■「リアル大門未知子」はコロナ禍で経営悪化の病院で生き残れるのか

「私、失敗しないので」

米倉涼子さん演じるフリーランス外科医の決めセリフで有名な医療ドラマ「ドクターX 外科医・大門未知子」(テレビ朝日系)。2012年のシーズン1最終回では同年の民放ドラマ最高となる視聴率24.4%をたたき出し、その後も毎年のように続編が発表されて高視聴率をマークしている。

2020年は新型コロナウイルス騒動で病院ロケが困難となり、新シリーズは制作されなかった。しかしながら、ドラマ内で「腹腔鏡の魔術師」という設定の外科医・加治秀樹(勝村政信)を主人公にしたスピンオフ作品「ドクターY」が10月4日に放送予定だ。フリーランス外科医の大門未知子やフリーランス麻酔科医の城之内博美(内田有紀)も登場する。

画像=テレビ朝日ホームページより
ドラマ「ドクターY 外科医・加治秀樹」は、10月4日21時〜(テレビ朝日系)。 - 画像=テレビ朝日ホームページより

こうしたフリーランス医師の多くは、新型コロナの感染拡大で大幅な収入減に見舞われている。コロナ禍での業績悪化でリストラに踏み切る企業が相次いでいるが、医療機関も厳しい状況にあり、そのしわ寄せがフリーランス医師に向かっているのだ。今後、大門未知子のような医師は生き残れるのか。本稿で考えてみたい。

「フリーター」と「フリーランス」は大違い

いわゆる「フリーランス医師」は、「フリーター医師」と「フリーランス医師」に大別される。

かつて医学部を卒業した新人医師は慣習的に母校の附属病院に就職し、特定の診療科の教授を頂点とした医局と呼ばれるピラミッド型の組織に属することが常識とされていた。

だが、厚生労働省は2004年に開始した新医師臨床研修制度によって、新人医師は2年間、例えば「内科4カ月→小児科2カ月→麻酔科1カ月……」と短期間に多数の科をまわって総合的な研修を受けることが必須化された。

若手医師は3年目以降に「内科」「皮膚科」などの専攻科を決めて3〜5年間の専門研修を受けた後に専門医資格を得るのだが、近年はこの専門研修を放棄する者が増えている。

「フリーター医師」とは、この専門研修を放棄して病院に所属しないまま、インターネットの医師紹介業者などを活用して、「健康診断」「予防接種」「血液クレンジング」など医師免許があれば誰でも可能なロースキル系のアルバイトで食いつなぐ者を指す。

一方、「フリーランス医師」は専門医資格を保持し、長年、病院で実務経験を積んだのちに、勤務医からフリーに転じる医師のこと。いわば「テレビ局のアナウンサーの独立」のようなキャリアパスであり「ドクターX」では大門未知子や城之内博美が該当する。大門未知子はドラマ中で、「フリーター」と呼ばれると、すかさず「フリーランス!」と訂正するシーンが何度も登場している。

■勤務医の給料は「都会<田舎」「大病院<中小病院」「有名病院<無名病院」

「本フリー」と「裏フリー」も大違い

このフリーランス医師には「本フリー」と「裏フリー」に分類できる。

「本フリー」とは大門未知子らのように、特定の勤め先を持たず、契約に応じた報酬を得るスタイルのフリーランスである。一方、「裏フリー」とは病院の勤務医をしながら、空き時間や休日に裏でアルバイトして稼ぐスタイルである。

企業の給与相場は、一般に「都会>田舎」「大企業>中小企業」「有名企業>無名企業」だろう。だが、あまり知られていないが、勤務医のそれは真逆だ。「都会<田舎」「大病院<中小病院」「有名病院<無名病院」である。

写真=iStock.com/xavierarnau
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xavierarnau

