために落とす指である。問題解決につながらず無駄になった指を“死に指”という。とはいえ、落とした指は、それが誰のものだったのかが重要で、チンピラの指と親分の指とでは、解決できる問題に雲泥(うんでい)の差が出てくる。
指詰めは軽い問題を処理するものとはいえ、大親分の指なら大きな問題の解決につながることもある。たとえば、抗争の仲人(なこうど)(仲裁人)が不始末を詫びるようなときや、命のかかった問題を解決するようなときだ。そんなときは、それ相応の人間の指が必要になる。

もっとも、なかにはこのような意見もある。
「指なんかもらっても、本当はどうしようもないんだよ。使い道なんて、まるでないからな。揉(も)め事で相手が詫びを入れてきたとき、金だけ取りゃ、あとはどうでもいいというのが本音じゃないか。だが、許すほうとしても、それじゃあメンツってもんが立たない。相手の指があれば『本当なら許しちゃおけないが、指を持ってきたことだし、勘弁してやるか』と、大義名分が立つから、拳(こぶし)を下すことができる。
堅気さんから見りゃ、ばかばかしいかもしれんが、そういった目に見える形が大事なんだ。あと、ヤクザにはやっぱりいい加減なヤツが多いからね。黙って許しちゃ、まったく反省しない人間が多い。痛みを感じれば、それだけ同じ失敗をくり返さないという意識も生まれるだろ。かなり野蛮だが、教育的指導でもあるわけだ」(独立組織二次団体組長)
■作法はあるが「ほとんど趣味に近い」
親分のなかには、断指など無意味だという人も少なくない。
「指ちぎって、それを金にできるわけじゃなし、そんなことしてもなんの解決にもならない。うちは指詰めは厳禁。失敗したって指さえ詰めればいいや、なんて甘く考えることにもなるからな」(独立組織組長)
断指の正式な作法には諸説あるが、本来は自ら爪のついた無傷の指を切り落とし、手当を済ます前にその指を持っていかねばならないらしい。相手が断指を確認し、「病院に行ってこい」といわれて初めて、傷口の治療ができる。
落とすのは一般的には左手の小指で、欠損しても問題の少ない部分から切り落とす。正式には2回目以降も爪がついた部分でなければならないが、そのあたりはケース・バイ・ケースのようで、再び指を詰める際は、左の小指をさらに切り落とすのが一般的だろう。ただ、指であればいいわけで、どの指でも問題はない。右左交互に切り落としたり、左手の指がほとんどない人もいる。
実をいえば、断指はほとんど趣味に近い。自分のからだに傷をつけ、「不自由なからだ」になるのは、大げさで、劇場型気質を多分に持つヤクザらしいパフォーマンスなのだ。なにかというと進んで指を切りたがる人もいる。こうなれば完全にマニアの域で、精神構造はSMプレイのそれに近い。
■ホルマリン漬けの小指が20本以上並び…
切り落とした小指はかなりグロテスクだ。おまけに相当SMチックである。
ある事務所には、ホルマリン漬けの小指が20本以上あった。写真を撮影するために並べてみると、ちょっとしたホラー映画より迫力がある。また、指のない手も相当な視覚的インパクトで、素人相手の恐喝の道具にもなるという。

事あるごとに小指のない手をひけらかすチンピラに出会うと、「アタタ……」と心が寒くなるが、小指の欠損はヤクザの代名詞のひとつといっていい。そのため、ヤクザの入国を厳しく制限するアメリカでは、パスポートで暴力団関係者をはねるほか、入管で刺青(いれずみ)と小指の欠損をチェックする。
こういった場面で活躍するのが付け指で、その他、親族の結婚式などで使ったりするという。近年、義肢(ぎし)を作っている医療機器メーカーが事故で指を失った人のために「付け指」を発売したが、顧客のほとんどはヤクザや元ヤクザだったらしい。そこまでして隠すことはないと思うが、それだけイメージが強いのかもしれない。
相手から差し出された指は、本来それなりの供養をし、寺などの許可をもらってしかるべき場所に埋める。だが、ほとんどは適当に処理され、燃えるゴミとして出すこともある。
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鈴木 智彦(すずき・ともひこ)
ジャーナリスト
1966年生まれ。北海道出身。日本大学芸術学部写真学科除籍。ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めた後、フリーに。著書に『ヤクザと原発』(文藝春秋)、『サカナとヤクザ』(小学館)『ヤクザときどきピアノ』(CCCメディアハウス)、『ヤクザ2000人に会いました!』(宝島社)などがある。
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(ジャーナリスト 鈴木 智彦)
