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text:Wataru Shimizudani(清水谷 渉)

もくじ

ー 「ドライブイン」 そもそも何?
ー 日本のドライブイン 役割やや異なる
ー 現代 ドライブインに代わるもの

「ドライブイン」 そもそも何?

1960〜70年代、日本にも「モータリゼーション」なる言葉が使われるようになった。

バスやトラックによるひとや貨物の輸送が増え、多くのひとびとが自動車を所有できるようになり、クルマは生活必需品のひとつとなっていった。

そんなモータリゼーションが普及していく中で、日本の各地で見かけるようになった施設が「ドライブイン」だ。

「ドライブイン」とは、そもそも何なのだろうか?

英語では、「drive-in」もしくは「drive inn」と表記する。簡単に言ってしまうと、クルマに乗ったままで乗り入れることができる、つまり駐車場を備えた商業施設のことだ。

世界初のドライブインは、1921年(日本は大正10年だ!)に米国テキサス州ダラスに開業した「ピッグ・スタンド」というチェーン店だという。

ここは、クルマに乗ってやって来る客のために作られた店だった。客が駐車スペースにクルマを駐めると、店員がクルマのそばまでやって来て注文を取る。客はクルマから降りることなく、飲食から支払いまで済ませることができた。

ジョージ・ルーカス監督の映画「アメリカン・グラフィティ」に登場するドライブインのシーンを覚えているひとも多いだろう。あの手の店が、ドライブインのルーツだ。

アメリカでは1950〜60年代がドライブイン人気の絶頂期で、その後はマクドナルドなどでお馴染みのドライブスルーが主流になっていった。

では、日本最初のドライブインはどこなのだろうか?

日本のドライブイン 役割やや異なる

残念ながら正確にはわかっていないが、沖縄のドライブイン・レストラン・チェーン「A&W」が日本国内最初のドライブイン・レストランのひとつと言われている。

米軍基地が多く、本土よりもアメリカ文化が早く伝わっており、モータリゼーションの普及も早かったからだろう。

前述のように本土でもバス旅行や自家用車によるドライブの機会が増えると、主要な街道沿いに駐車場を備えた食道やみやげ物店ができるようになり、それが「ドライブイン」と名のったり、またそう呼ばれるようになっていった。

だが、ドライブインのメインユーザーは菅原文太主演の映画でお馴染みの「トラック野郎」、つまり貨物を長距離輸送するトラックの運転手たちだった。

トイレや食堂はもちろん、仮眠施設やシャワールーム、そしてガソリンスタンドなどを備えている施設もあった。

また、自動販売機で飲食物を変えるだけの簡単な休憩所的な施設もあり、オート・レストランなどと呼ばれた。自動販売機のみだと無人の店もあったが、有人でゲームセンターや入浴施設も備えている店もあった。

1969年、東名高速道路が全線開通し、先に開通していた名神高速道路とも繋がり、日本のトラック輸送は高速道路へと移行しはじめる。

高速道路にはサービスエリアやパーキングエリアが設置されており、これらの施設がドライブインに取って代わるようになる。

つまり、トラック、バス、そして自家用車も高速道路網の発達によって、長距離移動には一般国道から高速道路を使うようになり、街道筋のドライブインに立ち寄るユーザーは減少し、ドライブインそのものも減っていくのだった。

現代 ドライブインに代わるもの

そこで1990年代に入り、日本の各自治体と道路管理者が連携し、国土交通省(当時は建設省)により登録された、商業施設/休憩施設/地域振興施設等が一体となった道路施設が作られるようになった。

これが「道の駅」だ。

道の駅は24時間利用可能な駐車場(それもある程度の規模が必要)、トイレ、電話、道路や地域などの情報提供施設を備えていなければならない。

また、万が一の災害時に対応できるよう防災拠点機能も追加されている。

1993年4月に全国で103カ所が「道の駅第一号」に指定されたが、2019年3月には1154カ所まで増えている。今や日本においては、道の駅こそが21世紀のドライブインとも言えるだろう。

もっとも、本家(元祖?)ドライブインも日本中で絶滅したわけではない。

絶滅危惧種としてテレビの旅番組やインターネットなどで紹介されると、マニアックなファンが数多く訪ねたりSNSなどで拡散することで、密かなブームを呼んでいる施設もあるようだ。

また、日本RV協会がキャンピングカーオーナーや車中泊ファンのために、快適に安心して車中泊ができる場所「RVパーク」を日本中に設定しており、2019年4月現在で123カ所が登録されている。

日帰り用の施設とは違うが、これもドライブインの新たな形態のひとつと言えるのかもしれない。