よって、都会の大学病院や有名病院の医師は、主勤務先のブランド力を生かして、中小の病院やクリニックなどで高額アルバイトをする「裏フリー」であることが珍しくない。

■時給1万円のおいしいバイトが消滅してしまった

コロナ禍の受診控えで医者余り

コロナ禍に見舞われた2020年春。読者の中には、日本中の病院ですべての医療従事者がコロナ診療に奔走していたように感じている人もいるだろう。しかし実際には、コロナ関連業務に対応する「多忙なひと握りの医師」と、「暇で困惑する多数の医師」に分かれた。

高齢者を中心に医療機関の受診控えが進み、、救急車の出動回数も激減。健康診断や美容などの「不要不急の診療」は休止となり、生死にかかわらない手術は延期となった。この結果、多くの病院は経営が悪化。前述した「本フリー」「裏フリー」を含む非常勤(バイト)医師との契約解除が急増した。

現在、「健康診断」「人間ドック」「カウンセリング」などのロースキル系のおいしいアルバイトは激減し、単価も下がったままだ(2019年は時給1時間超の案件が多かったが、2020年の時給は6000〜7000円程度に低下)。医師紹介業者のウェブサイトでバイト案件をチェックしていると、前年度の半額以下でも数分間で成約している。すぐに成約しない案件は「発熱外来」「PCR検査センター立ち上げ」である。

仕事内容や数値などは実際の事例を参考に筆者が作成

■都内ブランド病院の勤務医も苦しむコロナ大減収

収入減は、公立病院<民間病院<大学病院<フリーランス

雑誌『日経メディカル』(2020年6月号)が医師3992人にアンケート調査したところ、コロナ禍で減収になった医師は、公立病院勤務医では約3割(減収した額の最頻値:月額1万〜5万円、以下同)、民間病院医師で約3割(10万〜20万)、大学病院医師で約5割、そしてフリーランス医師では約7割(20万〜30万円)に上った。

中でも、大学病院の医師たちは本勤務先からは「PCR検査」などの新たな仕事を増やされ、アルバイト先からは「県を超える移動の自粛要請」をされたことで、裏フリーとして思うように稼げなくなった。とりわけ医学博士号や専門医資格などを修得しようとしている医師は、そうした大学病院の方針を守るしかないため、大幅な減収に追い込まれた。

アンケートに協力したある公立病院医師は、「大幅な減収はなかったが、感染対策で多忙になった。それでも、暇な高齢ドクターより安月給なので転職活動を始めた」と待遇に不満を漏らしていた。

写真=iStock.com/taa22
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「7割減」の本フリーは最もシビアな状況であるにもかかわらず、同誌のアンケートには「時間ができた分、生活を楽しむようにしている」「リスクを分散させ、職場の構成を変化させていくつもり」などとポジティブなコメントをしていた。

フリーランス医師は、組織に所属した定収のある生活よりも、自分自身で仕事内容や勤務地・勤務時間を決める働き方を選んでいる。それだけの覚悟があるだけに減収に対する不満は勤務医よりも少ないのかもしれない。

アフターコロナのフリーランス医師

6月から一般外来の患者数や手術件数は増加に転じているが、9月末現在では前年度の水準には達していない。フリーター医師向けのロースキル案件は件数も単価も下がったままで、このまま固定化しそうな雰囲気である。

大学病院や都内有名病院の勤務医がやっていた裏フリーのアルバイトも、「コロナ第2波」「院内クラスター発生」を恐れた管理職が禁止するケースが目立ち、若手医師に人気だった「都会の有名病院に就職してアルバイトで稼ぐ」というキャリアパスにも陰りが見える。同じく人気だった眼科、耳鼻科、皮膚科の開業医も、患者の受診控えが続いて苦しそうだ。

写真=iStock.com/sunabesyou
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一方、「人工透析」や「帝王切開」など治療の必要性が高い分野で、確かなスキルやコミュニケーション能力を持つ医師の需要は依然として高い。今後、病院の経営破綻/再生が起きた場合、医師の選別が行われる。その結果、年功序列の固定給から、売上連動制の変動給に変わるケースが出てきそうだ。

このコロナ禍を生き残れるのは、ビジネスパーソンであれ、医師であれ、大門未知子のように「高度で確かなスキル」を持つ者だけなのかもしれない。

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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)
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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)