渋野日向子による8打差逆転Vで幕を閉じた、先週の「デサントレディース東海クラシック」。あまりにも劇的な展開が、見る者を試合へくぎ付けにした。特に息をのんで見守ったのが、渋野ホールアウトから優勝が決定するまでの“1時間30分”だった。ここには、優勝を目指す選手それぞれの悲喜こもごもがあった。
待っているあいだ、シブコは何を手にした?【写真】
大会2日目を終えトータル5アンダー・20位タイにつけていた渋野。トップの申ジエ(韓国)はトータル13アンダーと、着実に首位固めを行っていた。いくら伸ばし合いの大会といえども、この差を埋めるのは容易ではない話。しかも、先頭にいるのは“あの”ジエだ。 「(逆転は)ムリだと思っていました。最後まで悔いの残らないように攻めよう、それだけを考えていました」。“ひとつでも上の順位を”。渋野がそこに照準を絞っても、なんら不思議ではない話だ。
最終日最終組に名を連ねたのはジエのほか、2日目終了時点で10アンダー・2位のイ・ミニョン(韓国)と同9アンダー・3位タイのテレサ・ルー(台湾)という、合わせて日本ツアー45勝を挙げている海外の強豪3人。午前8時50分に、1番ティから定刻通りスタートしていった。一方の渋野は、午前7時40分に、ジエらの7組前でティオフした。
この日の渋野は好調で、特にパットがさえ渡った。チャンスで決めきれなかった前日とは打って変わって、この日は4番パー3で8mをねじ込むなどしっかりとスコアを稼いだ。「打ちたい方向にしっかりと打てていた。長いのも、強いのも、ジャストタッチのも決まってくれた。パッティングに助けられました」と本人も振り返るほど。パット数を見ても2日目の「33」に対し、最終日は「23」。その差は歴然だ。
そして15番パー5でこの日7つ目のバーディを奪い、首位のジエに並んだ。さらに16番パー3では、逆目の難しいラフから15ヤードのアプローチを直接決めるチップインバーディ。これで単独トップに立った。最終18番では6mのバーディパットがカップに蹴られたが、この時点で1打の“貯金”を持ってクラブハウスに戻ってきた。
「2打差なら、気持ち的には楽だったかなとは思います。プレーオフか、逆転もあるだろうなと思っていました」。
そう考えるのが自然だろう。渋野が18ホールを終えた時は、まだ昼の12時15分。最終組は12番パー5をプレー中で、スコアを伸ばすチャンスが7ホールも残っていた。
「ジエさんたちが15番グリーンに行ったあたりで、練習を始めようと思っていました。それまでは、お菓子を食べたりして過ごしました(笑)」。少しのリラックスタイムを挟み、午後1時前、練習グリーンに姿を現した。
この頃になると、徐々に吹き始めていた風が、その勢いをさらに増していった。いくら実力者といえども大きくスコアを伸ばすのが難しいコンディション。「予報では、スタート時間から雨、風があるといっていたのに、まったくでした。幸運でしたね」と渋野。15番を終えジエは依然バーディなし。テレサがバーディを奪って1打差に迫ったが、渋野のトップは変わらず。この状況で起こったコンディションの変化は、渋野にとってまさに“追い風”となった。
練習グリーンでは、「17番のバーディパットで手が震えていたので、プレーオフでそうならないように片手で打つ練習をたくさんしました」と、多くの時間をこの練習に割いた。これは渋野が普段から行うドリルのひとつで、パターを握っていないほうの手をお腹にあて、1.5mほどの距離から片手で打つというもの。「頭と肩を動かさず、お腹を意識するため」と語る練習法だ。他にも、手のひらを開いて、拝むように合わせたところにグリップを挟み込むようにして球を転がすなど、普段からのルーティンを繰り返して調整を重ねていた。
「(途中経過は)気にはなりましたけど、確認しませんでした。(18番グリーンの)歓声で、『あ、寄ったのかな?』とか『何打差だろう?』、『同点なのかな?』とは思っていました。でもキャディさんもあえて言わなかったみたいですし、知る必要もないかなって。とにかく『パター練習頑張るぞ』という気持ちでいました」
コースで起こっていることを“遮断”し、グリーン上で45分間ほど、黙々とパターを振り続けた。練習グリーンの周りも、多くのギャラリーが囲んだが、自分の世界に入り込み、真剣な顔で球を転がし続ける姿は印象的だった。
最終組が18番に入ったのが午後1時30分。16番でボギーを喫したジエは、すでに2打のビハインドがあり、セカンドショットが外れた時点で優勝争いから脱落した。あとは、1打差のテレサを残すのみとなった。そのテレサは、セカンドをグリーン左に待ち構える池とピンとの間に落としカップから4mほどの位置につけた。渋野が、歓声を聞いて『寄ったのかな?』と思ったのはこのシーンだった。ピッタリついたというほどでもないが、テレサならあっさり決めそうな予感もするバーディパットだった。
外せば渋野の優勝。決めればプレーオフ。1度、風でボールが動いて仕切りなおしがあったが、再びテレサがアドレスに入ると、グリーンを囲む大観衆も固唾を飲んで見守った。会場の雰囲気がピンと張り詰めるなか打ったボールは、カップの左をすり抜けていった。この瞬間、渋野の大逆転勝利が決まった。真剣だった表情が一瞬でほころび、キャディとハイタッチを交わして喜びを分かち合った。時計の針は、この時午後1時45分を指していた。
「いや〜、終わった。ほんとに良かったなって、ホッとしました」。こうしてホールアウトから1時間30分後、再び18番グリーンに戻って、渋野は高々と今年“4つ目”のトロフィーを掲げた。緊張と興奮が入り混じった時間が終わった。
今考えても、不思議なことばかりだった。はかったかのように、渋野のラウンド後に風が強まってきたこともそうだし、左足首を負傷していたとはいえ、あのジエがバーディなしでラウンドを終えるのも珍しい話。他にも三ヶ島かなや、濱田茉優らが優勝を追うなか、結果的に誰ひとりとして、渋野に並ぶことすらなかったこともそのひとつ。そして何よりも、このドラマを生み出したのが、渋野日向子だったということも、そうだ。あの1時間30分の“攻防”は、とても胸躍る濃密な時間だった。(文・間宮輝憲)
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