バルセロナの「歴代11番」ランキングTOP10
1995年に固定背番号制を導入してから、12名がバルセロナの「11番」を着用していた。
今回は『Planet Football』から「バルセロナの11番をつけた選手ランキング」をご紹介する。なお外れた2人はアンヘル・クエジャル、ユスフ・デミルだった。
10位:マキシ・ロペス


2005年1月にヘンリク・ラーションが負傷したあと、バルセロナはリーベル・プレートから620万ユーロでマキシ・ロペスを獲得。すぐに影響力を発揮してファーストシュートがチェルシー戦でのゴールだったというエピソードも。
ただその後の継続が欠けていた。コパ・デル・レイでの1ゴールしか追加できず、2006年にマジョルカへローン移籍してからロシアへと放出されることになった。
9位:ジェフレン


2010-11シーズンに13試合のみ出場したジェフレン・スアレス。僅かなプレー時間しかなかったものの、11番を着用して印象的な瞬間を過ごした。
2010年11月にバルセロナはレアル・マドリーを相手に5-0という歴史的な勝利をあげた。途中出場からその5点目を決めたのがジェフレンだった。
8位:ゲオルゲ・ハジ

バルセロナで固定された11番を与えられた初めての選手がルーマニアの英雄ゲオルゲ・ハジだった。彼はその時代に世界で最も偉大な攻撃的MFだとされていたが、スペインでは成功を収められなかった。
ヨハン・クライフ監督が率いる「ドリーム・チーム」では28試合に出場して6ゴール。1995-96シーズンが終了したあと、ガラタサライに売却されることになった。
7位:マルク・オーフェルマルス


ルイス・フィーゴがレアル・マドリーへと退団した2000年夏。バルセロナは空いたウィングのポジションにオランダ代表のマルク・オーフェルマルスを獲得することにした。
ただ、彼はイングランドで見せていたほどの輝きは放てず、多くの怪我に悩まされた。141試合に出場して19ゴールと、「点が取れるウイング」という評判に敵うだけの結果ではなかった。2003-04シーズン終了とともに若くして現役を引退している。
6位:ジャンルカ・ザンブロッタ


ディフェンダーで11番を着用していたのは唯一このザンブロッタだけだ。ワールドカップでイタリア代表を優勝に導いた選手の1人で、その大会が終わってからバルセロナへ移籍することになった。
スペインでは82試合に出場。イタリアでの成功に匹敵するようなものはなかったものの、2年間の所属でスーペルコパ・デ・エスパーニャの優勝に貢献し、2008年にミランへと移籍していった。その代わりに獲得されたのがダニ・アウヴェスだ。
5位:ウスマヌ・デンベレ


レンヌで10代にして大ブレイクを果たしたウスマヌ・デンベレ。その後ボルシア・ドルトムントへと移籍し、その後ネイマールの後釜候補としてバルセロナへと引き抜かれた。その移籍金は1億ユーロを遥かに超えた。
世界でも有数のヤングスターだったが、なぜかスペインに来てからは怪我の連鎖に苦しめられた。118試合で30ゴール18アシストを記録したが、起用できない試合が多すぎて信頼性を欠いている。
4位:ボヤン・クルキッチ


バルセロナで12ゴールを決めた時、彼は27番を着用していた。その活躍から11番へと変わったのが2008年の夏。しかしメッシ、エトー、アンリ、ペドロ、イブラヒモヴィッチという前線の壁は厚かった。
11番を着用してのプレーで決めたのは22ゴール。印象的だったのは2009年のコパ・デル・レイ決勝でアスレティック・ビルバオ相手に決めたものだろう。現在はヴィッセル神戸に所属。
3位:ティアゴ・アルカンタラ


もともとは44番、34番、30番と着用していたセントラルMFのティアゴ・アルカンタラ。2011-12シーズンの開幕前に11番を手渡された。
その間に獲得したタイトルは素晴らしいもので、リーガ、コパ・デル・レイ、スーペルコパ・デ・エスパーニャ、UEFAスーパーカップ、クラブワールドカップ。しかしブスケツ、チャビ、イニエスタの壁は厚かったため、2013年にバイエルンへと移籍している。
2位:リヴァウド


デポルティーボ・ラ・コルーニャで見事な活躍をしたリヴァウド。ロナウドがインテルへと移籍していった1997年に、その穴を埋めるための存在として獲得された。
彼は最初の2シーズンでリーガ、コパ・デル・レイ、UEFAスーパーカップの優勝に貢献。1999年にはバロンドールも獲得するなど大活躍を見せ、2000年からは10番にスイッチする。
1位:ネイマール


レアル・マドリーとの争奪戦の末、2013年にバルセロナへとやってきたブラジルの天才。いきなり11番を手渡され、リオネル・メッシ&ルイス・スアレスとともに伝説的な3トップ「MSN」を形成した。
8つのビッグタイトル獲得に貢献し、4年間で100ゴール以上を決めた。そして2017年には突如パリ・サンジェルマンへと移籍していったが、その際の取引額は2億ユーロ以上というとてつもないものになった。
