ねぎを丸ごと一本! 大内宿の名物蕎麦
■ねぎは薬味であり、箸でもある?
大ぶりの椀に蕎麦がたっぷり盛られ、つゆが張られている。うずたかく盛られているせいもあるが、相当な量だ。つゆは冷たい。いわゆる「ぶっかけ」だ。蕎麦の上には削りたての鰹節。これだけでもかなりの迫力である。そこに中太のねぎが一本添えられている。箸はない。
「このねぎを箸代わりに、蕎麦をからめて召し上がってください」
配膳の女性に会津訛りで優しく語りかけられたが、勝手がわからずしばしながめていた。しかし、相手は蕎麦である。のびる前に片づけなければいけないと、意を決してねぎを蕎麦の山に突き刺した。
福島県南会津郡下本郷町にある大内宿は、古い町並みが残る宿場町として、近年多くの観光客を集めるようになった。江戸時代には会津と日光を結ぶ会津西街道の宿場として栄えた大内宿だが、明治以降は山間のひなびた集落でしかなかった。
それが1981年に国から伝統的建造物群の指定を受けると、徐々に観光で訪れる人が増え、今では年間120万人もの訪問客を数える。集落の入り口には観光バスが止まる大きな駐車場が整備され、土産店などもできた。
宿場といっても明治以降は普通の農村だったわけで、これといった名物もない。会津は米や日本酒が有名だが、大内の辺りは米もあまりとれず、代わりに蕎麦を食べることも多かったという。そうした理由もあり、観光客が増えてからは蕎麦を出す店が増えた。とりたてて、蕎麦に個性があるわけではなかった。ただ、水がきれいなこともあり、蕎麦が旨い、そんなふうに言われて、評判は上々だった。
変化が訪れたのは15年ほど前のこと。ねぎを一本丸ごと添えて、それを箸代わりにして食べる蕎麦を出す店が現れたのだ。その店は、たちまち人気を集めることとなる。今では大内宿に立ち並ぶ蕎麦屋で、さまざまなバリエーションの“ねぎそば”が供され、名物になっているほどだ。
元祖は「三澤屋」。もともと酒販店だったが、社長の只浦豊次さんが28年前に蕎麦屋も始めた。今では酒より蕎麦がメインになっていると言ってもいいほど賑わっている。
ねぎを使うようになったのは、客の話からアイデアを得たと言う。
「小さいお椀にねぎを挿して子孫繁栄を願う風習があるという話をお客様から聞いて、ヒントにしたんですね」
堂々としたねぎを一本丸ごと、というところに只浦社長の鋭い発想があったのだろう。もし「ねぎをたっぷりあしらって」ぐらいなら評判にはならなかったかもしれない。しかも、味が評価されなければアイデア倒れで、キワモノ扱いされておしまいである。名物と呼ばれるほどになったのは、蕎麦とねぎの相性がよかったからだろう。
言い忘れたが、ねぎは箸だけではなく、薬味の役割も担っているのだ。ねぎを使って蕎麦を啜り、時にそのねぎを齧る。実際、最初は火を通していないねぎにかぶりつくのは抵抗がないわけではない。ところが、一口かぶりつくと、その爽やかな歯ざわりに軽い驚きを感じる。生の野菜にかぶりついたタレントが「甘〜い」などと一つ覚えのコメントをテレビで目にすることがあるが、「三澤屋」のねぎそばは、たとえば火を通した下仁田ねぎのような甘さはない。甘さと辛さがモザイク状に入り交じり舌を刺激する。その刺激が蕎麦の風味の絶妙な合いの手になっている。つまり、ねぎは薬味としての役割もきちんと果たしているのだ。
それにしても、このねぎ、根元のほうが傘の柄のようにカーブしていて、まるで蕎麦をすくうために存在しているかのようだ。こんな形のねぎ、探してくるのは大変だろう。
「近郷の農家と契約して、特注でつくってもらっているんですよ」
なるほど、特注品だったか。
「ねぎは季節によって味が変わると言われます。普通は夏が辛く、冬は甘いのでしょうが、齧る場所によっては辛かったり、甘かったりもします。ねぎの味にも好みがあるようで、中には『辛いねぎにして』なんて方もいます。」
確かに、これだけ大きなねぎが丸ごと一本だと、蕎麦の味の決め手として、ねぎの味わいが占める割合も高いのかもしれない。
大内宿のそばつゆは、大根のおろし汁をベースに、醤油やだしを加える形だ。これは信州高遠藩育ちの初代会津藩主である保科正之が持ち込んだ食べ方といわれていて、かの地では“高遠そば”と呼ばれている。
「三澤屋」で供される高遠そばのつゆは、どちらかと言えばマイルド。蕎麦はオーソドックスな蕎麦粉8割の二八蕎麦で穏やかな口当たり。それをねぎがうまく引き締めてくれる。やはり相性は抜群だ。ちなみに「三澤屋」では“水そば”もねぎで食べるのだが、別添のつゆにつけるとき、かなりの苦労があったことは付け加えておこう。
しかしながら、2人前はありそうな蕎麦をねぎで食べ終える頃には、「ねぎ箸」の使い方にも慣れてきて、不都合は感じなくなるから不思議なもの。
茅葺屋根を350年以上前の梁や柱が支える「三澤屋」には囲炉裏が置かれ、そこでは岩魚が焼かれている。会津名物“にしんの山椒漬”などをつまみながら啜るねぎそば。外は静かに降り積もる雪。会津の地酒でも飲みながらしばし昼寝がしたくなった。
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福島県南会津郡下郷町大内山本26-1/TEL 0241-68-2927/営業時間 9:30〜17:00/定休日 1月4日〜7日/会津鉄道会津線「湯野上温泉駅」より車で20分。
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(文・柴田幸雄 撮影・小原孝博)
