沸騰している水の方が冷えた水よりも早く凍結するという「ムペンバ効果」は、確実に発生する現象ではないことから半世紀近く定義や真偽が議論されてきました。しかし、2020年8月5日に「Nature」で発表されたサイモンフレーザー大学の物理学者、アビナッシュ・クマール氏とジョン・ベックホーファー氏の研究により、ムペンバ効果が実証されました。

Exponentially faster cooling in a colloidal system | Nature

https://www.nature.com/articles/s41586-020-2560-x



A new experiment hints at how hot water can freeze faster than cold | Science News

https://www.sciencenews.org/article/physics-new-experiment-hot-water-freeze-faster-cold-mpemba-effect

The Physics of Why Hot Water Sometimes Freezes Faster Than Cold Water | Smart News | Smithsonian Magazine

https://www.smithsonianmag.com/smart-news/new-experiment-shows-why-sometimes-hot-water-cools-faster-cold-water-180975543/

1963年、タンザニアの中学生だったエラスト・ムペンバ氏は、授業で冷やした砂糖とミルクを混ぜた液を攪拌(かくはん)機で凍らせながらアイスクリームを作る実習をしていました。ムペンバ氏は焦って冷えた液ではなく、まだ熱いままの液を攪拌機に投入してしまったのですが、なぜかムペンバ氏のアイスクリームは他のクラスメートよりも早くできあがったそうです。

「熱い液体が凍りやすくなったのはなぜか?」と疑問を持ったムペンバ氏は高校に進学後、講演で出会った物理学教授のデニス・G・オズボーン氏に協力してもらい実験を行いました。実験では沸騰させた湯とぬるま湯をそれぞれコップに入れて冷凍し、どちらが先に凍ってしまうかを調査。その結果、「温水は冷水よりも凍りやすいこと」が判明し、この現象はムペンバ氏の名前にちなんでムペンバ効果と名付けられました。

しかし、オズボーン氏とムペンバ氏が1969年に「温水は冷水よりも凍りやすいこと」を発表して以来、確実にムペンバ効果を発生させる方法がなかったことから、約50年にわたってムペンバ効果の真偽についてが議論されてきました。



ムペンバ効果を実証したクマール氏らの研究チームは、もともとムペンバ効果ではなく「さまざまな条件下において水の単一分子に近い大きさのガラスが水中でどのように動くか」を実験していました。実験の中で水を冷却していたところ、研究チームは「高温のガラスが低温のガラスよりも速く冷却されること」を発見。

物理学者の間ではムペンバ効果の「凍結」の定義が「水が氷点下に達する」「水が凍り始める」「完全に凍る」という意見で分かれており、また水に含まれているミネラルなどの成分によっても凍結するスピードに差が生まれることからも、ムペンバ効果を実証することは難しいとされてきました。

クマール氏らの実験ではガラスの温度変化に焦点を当てることで、ムペンバ効果を研究しにくくしている「凍結の定義」と「水の成分差」という要素を取り除き、「水の凍結プロセス」ではなく「水の冷却プロセス」に着目してムペンバ効果を定義しています。水中でガラスが冷却されるまでの温度変化を追跡したところ、初期温度が高温のガラスは低温のガラスよりも早く冷却され、指数関数的に温度が低下することが明らかになりました。また、約1000回の試行で高温のガラスは低温のガラスの約10分の1の早さで冷却されることも明らかになっています。



ベックホーファー氏は、自身の研究チームが行った実験システムを「ほとんど幾何学的かつ抽象的な方法でムペンバ効果をイメージしたもの」だとPhysics Worldで語っています。