人生が苦しいのはあなたのせいではない。

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「あらゆる人生は苦痛である」――この言葉に、思わずうなずいてしまう人は少なくないはずだ。19世紀の哲学者ショーペンハウアーが説いた苦痛の本質と、そこから導かれる“心の幸せへの第一歩”とは何か。
IVEチャン・ウォニョン氏や俳優ハ・ソクジン氏の愛読書と話題となり、韓国で262刷、60万部を超え、「哲学ブーム」の火付け役となった書籍『求めない練習 絶望の哲学者ショーペンハウアーの幸福論』をもとに解説します。

人生が苦しいのは、あなたのせいではない

仕事、人間関係、老い、喪失――。
生きていれば、思い通りにならないことの連続だ。
「なぜこんなに苦しいのか」と自分を責めてきた人に、哲学はこう答える。
それは、生きることそのものの構造だ、と。

19世紀ドイツの哲学者ショーペンハウアーは、「あらゆる人生は苦痛である」と言い切った。
これは絶望の言葉ではない。
苦しみを「例外」ではなく「前提」として受け入れることで、はじめて人は楽になれる――そういう意味の言葉だ。

欲望が苦痛を生む、という真実

――あらゆる人生は苦痛である。
人生を40年以上生きてきた人ならば、このショーペンハウアーの悟りの言葉に共感するだろう。生の欲望それ自体が苦痛であるという教えを、仏教では「一切皆苦(いっさいかいく)」という。
人間はすべて、いつかは死ぬ存在だ。だから、欲望や執着、所有欲がどれほど空しいものか知る必要がある。名声、権力、知識などは、自分が死ねばすべて泡と消えてしまう。この事実を知り、欲望の波をうまく治めることが、心の幸せを得る第一歩なのだ。

――『求めない練習 絶望の哲学者ショーペンハウアーの幸福論』より

仏教の言葉「一切皆苦」は、すべては苦しみだ、だから諦めろという意味ではない。
苦しみの根っこにあるのは「欲望」であり、欲望がある限り苦しみは終わらない――という構造を見抜いた言葉だ。
名声がほしい、認められたい、もっと持ちたい。
その渇望が満たされるたびに、次の渇望が生まれる。
終わりのないレースを、私たちは自ら走り続けている。

ショーペンハウアーはさらに踏み込む。
名声も、権力も、知識でさえも、死の前では等しく泡と消える。
これは虚無ではなく、解放の論理だ。
「どうせ消えるもの」だとわかれば、執着の力が少しずつ緩んでいく。

「求めない」は、諦めではなく技術だ

欲望を完全に消すことは、人間にはできない。
しかしショーペンハウアーが説くのは、消すことではなく「治める」ことだ。
欲望の波が来るのを認めながら、それに飲み込まれない距離をとる。

もっと稼がなければもっと認められなければ――その声に気づいたとき、
「これは欲望の波だ」とひと呼吸おくだけで、波は少し小さくなる。
求めることをやめるのではなく、求める自分を静かに観察する。
それが、この哲学が教える心の幸せへの、最初の一歩だ。

今日から試すなら、何かを強く求めた瞬間に「これは欲望の波かもしれない」とひと呼吸おくことだけでいい。

(本記事は『求めない練習 絶望の哲学者ショーペンハウアーの幸福論』をもとに作成しました)